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王のインケラーシャ  作者: Lopeye
勿忘草の胎動

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厄災の地鳴り1

 空気がひんやりと頬を撫で、湿気を帯びた涼風が草木に露を顕す。

 馬脚は疾く、揺れに合わせて僕らの上体が震える。

 薬園の街コルクから、宝樹アノマリスへ五キロほど進んだだろうか。周囲の植生は次第に温帯ないし冷帯に適応した種々に遷移している。そこら中に草地が生い茂り、樹木がまばらに息づいている。鬱蒼と木々が生い茂ってもおかしくないところ、孤立した樹が静寂のうちにひっそりと聳えるさまは、妙に不気味な気がしてくる。

 馬が不機嫌そうに嘶いた。

「ど……どうどう」

「トキ君、平気?」

「はい、なんとか……」

「それはよかったです。あ、それ以上は寄らないでください」

 馬の頭数の都合で、比較的体格の小さい僕とシヴ、ハナとレナは、二人で一頭の馬に跨ることになった……のだが、どうもシヴと僕が近づくと馬が落ち着かない。どうやら黒契爪が関係しているらしく、僕の中にあるアンバールの契約と、シヴの中にいるどこかの神様が、馬を不安にさせるらしい。

 ということで、僕らは半ばヤケクソ気味にセットで乗せられた。いや、分けるべきだと主張したのだが、分けても一緒でも馬は暴れまくったので、なら一緒に乗れという結論だった。合理的で大変よろしいが、なんとも厄介者扱いが拭えない。

「どうでもいい。よく視ろ、この辺りが現場だぞ」

「現場……」

「死体は掃除済みだが、魔力の痕跡までは消えやしない」

 ゼルが事も無げに言ってみせる。

「集中します」

 言いながら、目を凝らす。

 草花の中に残留した魔力の付着。たしかに、そう簡単に消えるものではない。ロータス酒場で視た、そいつの紋線は、僕の網膜にしっかりとこびりついている。

 馬から降りて地面に手を付く。冷たく湿ったクローバーのような葉から、艶めき香り立つような残留魔力が沸き上がる。せいぜい半日しか経っていないのだ、見失うはずがない。

「痕跡を辿れます。辿れますが……」

「どうした」

「……二手に伸びている」

「来た方角に帰ったわけではない、ということか。面倒だな。濃淡は見えないのか?」

 ゼルが僕の傍らに降り立って杖を突く。

 僕は二股に分かれた魔力線を目で追いかける。

 不可能だ。ほとんど一瞬の内に奴隷は縊り殺され、そして去って行った。

 魔力の残留量にほとんど差はない……というのもあるが。

「残留魔力量が異常に少ない。昨日見せてもらった獣角から感じた魔力、その百分の一にも満たないような残滓だ。ゼルさん、エイゾラの魔力を感じますか?」

「……微かにな。確かに、半日で減衰するとは思えん」

 しかし困った。隊を二手に分けることになるだろうか。

 結局僕ら討伐隊は、魔王軍からストース、シヴ、僕。マクトベラシュカから、ゼル、ハナ、レナ、そしてウィーロが同行することとなった。その間にゲリーが、運び込まれた遺体の調査を行い、薬園全体の運営指針を改めて固める。

 労働者に死傷者が出て、薬園全体の機能が麻痺しているのだ。管理者である彼が同行することは流石に不可能だった。

「すこし退いていろ。私が見る」

 言うと、ゼルはしゃがみ込み、握った杖をコツコツと地面に打ち付ける。

 ざわざわと一陣の風が吹き流れ、足元の植物が栄養剤でも打たれたみたいに蠢きだした。彼は無言のままゆっくりと息を吐き出すと、色づくように花が咲き乱れる。

「魔力……?」

 ごく微細な魔力線が僕の眼の端をかすめていく。

 咲き乱れる花々から、ゼルに向って、ほんの僅かな魔力が流れ込んでいく。

「どうやって」

「情報を共有しているだけだ。リソースにはならない」

 こちらの予感に応えるように、ゼルは面白くなさそうに言った。

 自分以外を魔力リソースとする研究は、それこそ太古の昔から続けられている魔術の大命題である。それは古くは太陽信仰に顕れ、水信仰に顕れ、そして巨木信仰にも顕れた。

 いまでは帝国にも魔力炉と呼ばれる装置があり、物理資源に魔力変換を行い一定量の魔力を保存することに成功している。だが、それには膨大な自然・人的リソース、加えて巨大な精製装置が必要で、個人が任意に物理資源を魔力として取り込むような術式は、未だかつて発明されていない。

「いずれにせよ、隊を二手に分ける。片一方は東に抜けて告解の滝に向かう。こちらは私とトキ、ハナ、レナ。もう一方は残り全員だ」

「どういうことです?」

 ストースが尋ねると、ゼルはこめかみを指さした。

「踏み荒らされた植物を通して調べただけだ。アタリはおそらく西側だが、一応東側の探索もしておきたい。ストース、お前たちが行く場所には大体の目星がついてる。『再起の奈落』と呼ばれる奴の巣穴らしき大洞窟だ」

 杖で指し示す先にそれらしきものは無いが、ゼルはそのまま言葉をつなげた。

「まっすぐ進めばじきに着く。それに何より、ウィーロが場所を知っている」

 ゼルの目配せに、ウィーロは深く頷いた。

「恐ろしくて入ったことはありませんが」

「東の探索だが、こちらは手探りだ。エイゾラに遭遇する危険はほぼ皆無だが、なぜエイゾラが東側を経由したのか、興味がある。アレの生態に関わる重要事項だ。追跡能力に秀でた者でこちらに当たる」

 僕は小さく首肯した。まぁ戦闘力とか期待しないでほしいので、正直助かる。

「ストース、一つ忠告しておく」

「なんです?」

「……アレを殺すなよ。大事なサンプルだ」

 ゼルの脅すような声色に、ストースは飄々と弓を向けて言う。

「それはまぁ、彼女次第ですね。ご存じの通り、私の能力は殺すものではないですが、シヴは真逆ですから」

 シヴは緊張で固まった馬の上で、不思議そうに身体をゆすっている。

「……星の娘か。せいぜい手綱を握っておけ。取り返しがつかなくなるぞ」

 僕らは立ち上がり、再びエイゾラを目指して歩み始めた。


 それから数分経った頃だろうか。

 討伐隊は二手に分かれ、僕とゼル、レナ、ハナは東の滝を目指して進んでいた。『告解の滝』とエルフが呼んだその瀑布の音が次第に近づいてくるのが分かる。湿気を含んだ空気の重さ、漂う匂いの質が変わり始めたその時だった。

 ゼルは不意に歩みを止めた。

 魔力線を追って先頭を走っていた僕は、その数メートル先で、馬の脚を緩めた。不快そうな声で馬が鳴く。振り向く先で、顔色の悪いエルフはひとつ、冷たい息を吐いた。

 暗い色の短剣へと咄嗟に手を伸ばす。警戒はしていた。エイゾラの魔力の痕跡がどんどん薄くなっていく。影送りの靄を追いかけるうちに、いつしか僕はゼルの思考をこそ追っていた。

「レナ、ハナ、来い」

「はい?」

 呼び止められた二人を乗せた馬が、ゼルに近づく。

「……っ!」

 思わず叫びかけるが、声が出ない。僕が馬を駆るよりずっと早く。

 彼は、二人の細い首筋をなぞった。

「師匠……?」

 その時、ゼルの手に握られた二本の注射器(シリンジ)を認め、背筋に怖気が走る。

 気勢を上げて馬を急かし、油を切らした喉奥から軋んだ声が絞られる。

「ゼルッ!」

 音もなく針は二人の少女の首元へ差し込まれた。

 刹那の空白の後、昏倒するように倒れ掛かる二人の身体をゼルは受け止め、馬に預けた。

「……何のつもりだ」

 短剣を抜いた僕の姿を、彼の目は吟味するような冷やかさで見つめていた。



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