幕開けの使者
「ひとっつもない!」
「ない!」
疲れとストレスでテーブルに突っ伏した僕の横で、シヴが面白がって真似をする。放っておいたら本当にそのまま寝てしまいそうだ。
コルクの北端に位置する小さな宿場で、僕らは今日の収穫を確認し始めた。とはいうものの、し始めただけで、後に続くものが何一つない。
「まさか、本当にホワイトフェザーの栽培がデマだったとでもいうんでしょうか」
「あの魔王に限って、ありえませんね」
僕の口をついた疑念を軽くあしらうように、ストースが応える。
このマクトベラシュカに到着するや否や、僕らはハナとレナの助けを借りながら、可能な範囲の薬園を視察して回った。そのうえ労働者を捕まえては聞き込み、その魔力のわずかな流れさえ追いかけた。無論管理人には厄介そうな目で見られたが、そこはチップ次第だった。現金な街だ。
しかし、そうまでして得られた結論は一つだけ。彼らは、少なくともこの薬園で働く労働者と、その区画ごとの使用者は、ウカノキないしホワイトフェザーを栽培しているという自覚がない。ゲリーと同じく、彼らの魔力には一寸の揺らぎも視て取れなかった。
「ウソ、ついてない?」
「うん。もちろん何かの絡繰りはあるかもしれない。けれど、あの人たちは少なくともウソをついているつもりはない」
「知らない、という可能性も?」
カップに紅茶を注ぎながら、ストースが長い髪を流す。
「なるほど、それは考えられる……いや、労働者はともかく、区画使用者までもが商品を把握していないなんてことは」
「それもそうですね」
思案顔で、彼は魔王が作り出したレプリカをつまんで眺めた。
「しかし、不思議です」
「ふしぎです」
ほぼ寝かけたシヴがもごもごしながら繰り返す。寝る子は育つんだろう。いいことだ、たぶん。
「コルクに至るまでの道中、覚えていますか?」
「なんのことです?」
聞き返しながら、記憶を探った。
黄道を渡り、熱砂の中を下ったこと。
意味ありげな看板の掛かった店を見つけ、初めてゼルと出会った時のこと。
レナとハナの助力を得て、いくつかのオアシスを経由しながらこの薬園に行き着いたこと。
そこまで思い出し、ふと気づく。そうか。
「ハナが、ウカノキのことを知っていた」
「えぇ、そこです」
まだ幼い少女たちではあるが、彼女らの境遇について、何ら知識があるわけでもない。だから百歩譲って、ゼルの弟子を名乗るレナが、特別このあたりの植生に詳しいということは想像に難くない。
だが、いかにも学者見習いといった様子のレナとは違い、ハナはあくまで一人の労働者といった立ち振る舞いだった。だというのに、レナがウカノキを観察する様子を見て、初めて見たというような素振りは一切なかった。まるで、そこら中に生育していて当然とでもいうような、『当たり前の光景』を見るようなまなざし。
「……でも、少なくともこの辺りの薬園一帯に、ホワイトフェザーは栽培されていない。それを模したようなホロウメラデュラも、魔力の一端さえ見つけられない」
頭を悩ませていたところに、突如、冷たい外気が入り込む。
がたん、と乱暴な音を立てて、入口の戸が開け放たれる。
噂をすれば影、であった。
「レナ、ハナ?」
「トキさん、みなさん。突然ですみません……ですが、お願いがあります。明日、マクトベラシュカの北部高原に同行していただきたいんです!」
息を切らして駆け込んできたレナの後ろに、悲しげに目を伏せたレナの姿が見える。彼女は一呼吸入れると、小さく言葉をつなげた。
「また、労働者が亡くなりました。エイゾラです」
空気がひりつく。もう一つの課題が、大手を振って歩み寄ってくる。




