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王のインケラーシャ  作者: Lopeye
勿忘草の胎動
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帝国の自治領1

「コーヒーがうまい!」

「そんな場合ですか」

 感動的な香りと深み、豆の甘さが鼻腔から立ち上るような官能的な後味。帝国には酸味の強いコーヒーしかないのかと思っていたが、これはどうだ。いやキリマンジャロのような酸味のコーヒーだってうまい。うまいが、十回に一回コロンビアが混ざればそのギャップは格別だ。

 だというのに、隣に立つストースは醒めた目つきで僕を見ていた。

「味の分からない人だ」

「にがい。まずい」

「味の分からない子どもだ」

 僕の横で舌を出すシヴにひと睨み効かせる。

 改めて薬園の景色に見入った。広がる景色はまるで海原を見るようだ。開けた地平線の先で、草花が波打つように風を刻む。

「ホワイトフェザー、まるで見つかりませんね」

 ストースが弓の表面を撫でる。どういう仕掛けか、彼の弓は魔力を通すことで倍ほどの長さに伸長して、その強靭さに拍車がかかる。逆に言えば、日ごろは長身の彼の半分程度、玩具の弓のようにすら見える。

「ソフィが言っただけですから、本当に今でも栽培している証拠はないですよ」

「いいえ」

 ストースは視線を弓に落としたまま、僕の返答にかぶりを振った。艶やかな弓の表面は大理石のような白磁の様相で、陽光の照り返しに包まれている。

「魔王様があると仰ったなら、あるのですよ」

 なんの含意もない。太陽は東から昇るのですよ、というくらいの言い方だった。

「ストースさんはソフィを随分信用しているんですね」

「そうでしょうか? まぁそうかもしれません。他人に比べれば、ですが。その点、あなたたちは魔王様への敬意というものがまるでありませんね。不敬ですよ」

 それはそうかもしれない。ソフィは魔王で、魔王は世界の王に等しい。ほぼ神だ。そういう風に接するきっかけは、当の昔に逸してしまった。ソフィがそれを正さないので、調子に乗ってしまっただろうか。

「エルフの人たちは、帝国とあまり交流がないイメージでしたけど」

 岩に刃を立てて削り滓を集めるように、乏しい知識を脳内に寄せ集めて口から出した。

 第七区までの区画が設定された帝国領だが、その中にはエルフをはじめとするいくつかの集落は入っていない。というのも、区画というのはこの世界にひと際広大に広がる平地に敷かれた行政区分であって、外に連なる山脈、高地、連峰。それらの麓に生い茂る大森林、樹海。そういった地域はいわゆる区画の中には設定されていない。

 だが、僕らヒト種と同じ生態の種族から見れば住みにくそうな地域を、主な居住地に据える種族も存在する。エルフなどはその一つだ。多種族との関わりが希薄で、独立主義の彼らは、主に北部大森林にその集落を構えていると言われている。

「確かに帝国との交流はほとんどありませんでしたね」

 で、こういう言葉の扱い方になる。厳密にはこの世界の端から端まで帝国だ。だが、実情は区画を出てしまえば自治区ということで、帝国と見做されないことが多い。

 いや、突っ込むべきはそこではないか。

「今は交流があるんですか?」

 ついぞそんな話は聞いたことがないが、なにせストースやらゼルやら、帝国内に当然のようにエルフが闊歩しているのだ。他にエルフなど見たことも聞いたこともないが、実は意外とエルフ移民というのは多いのだろうか。

「今の交流ですか……話が逸れてしまいます。それはまた今度にしましょう。まずはホワイトフェザーを見つけなければなりません。今のところ、労働者の聴取も不発ですし」

「そうでした。僕の眼は本当に信じていいんでしょうか」

 ソフィの言によれば、なんと僕の魔眼は嘘を見抜くことができる。正しく言えば、人が嘘をついた時に現れるごく僅かな魔力のブレを、眼がすり減るほどに凝らせば、ギリギリ知覚できる。



「君はウソを吐くとき、口に手を当てる癖があるのさ……みたいに分からないの?」

「ばかじゃないのか。いまのきみに、そんなことができてたまるもんか。きみの魔眼というのはね、赤ん坊に酒瓶を持たせたようなものだよ」

「開けられないから吞めないってこと?」

「ちがう。ばかだからどこかにぶつけて割ったうえ、這って歩くから指なんか切って、挙句の果てには誤飲して急性アルコールで死ぬんだ」



 不敬だか無礼だか知らないが、お前が言うなというのは魔王に言ってはいけないのだろうか。ソフィって友だち少ないだろうな。幻王とかいう先代も、唯一の友だちがアンバールなわけで、魔王ってのは力は強大でも友だちのできない哀しい存在なのだろう。

 しかし、いまのところその魔王に教わった方法でも、労働者たちの魔力のブレは現れていない。いやちゃんと言えば、『ホワイトフェザーないしウカノキの栽培を肯定する』ような魔力のブレが無いのだ。これは最も不可解なことだった。管理人や薬園に対しての不満や、家族への想い、男女の関係など、死ぬ気で観察すれば、どこにでも魔力のブレは観測できた。

 だが、肝心なところでそれがない。

 少なくともこれまでに話を聞いた労働者たちは、ホワイトフェザーの栽培について知らないことになる。偶然かもしれない。それはまだ分からない。

「今夜、ロータスで労働者たちだけの慰労会があるそうです。気安い会のようですし、私たちもお邪魔してはいかがでしょう」

「そういえばレナがそんなことを言ってました。邪険にされなければいいですが、行く価値はありますね。シヴはどうしよう」

「いく」

「そっか、まぁいいか」

 未成年とかいう制約が帝国にもあった気がするけれど、どうせここは自治領。だれもそんなことは気にしない。ストースが少し懸念するような表情を見せたが、僕たちはそろって、それこそハナとレナとウィーロまでも連れだって、件の酒場ロータスへと繰り出した。

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