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王のインケラーシャ  作者: Lopeye
勿忘草の胎動

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再誕の樹2

 ぱたぱた、ことこと。

 板張りの床を急ぐ、小さな足音。火に掛けたケトルが蓋を払いのける音。

 案内された客間は以外にも簡素だった。だが、床からも壁からも、染みついたハーブの香りが漂ってくる。

師匠(せんせい)―? 薬室ですかー?」

「ゼル、さん……」

 慌ただしい足取りでレナが。

 たどたどしい声色でハナが、元宮廷薬師のゼルを探してくれていた。

「ゼルさんって、お会いしたことあります?」

「私はありますよ。馬の合うタイプではありませんでしたが、森と共生するエルフにとっては彼の植物に対する愛情が眩しく見えることもありました」

「シヴ、しらない」

「シヴが来てから二年も経ちませんからね。彼が王宮を発ったのは、もう五年も前です」

「どうして王宮を離れたんです?」

「そうですね、本当のところは分かりません。魔王様の一存だったと記憶しています。表向きの理由は、王の側付き薬師という地位に意味がないため……要するに、王は薬を必要としないためです。ソフィア様は魔力が強すぎて、病魔の類にかかりません」

「へ、へぇ」

 引いてしまった。魔力ってそんなに万能なものでしたっけ。

「それでも、一流の薬師を王宮に抱え込む理由などいくらでもあると私は思うのですが……。しかし、同じタイミングでもう一人、王宮を追われた医師がおりましたので、なんとも」

「それは初耳です」

 僕が言うとストースは目を丸くして、こほんと一つ咳ばらいをして見せた。今回の参考人であるゼルについてはそんな素振りを見せたことは一度もなかったが。そんなに重要な人物なのだろうか。

「宮廷医師のクレフィアスという方ですね。稀代の天才医師との呼び声も高い。そして何より、その美貌でも有名なお方でした……」

 どこか遠い目をするストース。なんとなく事情は察した。

「あー……綺麗な方だったんですね?」

「それはもう! 特にあの緑の髪が良い! 流し目の先に捉えられでもしたら、私は街灯の明かりを目指す蛾のようにふらぁり、ふらりと!」

「うるさい」

「すみません」

 シヴに文句を言われ、ストースは萎れたアサガオのようにうつむいた。

 ここ数日で気づいたことだが、この色男、実は色好みの男だった。街中でもことあるごとに店先に立つ娘に声をかけては、必要もないハーブを一抱え買って帰ってくる。ハーブの中に、女の子の連絡先を仕込んで。

 唯一安心できるのは、シヴやレナ、ハナといった少女には食指が動かないことだろうか。

 その時、ギィっと音を立てて客間の扉が開かれた。

「みなさーん、師匠が見つかりましたよ! しかもドートカムの枝を枕にして寝ていました。ひどいと思いませんか? わたしが育てたのに!」

「……喋るな、頭が痛い」

「ベッドで寝ないからですぅ」

 レナに続いて顔を出したのは、夜みたいな真っ黒な長髪を束ねた顔面蒼白の男。よく見れば耳の先が尖っている。ストースと同じくエルフなのだろうが、かなり雰囲気は違う。目の下のクマ、こけた頬、くたびれたローブ。首を鳴らしながら入ってきた男は、ともすれば薬物患者とも見紛うばかりの人相だった。

「久しぶりですね、ゼル」

「ストース……そういうことか。なにが客人だ、厄介ごとを持ち込まれただけだ」

「理解が早くて結構です」

 にっこりと微笑むストース。

「お前らと関わる気はない」

「魔王様からの勅命ですので」

「ここは帝国じゃねぇ。てめぇの国で勝手に王様気取ってろって伝えとけ」

 鼻を鳴らすゼル。ストースを指さす指先に、魔力が集中していて危なっかしい。

「ゼルさん、そんなに拗ねないでください。ちょっと話を聞いてほしいだけですから」

 微かに弓に手を掛けるストース。

「手を離せ。どうなっても知らんぞ」

「そちらこそ、魔力を収めていただけませんか」

 わずか二メートルの距離でにらみ合う二人のエルフ。

「我々は勅使としてここへ参りました。それを攻撃することの意味をお分かりですね?」

「勅使が民間の薬屋に弓引いたなんて知れれば、折角平定したはずの異民族領が騒がしくなりそうだな」

 言葉がだんだんと過激になっていく。

 だが、傍から見ていた僕はというと、それを止めるでもなく、ただぼんやりと眺めていた。理由は簡単で、二人の言葉の高まりと、魔力の高まりが比例しなかったせいだ。

 言葉では何と言おうと、お互いに先制攻撃して相手をやり込めようという意思が、魔力に表れていなかった。隣を見ると、シヴがさっきから舟を漕いでいる。お前は興味なさすぎだ。

「や、やぁーーー!!」

 しかしそんな僕らをよそに、二人の間に単身飛び込んだ人影があった。なんと、薬師見習のレナが、二人のエルフが魔術を構える間に飛び込んだのだ。

「~~~~~!!」

 よく見るとレナはもう一人の少女、ハナの手首を握りしめたまま突撃してきたようで、当のハナは半泣きだ。ハナが空いた左手でお腹の辺りをさすると、熱を帯びた心臓の鼓動のような魔力が空気中に伝播する。

 レナは受け取ったとばかりにその魔力を一身に纏いこむと、彼女の髪と同じ、真っ赤な魔術杖をポケットから取り出す。くるりと円を描いたその杖の先から光が迸り、小爆発の予兆が僕の眼に映る。

 シヴが飛び起き右手を構えるが、それより先に二人のエルフが魔術を作動させていた。ストースが青く輝く矢を床に立て、ゼルは床に指先を押し当てる。せり上がる青と黒の障壁に挟まれて、少女たちは前後をふさがれた形になってしまった。

「まずい! シヴ、術式!」

「ゆぬ!」

 僕らは同時に駆け出すと、爆発寸前の光の中に飛び込んだ。

 ぼろを纏ったシヴは獣のような俊敏性で僕の前を走ると、一息に爆発術式の中心に達してその魔術式を打ち砕いた。

「え……!?」

 パキン、と甲高い音を立てて崩壊した魔術式にレナが瞠目する。だが、これだけでは不十分だ。僕は自分の身体に鞭打って手を伸ばす。間に合え、と。

 崩壊した魔術式から、ため込まれた魔力が無秩序に流れ出す。発動直前に破壊された術式は、雨水をため込んだダムが一瞬のうちに崩れ去るのに等しい。

「アラニエ!」

 氾濫した魔力を、八本の脚が薬屋の外まで逃がしていく。壁やら天井やらに引っ掻くような爪を立て、部屋中を風が吹き荒らす。棚から本がどさどさと崩れ落ち、ソファに亀裂が入って中の綿が顔を出す。

 全ての魔力を放出し終えた頃には、客間はまるで窓を開けっぱなしにしたまま嵐を迎えたような様相だった。

「いでで……」

 レナとハナの頭を抱え込んだまま、僕は腰をさすった。彼女らを衝撃から守ろうとして、変な打ち方をしたらしい。

 ごん。

「いでぇ!」

 後ろからシヴに頭突きされていた。

 レナとハナを守ったくせに自分が守られなかったのが激しく不満だったらしい。なんの文句があろうか、お前ほどの力があって守られようなど図々しい。逆に僕を守れ。

 そんなことを考えながらぼろ布のフード越しに頭を撫でてやると、シヴは満足そうに顔をほころばせた。彼女はなんでこんなに僕に懐いているんだろう。あとなんで僕はこんなに彼女に甘いんだろう。

 その時、ゴトっと音を立てて僕の横に彼が立った。

 ゼルは目を見開いて僕の左手を眺め見る。

「黒契爪……!? 何者だ、貴様」

 見ると、出発時に用意した手袋が剥げ上がっており、左手の黒い爪が露わになっていた。

 ゼルはシヴと僕を交互に睨むと、やがて口を開いて言う。

「……『潰滅』の姫に、黒契爪か。気が変わった」

「え?」

「レナ、ハナ。茶を淹れろ」

 その言葉に、僕の隣で縮こまっていた少女二人は顔をぱっと明るくして跳ね起き、パタパタと客間から出て行った。

 綿の飛び散ったソファに腰を下ろすと、ゼルは先程までとは打って変わって、対面のソファを指さした。

「座るといい。用件を聞いてやる」


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