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王のインケラーシャ  作者: Lopeye
勿忘草の胎動

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35/71

帝国の外縁

「おいお前」

 すれ違った男に声をかけられる。

 要件を聞かなくても、何が言いたいのか分かる。

「ちょっと顔貸せよ、な?」

 薄ら笑いを浮かべた男は、メインストリートから一本脇道に逸れた路地を指さして言う。よく見ると、少し目の端が青い。

 僕は眉をひそめた。男は僕の反応が気に入らないのか、鼻を鳴らして催促する。

「来い」

 ドスの利いた声。

 僕は黙ってついていく。路地に入って二歩、三歩と進んだあたりで、僕の背後に別の男が追うように現れた。退路をふさがれたわけだ。

 押し殺したような笑いが、前から後ろから聞こえてくる。

 ついていくと、建物の裏手の少し開けた空き地に出た。なんとまぁ、彼ら以外に十人はいるらしい。気丈に振舞いたいところだが、正直震えてくる。

 男も女も、みんな揃って目の端が青く染まっている。チームカラーみたいだ。

「おにーさん、お金あるよねぇ?」

 一人の女が、野次を飛ばすみたいに下品な口調で問いかけてくる。

 僕は意外と誰とでも仲良くなれる人間だと思っていたのだが、こういう『頭悪そう』を体現するタイプはかなり苦手らしい。頬を二、三発殴られるより、よほどイライラする。

「何か言えよ糞がッ!!」

 別の男が口汚く罵り、それに呼応するように四方八方から野次が飛んでくる。十数もの人数がいるのに、浴びせられる言葉のレパートリーはは三つか四つくらいしかない。

「お金が欲しいんですか?」

 僕が問いかけると、群衆がどっと笑いだす。

「ですか? だってよぉ!」

「気持ち悪ぃんだよ!」

 そう囃し立てる連中の間を割って、一人の男が出てくる。

 片手に握られた刃物が、路地裏の暗がりに鈍く光を落とす。

「……とりあえず這いつくばれよ。デコ擦りつけたら痛くはしねぇからさ?」

「そんなつもりは毛頭ありません」

 冷や汗をかいていた僕だが、なんだか一周して、逆に落ち着いてしまった。これだけ小物らしい言動をされると、妙に冷静になってしまう。

「そうそう。人間、こうなったらお終いですからね」

「ストースさーん!」

 背後から現れたストースが、ニヤニヤしながら僕の気持ちを代弁してくれる。

「言いたそうだったので、言ってあげましたよ?」

「頼んだ覚えはないですけどね!」

「いいじゃないですか、こうした方が早いんだから。シヴ、優しくしないとダメですよ」

「ゆぬ」

 彼の後ろから、ひょこっと顔を出す小さなぼろ布の女の子。

 彼らは何食わぬ顔で僕の横に立つと、ぐりん、と肩を回した。

「では、まとめてかかって来なさい、雑兵」

「ぞーひょー」

「どんなテンションなの!?」

「アレスさんが仰ってました。訓練の際に」

「それもどうなの!?」

 ツッコみながら、大声でナイフを構えて突っ込んできた男をいなして転がす。魔力量ならこの雑兵にも劣る僕だが、もともと徒手格闘については一日の長がある。それに加えてシヴと一戦交えた経験が、僕を別人にしてしまった。

「クソガキィ!」

 振り回される刃物の一振り一振り、その軌道が、今の僕には鮮明に視えている。手に取るように予測可能な、男の腕のしなり。思ったところにピタリと合致するその手首をひねり上げる。

「ぐぉっ……」

 ひるんだ上体に当て身。深く踏み込んだ背中が男の肋骨を圧迫し、悲鳴もなく、肺の空気が押し出される音だけが聞こえる。

 少し苛ついていたので、無防備な鳩尾に拳を一発ねじ込んでから、側頭部を石造りの地面に叩きつける。眼球は上向き、完全に意識が飛んだと見える。

「死ねぇええ!」

 威勢のいい背後からの強襲は、しかしアラニエが教えてくれた。張り巡らせたアラニエの糸は、防御するような強靭さとは程遠い。だが、死角に張ることで、通過するものを知覚できる。男の腕には魔術が展開している。右腕が肥大化し、獣の爪が生えているらしい。

 身を翻して顔面に裏拳を合わせようとしたところ、そいつの馬鹿でかい右腕に一本の赤い矢が突き刺さる。腕のサイズに比して、心もとないその小さな一射。だが刺さった瞬間、彼の右腕がブチブチと音を立てて血管を浮き上がらせる。

「ぐぁあああ!!」

 男の絶叫と共に、巨人程にまで膨れ上がった腕から鮮血が爆ぜる。魔眼を凝らして伺うと、そいつの右腕の魔力が巡っていなかった。血栓のように肩口で詰まった彼の魔力が、右腕の内部で倍々に膨張し、ついに弾けたのだ。

「これは、やりすぎてしまったかも……」

 ストースが懺悔を口にしながら手を合わせていると、さらに僕の横を抜けて、小さな影が飛び込んでいく。

「ゆぬ?」

「ぎゃぁあああ!!」

 一閃。いや、シヴにしては気の抜けた一撃だったが、そのくらいじゃないと死んでしまう。

 彼女の小指ほどの一撃をもらった、満身創痍の男の右腕。先程にもまして行き場を失った魔力と血液がバシャバシャ吹き出し、正直見ているのがしんどい。

 あれだけ流れ出しても死なないのだから、腕をパンプアップするために魔力で作られた物質なのだろう。血液だったとしたら、とっくに致死量の失血だ。

「がっ……あぁ……」

 術式を破壊され、男の腕はもとに戻った。ピクピク痙攣しながら痛みに悶える男を仰向けに転がし、僕は周囲を見渡した。

「マジですか」

 驚いたことに、十人以上もいた荒くれどもが、僕が二人相手している間に伸びてしまった。顔が変形しているやつが五人しかいないところを見ると、半分以上がストースの矢によって倒れたということか。

 なるほど、あれだけ煽り散らかす度胸があるわけだ。

「しかし、街に入って二時間も経たずに五回ですか。治安が終わっていますね、ゼプキル市」

 やれやれと言った口調でストースが顎に手を当てる。

「でも好都合です。視てください、全員中毒者ですよ」

「……いえ、見ても分かりませんから」

 仰向けになった男をはじめ、そこら中に倒れた十数人の若者。一人残らず、目の端に青い魔力反応が残っていた。

 僕は倒れ込んだ男の目元に指を当て、眼底に滞留した真っ青な魔力を滅茶苦茶に蠢かせる。途端に男はこの世の終わりみたいな絶叫を上げて、眼球剥き出しの興奮状態になった。

「質問に答えてください」

「あぁ!? なんで……いや待ってくれ! やめて、やめてくれ!」

 右手でピースして、もう一度目元に指を運んでやると、男は涙を浮かべて懇願した。そんなに辛いのか。内心で吐き気を催しながらそいつに命じる。

「痛い痛い思いをしたくなければ、大人しく知っていることを喋ってください」

「分かったよ! 何を、何をしゃべったらいいんだよ!」

 肩で荒い息を吐き出し、脂汗を浮かべるそいつに問いかける。

「僕たちは、ある男を探しています」

「……ど、どこのやつだ」

 魔力が揺れる。アタリだ。こいつは内心で、何を聞かれるのか気づいている。

 僕は心の中で大きく深呼吸をした。

「元王宮薬師、『植聖』のゼル。彼は今、どこにいるんです」


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