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王のインケラーシャ  作者: Lopeye
勿忘草の胎動

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34/72

幻王の龍5

「ストースさんは、さっきの場所を知っていたんですか」

 ソフィが寝息を立てている手前、起こすのも忍びない。僕はストースに声をかけた。

「知っているというか、なんというか。そんなことより、君の方が大事なんですが……」

「この爪の色ですか」

「そう。でも、私にはどうにもできませんし、魔王様が目を覚ますのを待ちましょうか」

 なにやら神妙な顔つきで呟くストース。

 カーペットの敷かれた床に寝転がったシヴを揺り椅子に寝かせると、僕はとりあえずコーヒーを淹れてストースに差し出した。

 ストースは少しだけ、窓から覗く空を見つめた。それからコーヒーに手を掛けて、くるりと一つ回して香りを確かめた。

「砂糖をひとつまみ、いただけますか。少し話しましょう。私の事と、シヴの事を」

「シヴの事も?」

 僕は、キッチンから持ち出した砂糖の瓶を差し出した。

 彼は本当にひとつまみだけコーヒーに溶かすと、ゆっくりと口をつけた。

「本当は彼女から伝えるべきなのでしょうが、シヴは少し口下手ですから」

 まぁ、それはそうだ。

「これは私が人から聞いた話ですから、どこまでが真実なのか分かりかねます。鵜呑みにされることのないよう」

 ストースはカップをテーブルに置くと、そう言い加えた。

「シヴは原生群島の出身です。島の名はカトル」

「原生群島って、東の海の?」

「そうです。カトルは群島の比較的北側に位置する島だそうです」

 原生群島。

 帝国が存在する大陸から漕ぎ出し、東の海に存在する島々の総称だ。その呼称は実に千年も前に帝国の調査隊が命名したもので、なかば蔑称に近い。実際に住む原住民たちには、自分たちの島の名こそあれ、原生群島などという言葉はない。

 最も近い島でさえ、大陸から直線距離で二千キロは離れているという絶海の島々だ。

 群島と言いつつ、中心となる二島の面積は二十万から三十万平方キロメートルに及ぶ。十二分に国を成せるサイズである。この二島にだけは帝国の統治も及んでいるが、逆に言えばそれ以外の数百、数千にも及ぶ島々の状況はいまだ詳細が掴めていない。

「二年前まで、群島北部が絶え間ない紛争状態だったのはご存じですか?」

「いえ、原生群島の内情についてはさっぱり。というか、調査が行われていたんですか?」

 ストースは大きく頷いてみせる。

「もちろんです。帝国はいずれ、原生群島の全域を把握し、手中に収めるでしょう。私がお話ししたいのは、その北部紛争のことです。二年前まで、およそ二百年にも渡って繰り広げられてきた島々の争いを」

 彼は僕の背後を指さした。

「原因はそれですよ」

 振り返った先に鎮座していたのは、魔王が作り出したレプリカの一つ。純白の花を咲かせた、蛾のようにしなやかな一輪花。

「ホワイトフェザー?」

「そうです。エルフはウカノキと呼びますが。私も生態に明るい方ではないのですが、その植物は潮風に弱いのです。ある程度内陸部でないと発育が安定しないとか」

「じゃあ、原生群島で生育できるんですか?」

「そこが肝なわけですね。前提として、約五百年ほど前に、帝国にウカノキをはじめとする、いわゆる麻薬が出回り始めます。はじめの頃は薬草と区別されていませんでした。ウカノキの実を乾燥させて磨り潰しただけの粉薬。一時的な鎮痛効果をもたらし、麻酔や危篤患者の最期に用いられました。ちゃんと薬だったわけです、多少の副作用に目を瞑れば」

 頷いて聞き入る。帝国における麻薬の在り方は、僕の知っているそれと非常に近しい。

「しかし二百年ほど前、ウカノキの価値を一変させる大事件が起こります。なに、こんな前置きをするほど大したことではないのですが。ウカノキを許可なく栽培し、商用利用することを禁止する『法』が定められたのです。この、帝国で」

「でも、薬草だったのでは?」

「初めの頃だけです。人々は次第にウカノキに別の薬物を混ぜ込み、最も効能の高い『麻酔』を作り出そうとしました。ハナから悪意で始めた者もありましょう。ですが、そのほとんどは副作用のない『完璧な麻酔薬』を生み出そうとした、正真正銘の薬師だったのです」

 なるほど合点がいく。

 人の痛覚を麻痺させ、痛みを和らげる『魔術』も確かに存在する。だが、それはあくまで自分自身に使用するものであり、他者に掛ける魔術ではない。神経のコントロールというのは、非常に緻密な魔力操作を必要とする。

 自分の指を『痛くない程度』につねって、爪の跡を残すことはできよう。だが、他人の指をつねるというのなら話は別だ。それが赤ん坊ならどうだ。いや、硬い甲殻に覆われた龍種ではどうだ。出血もしようか、それとも、引っ掻き傷さえ残るまいか。

 広大な帝国で麻酔治療を行おうというなら、天才的な魔術師を全土から探し当てるより、薬品に頼る方が合理的だ。年齢と種族、体格に合わせて、原薬を希釈して用いればよい。

「けれど、副作用のない完璧な麻酔薬が生み出されたのは、たったの五年前だ。それまでの間に行われた薬師たちの実験は、つまるところ新たな麻薬を生み出す治験に過ぎなかった。本人たちの意志がどうあれね」

「次々に、効能の高い麻薬が生み出され続けた?」

「皮肉なことにね。極度に神経を摩耗させ、同時に依存性も高い。ヒトが朽ちていく。そういう麻薬がどこに蓋をしても収まらず、流通し続けている。今でも」

 口に手を当てる。

 そうして生まれたのがホワイトフェザーだ。だが、ホワイトフェザーの使用者は、それがどれだけ心地よい薬物だったとしても、真の意味では得をしていない。自らの身を、いずれ言葉通りに滅ぼすものだろう。

 そこまで、同じなのだろうか。

「帝国では、どれだけの価格で取引されているんですか」

「鋭いですね。価格の乱高下が激しい特殊な市場です。ただ、わずか一グラムで最低でも金貨五枚に相当します」

「五万円っ!!」

「ごまんえん?」

「なんでもありません」

 いかん、興奮してつい口走ってしまった。いかに僕といえど、いやただの僕なのだけれど、麻薬の取引価格についてそう詳しいわけではない。しかし驚いた、一グラムで五万円を超えるとは。前の世界と比してどの程度の差があるのだろうか。

 しかし親の顔すら思い出せないくせに、しょうもないことばかり覚えているものだ。親不孝者め。まだ見ぬお父様とお母様ごめんなさい。たぶん見たんだろうけど。

「トキ君が察した通り、法整備によって末端価格が跳ね上がりました。少し寒い地方なら当たり前に生育していた植物から、元老院によって直々に指定された禁忌の薬物へと世間の認識は一変。取引リスクが青天井で高まるのに比例して、取引価格も数千倍にうなぎ上り」

「帝国では、最早隠れて栽培するのが難しい?」

「仰る通り。そして、露見するリスクが高すぎる。だから、ウカノキの栽培拠点は帝国から新天地を求めて移っていったのです。帝国の法が行き届かず、陽道から程よく離れた冷涼な土地へと。それが原生群島北部、ということです」

 その原生群島で、ウカノキを巡る争いが起こった。ウカノキそのものを巡った争いというのは考えられない。聞いた限り、植物として貴重な種ではなかったからだ。

 とすれば、やはり群島という部分が引っかかる。潮風に弱いウカノキ。それを健康に生育させるために必要な土地。

 防風林では足りぬだろうが、四方を山に囲まれた盆地では、潮風が防げても交易に弱い。いくら原生群島でウカノキを育てたところで、雀の涙ほどの価値にもならない。ホワイトフェザーは、それが禁じられた帝国へと運び込み、厳格な法を犯すことによって、初めて『禁断の果実』という価値を得るのだ。

「海岸線から十分に離れた場所でウカノキを生育できる、広大な島が必要ですね」

「その通り。その島こそカトル、シヴの生まれ故郷です。彼女が6歳になるまで、カトルの支配権は周辺の島々の部族間を目まぐるしく行き来していました。しかし、二年前を境に争いは無くなりました。彼女が帝国に渡ってきたのも、それが契機です。今では、彼女の部族も存在しません」

 ぬるくなってきたコーヒーを片手に、ストースはシヴへと目をやった。たった一人の生き残りとなった少女を、慈しむように。

 シヴは揺り椅子に揺られて、こくり、こくりと舟を漕いでいる。彼は微笑みながら、口元に垂れた涎を拭いてやる。

「シヴが、六歳か、それにも満たなかった幼い彼女が、北部諸島の全ての部族を滅ぼしてしまったのです」

「そんな……こと」

「ロードアイ。シヴの魔術を、貴方はもう見抜いているのでしょう。あれは誰かに教わったものではありません。彼女が何かに魅入られて、持ったまま生まれ落ちた異能。触れたものすべてを崩壊させる術式。我々は『潰滅の手』と呼んでいます」

 シヴとの模擬戦が脳裏によぎる。砕け散り、霧散したアラニエの姿が。潰滅の手は、触れさえすれば他者の術式をも破壊しうるのだろう。

「しかし、今のシヴが八歳だとしても、あの魔力量は説明がつきません」

「あれはシヴの魔力ではありません」

 ストースは目を伏せたまま応えた。

「あれはシヴに潰滅の手という祝福を与えた、神に近いモノの魔力です。いずれトキ君も目にすることがあるでしょう。シヴは魔力のキャパシティも、その怪物に準拠しています。馬鹿魔力のヘルメス君とは違い、シヴ自身のキャパシティは常人とさほど変わりません。トキ君はご存じないかも知れませんが、自分自身のキャパシティを越える量の魔力を流し込まれると、生物は内側からはち切れて爆発してしまいます」

 あぁ、ミィナさんが似たようなことを言っていた気がする。ホワイトフェザーの動物実験がなんとか、と。

「身寄りが無くなって、シヴは帝国に?」

「それが、そう単純な話でもありません。ウカノキの栽培拠点の噂を聞きつけて、帝国の調査隊がカトル島に上陸しました。一年ほど前のことです。シヴは彼らが敵部族だと誤解して――あながち間違いでもないのですが――諜報局の傑物揃いの調査隊を全滅させてしまいました」

「全滅!?」

「帰ってきたのは、一匹の使い魔だけだったそうです」

 北部諸島の部族がなんぼのものか知らないが、魔王軍の諜報局と言えば変わり者の変態、もとい強力で個性的な術式を得意とする、一家言持った特化部隊だ。もちろん戦闘特化という者は攻城局なり防衛局に流れていくのだろうが、一流の魔術師には違いない。

 そして、そんな状況が明るみに出れば、諜報局の面目丸つぶれだ。

「じゃあ、シヴを連れて来たのはダグシェーダー?」

「? それは誰です?」

「諜報局長の女の子ですけど」

「そういうことですか……。少なくとも私はその女性の名を知りませんでした。それが本名かは置くとして、公言されている名前ではありませんよ。次からは気を付けるべきです」

 それは魔王とその右腕の悪魔に言ってやってくれないだろうか。

「帝国にシヴを引き入れたのは諜報局長ではありません。防衛局長のゲートキーパーです」

「防衛局長が?」

「ええ。『帝国の根』とも称されるゲートキーパーが、どういうわけで自ら赴いたのか、その真意は分かりかねます。なにせ彼が立ち上がって歩いたのは、五年前の大戦以来だったとか。防衛局はその日、お祭り騒ぎだったそうです」

「はしゃぎすぎだろ」

 ふふ、と小さく笑って、ストースは僕に視線を向けた。

「シヴは島を破壊するほどの気勢で魔力を吐き出し続け、ゲートキーパーはそれをただ一昼夜に渡って受け続けたのだとか。シヴが疲れて眠ってしまうまで、ずっと」

「……化け物では?」

「ええ、化け物ですね。軍政三極はみんな化け物ですから」

 それから立ち上がり、にじり寄るようにゆっくり、ゆっくりとシヴに歩み寄っていく。傍から見れば変質者以外の何者でもないのだが、なにせ顔がいい。ダークブルーの髪が静かに揺れ、涼やかな瞳がシヴを見つめている。

 彼のしなやかな腕がそっとシヴに伸ばされた瞬間だった。

 バチっと静電気のような魔力が迸り、ストースの手が跳ね除けられる。小さく白煙の上がる爪の先が、焼け焦げていた。咄嗟に身を引くストース。先刻まで彼がたたずんでいた空間に、煌々と輝く炎が燃え上がる。煌炎はしばらくその場で燃え続けると、やがて空間そのものに飲み込まれるように消えていった。

 当のシヴはというと、目を覚ました素振りもなく、小さく寝返りを打っている。

「分かりますか? 全く無警戒の彼女と触れ合える相手は、この世界にたった二人だけ」

 冷や汗をかきながら、ストースは苦笑して言った。

「ゲートキーパーと、どういうわけか君だけです。トキ君」

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