幻王の龍3
「さて、そういうことでね。オレは死んでしまうかもしれない。運命は残酷だ」
澄まし顔の銀龍は、いつにもましてクールな横顔でこちらを伺っている。なんて悲しいことだろう。オオカミ少年理論に基づいて、彼はオレの言葉を概して信用しない。だが、いつものくだらない冗談程度に受け止められたらたまらない。今生の別れの話だというのに。お前のせいで、オレには友だちが龍しかいないとか巷で揶揄されているのに。
「……オレが死んだら、お前はどうするんだ?」
彼というのは、本当のところ正確ではない。マイベストフレンドであるところのアンバールは、そこらの竜とは格が違うらしく、性別が不詳である。通常の竜種には雌雄の区別があり、有性生殖によって卵生で子孫を残す。だが『原初の龍』アンバールはそのような枠組みなぞかなぐり捨てており、生殖機能を失っているのか、初めから無かったのか、はたまた本人が空言を吹聴しているのか分からないが、ともかく雌雄の別がないのだという。
「そうか、元に戻るだけか。オレがお前と出会ってから、せいぜい十年ちょっとだもんな。星と共に生きてきたお前から見れば、今この時なんて瞬きの間。よくて気まぐれの泡沫か」
アンバールはこちらに視線を向けながら羽衣のような翼をゆったりと畳み、気だるげに横たわった。その態度に比べて、彼から投げかけられた言葉は驚くほどに優しかった。
「そんなこと言うな。オレ以外にもお前と友だちになりたいやつはいっぱいいるさ。この千年だか一万年だか、一億年だか一兆年だか知らないが。お前がたまたまそういうやつと出逢わなかっただけ。というか人類お断りの虚数領域なんかに引きこもっておいて、友だちができないとか図々しいからな」
フン、と鳴らされた鼻息も、どこか寝息のようだ。安息と寂寥の混じった深い響きが腹の底に落ちる。これはまずい。たぶんこのままではオレが死んだら本当に数千年とか数万年とかいう眠りにつきかねない。たとえそれが彼にとっての日常でも、オレには悲しい。
「お前の心臓は七区の家に置きっぱなしだ。オレが死んで契約が切れても、それで自動的にお前のもとに還ってはいかないだろう。ただでさえ『友だちの証』みたいなしょーもない契約なのに、破棄されたらお前の心臓は魔王御用達の結界の中に取り込まれる。そのうえお前自身は虚数領域に入り浸り。契約切れた途端に死んだりしないよな? 不安になってきたよ」
苔の生えたような外皮をなぞる。アンバールの魔力が充溢したオーラは、魔力が視認できない者にすら、まるで緑青のように銀の外皮を覆い尽くして見える。人の手の及ぶ者ではないのだ。この上位存在を、また見つけてくれる人がいるだろうか。
はたと閃いて、オレは言った。
「こうしよう、アンバール。次にお前を見つけてくれるやつがいたら、そいつを吟味してみればいい……次の魔王がいけ好かない? 確かに次に来るのは後継の魔王か。というかお前それが視えてるくせにオレの言葉を冗談みたいに扱ったな」
龍の広い額を撫でる。硬く冷たいけれど、魔力は羽毛のように柔らかい。
「まぁいい。ソフィアは良い魔王になるよ、オレなんかよりずっといい。うーん、お前が気に入らないなら……じゃあ、その次に来るやつにしようか?」
アンバールは殊更満足げに翼を靡かせた。しょうがないやつ。
「ギャンブラーだなぁとか言いたいけど、お前についてはただの強情だよ」
暖かな日差しの中に、オレたちは連れ立って寝転んだ。
それは数多の命が散り、夥しい魂が彼方へと還る、血戦の前夜であった。




