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王のインケラーシャ  作者: Lopeye
願望の偽証

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玉座の間

 大理石の階段を上ると、やけに天井の広い部屋に出た。そもそも天井があるのかどうか、疑うほどに。

 目を細めると意匠の凝らされた天井画が描かれているのが分かる。神話だろうか。この世界にもヒトが生きる以上、信仰が生まれるのは自然に思える。だが、だれもが魔術を使い、竜が巣を持ち、魔王が実在するこの世界に、信仰の入る余地などまだあったのかと訝しんでしまう。

 大広間の群衆は左右に分かれて整列している。僕は驚いてその一人ひとりを観察してしまった。政府の高官というのだから、みな一様にすまし顔のヒト種やらエルフ種に違いないと思っていたのだが。小柄なドワーフ系の男、大翼を備えた翼竜種の女、首筋に鱗を覗かせる蛇種の老人。種族をミキサーにかけたみたいに、その多様性に目が回るようだ。

 姿かたちが十人十色の高官たちだが、みな等しく黒い外套を羽織っている。それぞれに色の違う線が入っていて、攻城局の局員は青のライン、防衛局は緑のラインらしい。そのほか元老院所属の公安塔、司法塔といった面々の群青色、紫色といった色彩が並んでいる。

「諜報局は何色なんです?」

 ひそひそと、前を歩く女性に聞いてみる。青い『刺繍』の入った外套を纏う彼女は、僕に一瞥もくれずに応える。

「諜報局の連中は顔が割れるのを嫌う。公式の場に現れるのはダグシェーダーくらいのものだ」

「ダグシェーダー?」

 鸚鵡返しに聞き返すと、アレスは顎をしゃくってみせる。ついでに冗談じゃすまない量の魔力を意図しただろう相手に向けて一閃する。

「ちょっ!」

 僕が止める間もなく、そもそも止められやしないのだけれど。唐突に放たれた光の弾丸に、それまで静寂としていた高官たちが戦き、悲鳴をあげる。その光弾は流星のように飛翔すると、フードを被った人影に撃ち落とされて、眩いばかりに弾け飛んだ。

「あれだ」

「あれだ。じゃないわ」

 身体が勝手にツッコんでしまう。

 フードを被ったその人は、銀の髪をひらめかせて一瞬だけこちらに目を向けると、フンと鼻を鳴らして中指を立てた。この世界にもそういう文化あるんだ。

 魔力の色合い、質感からして女性のようだ。よく見れば顔周りの髪が三つ編みに結われているのが見える。背丈は僕と魔王の中間くらいか。

「あの女の子が、ダグシェーダー?」

「生意気で可愛いだろう? だがエルフ種だ、見た目と年齢は比例しない」

「いくつなんですか」

「本人に聞くべきだと思うね」

 それはそう。まさかアレスに常識を説かれることになるとは。僕は頭を掻いてダグシェーダーに目をやる。彼女は僕の視線を感じ取ったのか、こちらに目をやると、ひらひらとやる気なさげに手を振った。

「返した方がいいですかね」

「何を」

「いや、彼女が手を振っているので」

「……頭大丈夫か」

 アレスはかわいそうなものを見る目で僕を睥睨すると、歩みを早めた。言い返そうとしたが、冗談ではないらしい。目をやると、ダグシェーダーは今も無表情でひらひら、ひらひらと手を振っている。よく見れば、魔力の塊を器用に動かしているらしい。

 せっかくなので僕も真似してやってみた。なに、魔力の少ない僕だが、この世界に生まれ落ちてからというもの、無いものをうまく使うことに苦心してきた。魔力で手を作ってひらひらするぐらい、朝飯前というもの。

 ほうら、ひらひら。

「……ん」

 それを見て、彼女が返してくる。ひらひら。

 よし、僕もひらひら。

「……ん」

 彼女もひらひら。

 なんだろう、少し楽しい。猫と遊んでいるときと似た気分だ。

「トキ」

 ごつん、と頭を叩かれる。しまった。夢中でひらひらしていたら、アレスを追い抜かしてずんずん進んでいたらしい。

「すみませ……ん」

 言いながら冷静になる。今のはアレスの声じゃなかった。

 振り返ると、数メートル先で彼女は跪き、腰に差した長刀の柄に手を当てていた。アレスが跪いたその場所は、巨大な扉が『こちら』と『あちら』を隔てるちょうど境界線。僕の立っている一室は、先程まで彼女と一緒に歩いていた大広間と同じだけの広さで続いていた。完全に開かれていた両開きの扉を、僕は気づくことなく通過していたらしい。音もなく門扉が閉じ始め、アレスの姿も、ダグシェーダーの魔力の腕も、だんだんと見えなくなっていく。

 摩擦を忘れた扉は、滑るようにその両手を合わせた。なんと、扉が閉まる音さえ無いとは。そんな些末な驚きを胸に抱いた僕だったが、その眼前に広がる景色に目を奪われた。

 王の間だ。

「まったく。ぼくの前で、よくもほかの女に手を出せたもんだよ」

「きみは」

「それもダグシェーダーとは……あれウチの諜報局長だからね? アレスと同格だからね?」

 まくしたてるように糾弾してくる。

 そりゃあ彼女も、魔王の間に入った男が別の女性に現を抜かしているとは思ってもみなかったことだろう。誤解なのだけれど。

「なるほど、だから諜報局の中で彼女だけがいたんだ。あんな女の子が」

「打ち首にしちゃうぞ?」

「すみません」

 そうだった。目の前に鎮座しているのは魔王少女だった。僕はとりあえず正座して彼女を見る。壮大で豪奢な玉座の上に、半分寝っ転がるように座る少女。煌びやかに見えた大広間に比して、この王の間は空恐ろしいほどに荘厳だ。黒曜石のような暗く透き通る石材に囲まれ。ガラス細工のようにその一つ一つに王の間の装飾が反射する。玉座の背後からは陽光が仄暗いガラスを通り抜け、青く、暗く輝いている。

「僕はなんでここに呼ばれたの?」

 問うと、魔王は眉をひそめて僕を見る。

「知らずに来たの? アレスに伝えたのに」

 あの女。ため息をつきながら、僕は「何も知らない」と首を横に振る。

 ラカンでの一件から1週間。僕は魔力の枯渇で寝込んだうえ、一応ブラックスワンを消滅させた人間として、死にそうになりながら事の顛末を語った。まず防衛局の担当者が二回に分けて現れ、そのあとは攻城局から三人ほど、入れ代わり立ち代わり。彼らが立ち去ると、待ってましたと言わんばかりに公安塔、それから経済塔、司法塔と続々と元老院の傘下の役人が現れた。

 最後に会ったことのない老人が訪れ、僕たちがブラックスワンに掛けた願いの内容について、事細かに聞いていった。どこかで会ったような気もしたが、よく思い出せない。

「きみの処遇についてだよ」

「処遇」

 ……殺されたりしないだろうか。

 背筋が寒くなる思いで、彼女の顔をちらりと見る。僕のそんな様子を知ってか、魔王は不服そうに仏頂面を返してきた。

「きみの役職を用意したよ」

「ほんと!?」

 我ながら浅ましい食いつき方だったと思う。

 だが魔王は僕の反応に満足したようで、タイツに包まれた華奢な脚をぶらつかせる。

「発表しよう!」

「おお!」

 だだっ広い玉座の間で、ただ二人。

 おかしな程のはしゃぎっぷりで、僕らは大声を上げていた。

 王は得意げに立ち上がると、抑えきれないその魔力が、王の間を充満させる。轟轟と吹き荒れる嵐の光。今にも燃え上がりそうな魔力の波が、僕を吹きとばさんばかりに迫りくる。

 嗚呼。どこか幸せだ。

 この魔王に命じられるのならば、便所の掃除でも、遺体磨きでも、何でもやってやろうと思えてしまう。悲観的なのではない。誰にでもできることが、僕にはできない。だから、誰もができて、誰もやりたくないような仕事をあてがわれるのが自然なのだ。でも、立派な仕事に変わりないじゃないか。誰もがやりたくない、でも誰かがやらなきゃいけない、そんな胸を張れる仕事だ。

 魔王はふわりと跳躍し、相変わらず正座したままの僕の眼前に降り立つ。彼女はその手に玉座の間と同じ、透き通る夜色の指輪を載せて、僕の手を取った。

「トキ。きみを特定危機管理局が一席、『スキーマー』改め『ロードアイ』に任ずる」

 僕の右手を持ち上げると、中指にその指輪が嵌められる。細やかな装飾は気品に満ちて、僕にはなんとも不釣り合いだ。と思いきや、手のひら側の装飾は天使の羽根があしらわれている。可愛いんだか、皮肉なんだか。

「ロードアイ?」

「魔王の瞳。きみにぴったりだろう?」

「どういう……」

 言葉が詰まる。まさか、そういうことなのか。

「その様子じゃ、今まで気づいていなかったんだね」

 魔王は言うと、ピースサインで僕の両目を指さして見せる。

「その目は魔眼だよ。詳しいことは調べてみないと分からないけれど。たぶん、まぁ、十中八九、『先触れの魔眼』かな」

「有名な魔眼なの?」

「まぁね」

 彼女は可愛らしく首をもたげて答えた。

「魔力が視える魔眼、ってこと?」

「そんな感じ。ヘルメスが言ってたよ、魔力感知についてはピカイチだって。肌感覚が優れているみたいな言い方してたけど、とんでもない誤解だ。直接視ているんだから、感知も何もない。」

 僕は今までの記憶を辿りながら、息をつくように言葉を吐き出した。

「二つ聞きたい」

「いいよ、許してあげる」

 改めて玉座の間を見渡した。一面に広がる装飾。壁画、彫刻、照明、その一つひとつが、誰かが人生をかけて施した傑作であることが僕にもわかる。この世界のことに造詣が深いわけではない。だが、一体どれだけの歳月をかけて、この玉座は生まれたのだろう。魔王から使命を賜る、その意味をもう一度咀嚼する。

「ロードアイ。僕は何をすればいい?」

 命をかけて、何を。

「それなら簡単だ。ぼくの言うことを聞いて」

「君の?」

「だって、『魔王の』瞳なんだから。ぼくが肩を揉めといったら揉むし、ぼくが歌えと言ったら歌ってくれないと」

 つまり便利屋ってことなのだろうか。

 僕の思案顔を見てか、魔王はさらに言葉を続ける。

「とともに、きみの所属は特危管だよ。それなりの働きは期待するから、覚悟して」

「とっきかん?」

「さっき言ったでしょ、特定危機管理局。インケラーシャの討滅・凍結を目的にした機関だよ。魔王軍の外局で、ぼくの直属の機関でもある。局長はルイン・シルバーホーン」

 随分危うげな機関に配属されてしまったらしい。ラカンでの記憶が蘇る。空から隕石が降ってくるような事態に、そうそう出くわしたくはないものだが。

 願わくば指揮官が良識ある人であって欲しい。ルイン・シルバーホーン局長……。

「え、ルインさん?」

「ん? あぁラカンで面識があるんだ」

「いや、会ってはいないけど。確かにヘルメスさんが知っている風な口ぶりで『偉い人』って言ってたっけ。でもまさか、魔王軍の局長クラスとは」

「まぁぼくが気まぐれに作った局だからね。三極に比べたら格落ちするよ。なにせルインを含めても局員が六人しかいない。そのうえ最近欠員が出たから、君を入れて六人だ。あ、ぼくを含めれば七人だった」

 魔王よ、お前を含めていいのか。

 あとどさくさに紛れて怖いこと言ったな。僕は補充ということか。欠員が出たって言ったもんな。それは円満な退職ってことでいいんだよね? 今は安らかな顔で土に還っていたりしないよね? 

「あとヘルメスもメンバーだね」

「えぇ!?」

 驚嘆のあまり大声が出てしまった。

 きょとんとした顔の魔王。僕がおかしいのだろうか。いやそんなはずない。

「だって、その、ファナリアのこと」

「……あぁ」

 呟くと、彼女は少しうつむいた。薄く微笑を浮かべると、魔王は僕に再び向き直る。

「ヘルメスに聞いたんだね」

「うん」

「彼はぼくを、恨んでいるかな」

「……彼の真意までは聞いていない。酒場で聞いた程度だから。でも、恨んではいないよ。自分でそう言ってた」

 僕は首を振って応えた。

 そんな僕の言葉に、彼女は小さく苦笑いを浮かべた。

「そっか。ばかだな。恨んだ方が楽なのに」

「君は……」

「全部は聞いてないんだね。なら、それはやっぱりヘルメスから聞くことだよ」

 魔王は僕の口に手を当てると、悪戯っぽく笑って見せた。

 彼女の魔力は心臓に悪い。その一端に触れただけで、どこか古傷が開かれるような疼きを感じてしまう。

「じゃあ、もう一つ聞かせて」

「うん、なにかな」

 思わず身構えて、深呼吸してしまう。

 当たり前のことを聞くだけなのに。

「君のことは何て呼べばいい?」

「は?」

「君の名前を」

「ぼくの名前知らないの!?」

 魔王は頭を抱えて唸っている。

 心底心外だ。いかにも常識みたいな反応をするが、会ったことのない人物の名前なんて、いくら偉い人でも知るものか。魔王なんて、前の世界で言えば大統領か総理大臣を一生やっている人物程度のもの。つまり……なるほど、常識だ。

「まぁいいか」

 魔王は少し芝居がかった様子で僕の右手を取ると、彼女の右手をその上に載せる。僕が頭に疑問符を浮かべているうちに、魔王は僕の手のひらを握り、その白い手の甲を僕の唇に押し当てた。

「んむ!?」

「あはは。変な顔。ほら、これできみはぼくの騎士様ってことだ」

「なにを言って……」

 慌てて彼女の手を口元から引き離すけれど、心臓がどくどくと鼓動して止まない。そんな僕をよそに、彼女は踊るように髪をなびかせて口にする。

「ぼくの名はソフィア・レッドロード。ソフィって呼んでね」

 ソフィア・レッドロード。

 息をするのも忘れて、僕は心臓を鷲掴みにされて聞き惚れる。

 ここにいても、いいんだろうか。

 僕の持っているちっぽけな鍵が、こんなにも凄烈で、温かな扉を開いても許されるのだろうか。

 金の瞳は迷える僕を見据えて、にっこりと微笑む。

「ようこそ、魔王軍へ」



第二章は執筆中です。

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