表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王のインケラーシャ  作者: Lopeye
願望の偽証

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/71

陽光の街

 耳に響く喧噪。

 人の声と、砕ける音。時折金属音が混じり合い、熱を帯びた魔力が火照るのを感じる。

 仰向けに転がった身体は、ぐったりと重い。指先から伸びた蜘蛛の糸が、枯れた蔓のように石材にしなだれ落ちる。心臓の鼓動が止まない。だけど、時間はゆっくりと流れている。

 雨は止んだ。雷鳴も去った。海風が吹き抜け、僕の鼻腔に磯の香りがふわりと浮かぶ。

「眩しい」

 目を開ける。額に当てた手のひらの隙間から、輝く陽光が燦々と照らし込む。身体を芯から温める、思わず眠ってしまいそうなほど優しい光。顔を出した太陽を取り囲む、真っ青に澄み切った大空が、拍手喝采で僕たちを迎え入れてくれる。

「晴れた……晴れたんだ」

「そうだね。きみの願ったとおりになったよ、トキ」

 大の字になって寝転ぶ僕を覗き込むように、彼女がかがみこむ。陽光に輝くしなやかな黒髪が、僕の首元に落ちかかってくすぐったい。絹のようとはよく言ったもので、僕は触れたこともないのに、もし絹糸というものがあるのなら、こんな手触りに違いないと確信してしまう。

「ばか。ぼぅっとしてる場合じゃないよ」

「あ、ご、ごめん!」

 まさに呆けていた僕は、知らず知らずのうちに、彼女の髪を手に取っていた。僕が飛び上がって起きると、彼女は目を丸くして、それから声を上げて笑い出す。

 眼下では鳴り響いた戦いの怒号が、称賛の歓声に変わりつつある。アレスが宙を舞い、最後の石塊を塵に変えていく。鮮烈な魔力放出、戦慄の魔術展開。しかし、そんな戦果もなんのその、ただ美しいという形容が勝る。

「ほら、おいで」

 魔王が僕の手を取る。記憶に新しい手の感触。この数分の出来事が、矢のように脳裏を駆け巡る。片手に握った祓魔のインケラーシャ、もう片手に握られた小さな手。現実である方がおこがましいのに、僕の手の中に、この狭い視界に。この世界の全てが詰まっている気がしてならない。

「戦いは、英雄を讃えて終わるものだ」

 先頭に立って、魔王は小さな歩幅で歩いていく。揺れるフードをはためかせて、宝石みたいな金の瞳を煌めかせて。僕はその輝きに引き寄せられて、現を抜かして進んでいく。

 風が吹く。凛とした烈風。先程よりもなお強い、「魔王」という風の便り。

 ラカンから死線が消え去り、ラカンから視線が集まる。

 雨は止み、風が凪いだ。

 雷雲は去り、青雲が開けた。

 もはや遮るものなど何もない。ラカンの前に、魔王の少女は立ったのだ。

 余計な言葉は要らない。

 僕たちは本能で分かるのだ。

 彼女が王だと。僕らはきっと彼女のためにここにあるのだと。

 翻る長い黒髪に。射貫かれる黄金の瞳に。極光に輝き、燃え滾るその魔力に。

 僕らの王は片腕を差し出して謳う。

「ラカンの英雄たちよ!」

 一瞬の静寂があった。

 奇跡を前にした時の、瞠目し、喉に詰まるようなその静寂。

 兵士が震え、民衆が震え、全ての英雄たちが震え、街が、大地が震える。

「さぁ、勝鬨だ!!」

 雄叫びの嵐、歓喜の渦。

 手を取り合い泣き出す者たち。武器を手に叫ぶ者たち。吐き出した恐怖と緊張感に、大声で笑い出す者たち。

 蒼き長刀を鞘に収め、こちらに不遜な礼を返す者。

 弦の切れたハープをかばいながら、気を失って倒れる者。

 純白の杖を支えに、倒れた男を受け止める者。

 友に支えられた男を心配しつつ、なおその頬を引っ叩く者。

 一様に喜びがあるのに、そこには一様ではない人々がいる。

「どう、トキ」

「どうって……?」

 不意に投げかけられた彼女の問いかけに、僕は返す言葉を見失った。でも、彼女は分かっていたように片目を摘むって見せると、両手を広げて見渡した。

「これが、ぼくたちの国だよ」

 青いレンガに包まれた美しいラカンは、隕石の破片に襲われて、その至るところが禿げ上がり、下地の石材が顔を出していた。崩れた家屋から怪我人が這い出し、一棟、二棟だが、出火した建物の鎮火が進んでいる。

 天から降ってきた大災害に蹂躙され、元の形を失いかけた街の中で。人々が集い、話し合い、瓦礫を集め、港の整備を急いでいる。男が図面とにらめっこする横で、女が家財を運び出し、子どもたちがせっせと石ころを拾い集める。色白な鳥種の男は街の被害を空から書き留め、浅黒いレプタイル系の女がそれを各区画の役人に共有し、人員配置を整えていく。

 他人の十分の一程度しか魔力を持たない僕に、魔王少女は振り向きざまに笑ってみせる。

「きみにはどう見える?」

「……綺麗だ。とても」

 素直に口からこぼれた言葉を、彼女がどう捉えたかは分からない。

 はたと気づいて気恥ずかしさに言葉を正そうにも、正せる言葉なんかない。

 当たり前だ。本心なのだから。

 少女は何も気にしない。だから、僕もただそのように、心に留めることにした。

 その光景は、僕には美しすぎた。


次話投稿は明日19時です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ