陽光の街
耳に響く喧噪。
人の声と、砕ける音。時折金属音が混じり合い、熱を帯びた魔力が火照るのを感じる。
仰向けに転がった身体は、ぐったりと重い。指先から伸びた蜘蛛の糸が、枯れた蔓のように石材にしなだれ落ちる。心臓の鼓動が止まない。だけど、時間はゆっくりと流れている。
雨は止んだ。雷鳴も去った。海風が吹き抜け、僕の鼻腔に磯の香りがふわりと浮かぶ。
「眩しい」
目を開ける。額に当てた手のひらの隙間から、輝く陽光が燦々と照らし込む。身体を芯から温める、思わず眠ってしまいそうなほど優しい光。顔を出した太陽を取り囲む、真っ青に澄み切った大空が、拍手喝采で僕たちを迎え入れてくれる。
「晴れた……晴れたんだ」
「そうだね。きみの願ったとおりになったよ、トキ」
大の字になって寝転ぶ僕を覗き込むように、彼女がかがみこむ。陽光に輝くしなやかな黒髪が、僕の首元に落ちかかってくすぐったい。絹のようとはよく言ったもので、僕は触れたこともないのに、もし絹糸というものがあるのなら、こんな手触りに違いないと確信してしまう。
「ばか。ぼぅっとしてる場合じゃないよ」
「あ、ご、ごめん!」
まさに呆けていた僕は、知らず知らずのうちに、彼女の髪を手に取っていた。僕が飛び上がって起きると、彼女は目を丸くして、それから声を上げて笑い出す。
眼下では鳴り響いた戦いの怒号が、称賛の歓声に変わりつつある。アレスが宙を舞い、最後の石塊を塵に変えていく。鮮烈な魔力放出、戦慄の魔術展開。しかし、そんな戦果もなんのその、ただ美しいという形容が勝る。
「ほら、おいで」
魔王が僕の手を取る。記憶に新しい手の感触。この数分の出来事が、矢のように脳裏を駆け巡る。片手に握った祓魔のインケラーシャ、もう片手に握られた小さな手。現実である方がおこがましいのに、僕の手の中に、この狭い視界に。この世界の全てが詰まっている気がしてならない。
「戦いは、英雄を讃えて終わるものだ」
先頭に立って、魔王は小さな歩幅で歩いていく。揺れるフードをはためかせて、宝石みたいな金の瞳を煌めかせて。僕はその輝きに引き寄せられて、現を抜かして進んでいく。
風が吹く。凛とした烈風。先程よりもなお強い、「魔王」という風の便り。
ラカンから死線が消え去り、ラカンから視線が集まる。
雨は止み、風が凪いだ。
雷雲は去り、青雲が開けた。
もはや遮るものなど何もない。ラカンの前に、魔王の少女は立ったのだ。
余計な言葉は要らない。
僕たちは本能で分かるのだ。
彼女が王だと。僕らはきっと彼女のためにここにあるのだと。
翻る長い黒髪に。射貫かれる黄金の瞳に。極光に輝き、燃え滾るその魔力に。
僕らの王は片腕を差し出して謳う。
「ラカンの英雄たちよ!」
一瞬の静寂があった。
奇跡を前にした時の、瞠目し、喉に詰まるようなその静寂。
兵士が震え、民衆が震え、全ての英雄たちが震え、街が、大地が震える。
「さぁ、勝鬨だ!!」
雄叫びの嵐、歓喜の渦。
手を取り合い泣き出す者たち。武器を手に叫ぶ者たち。吐き出した恐怖と緊張感に、大声で笑い出す者たち。
蒼き長刀を鞘に収め、こちらに不遜な礼を返す者。
弦の切れたハープをかばいながら、気を失って倒れる者。
純白の杖を支えに、倒れた男を受け止める者。
友に支えられた男を心配しつつ、なおその頬を引っ叩く者。
一様に喜びがあるのに、そこには一様ではない人々がいる。
「どう、トキ」
「どうって……?」
不意に投げかけられた彼女の問いかけに、僕は返す言葉を見失った。でも、彼女は分かっていたように片目を摘むって見せると、両手を広げて見渡した。
「これが、ぼくたちの国だよ」
青いレンガに包まれた美しいラカンは、隕石の破片に襲われて、その至るところが禿げ上がり、下地の石材が顔を出していた。崩れた家屋から怪我人が這い出し、一棟、二棟だが、出火した建物の鎮火が進んでいる。
天から降ってきた大災害に蹂躙され、元の形を失いかけた街の中で。人々が集い、話し合い、瓦礫を集め、港の整備を急いでいる。男が図面とにらめっこする横で、女が家財を運び出し、子どもたちがせっせと石ころを拾い集める。色白な鳥種の男は街の被害を空から書き留め、浅黒いレプタイル系の女がそれを各区画の役人に共有し、人員配置を整えていく。
他人の十分の一程度しか魔力を持たない僕に、魔王少女は振り向きざまに笑ってみせる。
「きみにはどう見える?」
「……綺麗だ。とても」
素直に口からこぼれた言葉を、彼女がどう捉えたかは分からない。
はたと気づいて気恥ずかしさに言葉を正そうにも、正せる言葉なんかない。
当たり前だ。本心なのだから。
少女は何も気にしない。だから、僕もただそのように、心に留めることにした。
その光景は、僕には美しすぎた。
次話投稿は明日19時です。




