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王のインケラーシャ  作者: Lopeye
願望の偽証

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20/71

宝物の記憶3

 先生は、ずっとずっと、陽が沈んで月が出て、私の嗚咽が止まるまで、そばにいてくれた。

 泣き疲れた私をベッドに寝せて、先生は神妙な面持ちでピマーナの亡骸に向かい合い、丁寧に傷口をふさいでくれた。でも、その時の先生の顔は、今まで見たことがないくらいにとっても怖くて、声をかけることができない程だった。

「カヤちゃん、起きているかい」

「うん」

 ようやく戻ってきた先生は、穏やかな表情を作っていた。そう分かるくらい、沸々と先生の中に煮えたぎるものを、私は感じざるを得なかった。

「二度とこんなことは起きないよ。少なくとも、この学院では」

「なにかするつもりなの。怖いことはしないで、先生」

 私は縋るようにクレフィアス先生にそう言った。先生まで、私から遠く離れたところへ行ってしまう気がしたから。

 先生は目をぱちくりさせると、「まいったな」と言わんばかりに苦笑した。それから目をぎゅっと瞑ると、両手を組んで上に大きく伸びをした。ぐるんぐるんと大きく肩を回して、深く深呼吸をすると、お酒を持ったまま、私の隣にどかっと座った。

「なに、じきに分かるよ。大丈夫、私は医者だよ? 怖いことなんかしないさ」

 そう言って、私の髪をくしゃくしゃ撫でる。

「先生、お母さんみたい」

「カヤちゃんのお母さんはこんな感じ?」

「もっと優しい」

「悪かったな」

 先生は悪態をつきながら、でも、その手つきがどこか、幾分優しくなる。私はくすくす笑ってしまう。さっきまでずっとふさぎ込んで泣いて、今でもふと脳裏をよぎった拍子に泣いてしまいそうなのに。

「先生。私、いま気づいた。世界は一つじゃないの」

「なに?」

「私、一人だったら今日笑ったりしなかった。ずっとずっと、明日まで、もしかしたら明後日までずっと……泣いてたかも、しれない……けど」

 喋るうちに、どうしても思い出してつらくなってしまう。呆れたように笑いながら、クレフィアス先生が涙を拭ってくれる。

 やっぱりつらい。とっても苦しい。でも言いたい。言葉にして伝えたい。

「だけど、先生がいたから、今日笑えたの。これってすごいことなの。わかる?」

 先生は応えずにまた私の髪を撫でてくれる。

「私にとっては、見える世界はたった一つ。でも、先生が抱きしめて、撫でてくれるから、私の中に先生の世界が入ってくるの。大丈夫、大丈夫って、優しい世界が、入ってくるの」

「私も同じだ。カヤちゃんの強い世界が、私の不摂生な世界に水やりをしてくれる」

 私は先生の言葉を聞いて、少し考えた。

 考えて、やっぱり口に出すことにした。

「私、学院やめないよ、先生」

「つらくないのか?」

「とってもつらい」

 鼻まで毛布をかぶって抗議する。

 先生は優しく微笑んだ。今日の先生は、いつもの5倍増しで優しくて素敵だ。

「なんでもかんでも戦う必要ないんだぞ? 世の中には、関わるだけ無駄なやつなんかたくさんいる。学院だって同じさ、逃げられるものからは逃げたっていい」

「うん。でも、私は私の世界を狭めない。学院の外でもきっと世界は広がるけど、それは私が決めること。あんな子たちに追い出されるみたいにこの学院から出ていくなんて、絶対に御免だから」

 言いながら腹が立ってきて、悔しくなってきて、悲しくなってきて、隣に座った先生の太ももに顔をうずめた。

「前途多難だなぁ」


 それからしばらくして、十七名の生徒が一挙に退学処分になった。学院が創設されてから、前例のないことだという。

 その中には私の同学年の知り合いから、上級生に至るまで、とにかく私と表立って関係が悪かった子たちが目白押しだった。クレフィアス先生が主導になって、今回の退学騒動を牽引したような噂もある。おそらく真実だろう。それは、あの夜に見た先生の形相から、容易に察しが付く。でも、その時先生は、詳しいこと私に語らなかった。

 ようやく事のあらましを語って聞かせてくれたのは、それから一年も経ったピマーナの命日。二人で作った彼女のお墓は、ピマーナが大好きだったココリアの樹の下に造った。セリちゃんの住むラカンの街で、おいしいタルトに乗ったココリアを一粒あげたのがきっかけ。それほど甘みが強い果実ではないのに、びっくりするほど気に入ったみたい。それからは私が一口食べるたびに可愛らしくお尻を振って、小さな前足をパタパタさせて、ココリアをおねだりするようになった。口に含ませると、親指大くらいのココリアを頬いっぱいに含んで、いつまでも幸せそうに、ちょっとずつ噛んでは飲み込むのだ。そんな彼女がたまらなく愛おしくって、わたしもついつい与えてしまうのだ。

 樹の下で、クレフィアス先生は言った。

「あれは魔術による殺傷だ」と。

 傷口をふさぐ前に、魔術的な痕跡、魔力線の紋を羊皮紙に写し取り、証拠を取っておいたのだという。その時はよく知らなかったけれど、生き物は、それぞれの魔力に「紋線」という識別パターンがあるのだという。人で言うところの指紋に近いらしいのだけど、そんな話はついぞ聞いたことがない。専門の学者さんしか知らないことなのかもしれない。

「学院の生徒なんか紋線が調べ放題だし、近い紋線を見つけたらその親兄弟まで探り入れた。ぴったり合うやつを照合したらそれだけで十人以上出て来たのさ。まったく。よっぽど毒殺してやろうかと思ったけどね、それを突き付けて退学させることにした」

「そんなことまで、できるものなの?」

「できるさ。特・待・生、の魔術生物を身勝手な理由で手に掛けたんだからね」

 それでも、反発はあったはずだ。

 いくらなんでも十七名の生徒を同時に退学処分にするのは規模が大きすぎる。確かに帝国内に学校はいくつもある。だが、帝国学院はその最上位に位置づけられる名門校。定員は毎年100名の3クラス制で、7名の特待生が在籍する選抜クラスと、残り93名が振り分けられる一般クラス2つに分けられている。学年をまたいだとはいえ、ひと学年に換算すれば二割近くを失うことになる。

「猛反発だったけどね。最後は鶴の一声さ」

「鶴……?」

「『ぼくは清廉な学院をこそ望む』」

 はっとして、私は思わず開いた口に手を当てた。

「『ところでぼくはきみたち全員の記憶を読めるけど、どうしたい?』」

「うそ」

 言葉に詰まった。魔王様が、私のために?

 いや、違う。これはあくまで学院のため。それでも、こんなに嬉しい。どうして? 魔王様がファナリアを焼いたから、お父さんとお母さんとピマーナを、私は亡くしたのに。

「君は気にする必要ない。魔王がいちいち君を気にかけていたのは最初からだ。あの魔王なりに、負い目に感じるところがあったんだろう。ファナリアの生き残りである君に対して」

「え?」

 視点が定まらない私を、彼女は抱きかかえて持ち上げる。

 小さな子どもみたいに私を抱くと、彼女は頭上のココリアの樹を見上げて言った。

「だって、そのために私はここに来たんだ。『大役だぞ、しくじったら、ぼくがただじゃ置かない』って、脅しまでかけられてね」


次話投稿は明日19時です。

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