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王のインケラーシャ  作者: Lopeye
願望の偽証

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蜘蛛の糸

 衝突の瞬間は視えていた。

 眼に突き刺さる魔力の光があまりに眩しくて、一度歩みが止まりそうになるほどだった。なぜか砕けていた昇降機に舌打ちしながら、僕が内階段を上り始めてすぐのことだ。

 恐るべきことに、ヘルメスは隕石に真正面から向かい合い、それを耐えている。魔力の奔流が情報の波になって伝ってくる。

 歯を食いしばるヘルメスの表情。

 血管の浮き出た両腕。

 だが下がらない。

 魔力の出どころは握られたハープ。

 かき鳴らすたび、その音色は中空に音の壁を作り出す。砕かれても、砕かれても。

 やはり下がらない。

 骨が軋み、脈動が爆発し、脳に雷がフラッシュする。

 一歩も下がらない。

「ここで死ぬような漢じゃねぇ」

 彼の笑い声が聞こえてくるようだ。

 彼の背中から、愉快なメロディーが響いてくる。その軽快でひょうきんな音色に、僕の瞼が思わず熱くなる。

 屋上へと繋がる鉄扉は破壊されていた。鉄扉だけではない。塔の頂上にあった壁面は削れ、抉られ、青いレンガは竜の爪に撫でられたように深々と大穴が開いている。

 魔力の波で飛ばされそうになる。台風どころの騒ぎではない。隕石の熱波、質量、衝撃波、そのすべてをヘルメスが防いだ後の「余波」で僕は気を失いそうになる。

 両頬を平手打つ。

 両目をぎゅっと瞑り潰す。

 息を吸う。胸いっぱいに。

 蹴り上げる。腕を振って走り出す。

「そのまま抑えてください!」

 そして、彼の背後に立った。

 ヘルメスは応えずに歯を食いしばって笑い飛ばす。表情を見なくても、声が聞こえなくても、君がそうしているのが分かる。紫の鎧は所々が剥げ落ちていた。破片がぶつかったのだろうか、砕けた隙間から鮮血が煽られて迸る。飛び散った彼の血が、僕の頬と肩を濡らして蒸発する。

 何が君をそこまでさせるのだろうか。

 音が届くと君は言ったけれど、それが何だというのだろう。

 故郷を失った男と、世界から追い出された僕。

 だが君の背中は叫んでいる。

 短く、強く。

 「戦え」と、僕に呼びかける。

 指先を見つめた。ただただ、意識をまとめ上げる。

 僕の内側から光が溢れ出す。こぼれかけた魔力を紡ぎなおし、爪の先まで這わせる。無駄遣いはできない、僕の魔力は少ないから。だが不思議だ、光の糸を紡いでも紡いでも、あとからあとから湧いてくる。この魔力はなんだ? 本当に僕の魔力なのか?

 無数の光の糸が、まさしくこの街を覆い隠し、その腕を街の外にまで広げる。そして手の中に残った八本の光の槍。

 名前は無いから、今、名付けることにしよう。

 君の名前はアラニエ。蜘蛛の王、アラニエだ。

「……貫通」

 僕の気勢に呼応して、八つの光が直径5キロを超える隕石に飛翔する。アラニエの槍はまるで突き抜けるように隕石の中へと侵入する。瞬間、内側から隕石がひび割れ始め、中から真っ白な光が漏れだす。大仰に砕けはしない。破壊出来やしないが、剥がれ落ちた石塊や吐き出された熱量が、槍に繋がれた光の糸に導かれていく。

 それはまるで心臓から吐き出される真っ赤な血液のように。

 アラニエの槍は隕石からその膨大なエネルギーをどくどくと吸い取っては街の外まで放り投げる。街中に隕石が落ちることはないが、ラカンの周囲は焼け野原も同然になるだろう。だが知ったことではない。

 第一に、人命に勝るものなし。僕もヘルメスも、人のために命を懸けた。いや、僕に至ってはその覚悟もできないままにここにいる。入り江の景観だか貿易港だか知らないが、そんなもの守っている余裕なんぞ無い。

 第二に、身体がもたない。痺れた両腕は感覚が麻痺して言うことを聞かない。魔力の塊たる隕石の衝撃そのものはヘルメスがいまだ超人的な守りで抑えきっている。だというのに、ただエネルギーを誘導しているだけの僕の身体にも、その圧倒的なプレッシャーが畳みかけてくる。

 がくっと膝が崩れ落ちる。不意のことで、どうして視点が下がったのか理解できなかった。意識して自分を落ち着かせる。鼓動が早い。当たり前だ。次の瞬間にはこの身体が焼き尽くされて無くなっているかもしれない。そんな覚悟できていない。なかば無茶苦茶にこの場までやってきた。

 手の爪から血が滲んでいる。魔力波の影響なのか、それとも魔力の使い過ぎなのか。いずれにせよ関係ない。痛覚など最早存在しない。

 ふらつく膝に喝を入れる。だが意識が遠のく。ヘルメスの声がする。僕が倒れてもアラニエの糸は残るだろうか。

『トキ君』

 僕の思考を切り割いて、老獪な低音が流れ込む。

 意識が沸騰するように、脳へと血流が駆け巡る。

「ルインさん!」

『君の指示通り、街の外で兵士たちが奮戦中だ』

「皆さん無事ですか」

『なに、君たちのおこぼれを皆で分け合っているだけだ。見くびってもらっては困る』

 苦笑する。街の外に控えているのは僕とは違って真っ当な兵士たちだ。魔力の量も戦闘技能も、僕とは比べるべくもない。

 なるほど押し潰されそうなのは僕と、前線で隕石を受け止め続けるヘルメスだけだ。

『……よし、増やします』

「うん?」

『じゃんじゃん増やすので覚悟してください。2、3分で全部消化してやります。隕石』

「……わかった、伝えよう。それとトキ君、もうじき」

 ぶつっと音を立てて通信が途絶する。

 気にするものか。

 アラニエの槍に力を籠める。音を立てて全身に魔力が響き渡る。

 貫いた槍が光り輝き、隕石の赤熱したエネルギーが渦を巻き始める。内側に収縮したマグマのような熱量が、吸い込まれるように隕石の中心へと吸収されていく。発散されていくエネルギーと質量による自壊を防ごうとしているみたいだ。

 だが、逆にその一点は狙い目に変わる。

「閉塞」

 両手のひらを広げ、打ち付ける。

 刹那、八本の光の槍が、その眩い心臓を撃ち抜いた。

 手ごたえはない。

 だが、すぐに分かる。両手の指先が血液で染まっていた。

 爪の先から鮮血がどくどくと流れ、左腕は手首の骨にひびが入っている。

 見るに堪えないし、脳が震えている。だが痛みはない。それに、「やってやった」証拠だ。

「ヘルメスさん! あとちょっと!」

「あぁ……」

 ヘルメスはもう血だらけだ。頭からペンキを被ったみたいに。風で吹き飛ばされたその血液が、僕に降りかかっては蒸発していく。ファナリア人とは一体どんな体温なのだろう。まるで竜種だ。

「来ます!!」

 瞬間、隕石はその刺し貫かれた中心核を残して爆散した。その瓦礫はしかし中心核の力場に引き寄せられて、周囲を廻る。

 僕は折れかけた左腕を振り回し、光の槍を巡らせる。次々に刺し貫く瓦礫が、街を覆う蜘蛛の巣に導かれ、ラカンの外へと飛び去って行く。だがそれでも、中心核の質量が消えない。爆散した隕石に残った核は20メートルにも満たないが、エネルギーの密度は当初の数十倍に跳ね上がったと見える。

 アラニエの槍は隕石を砕いたように見えて、本質はただの誘導灯だ。エネルギーに指向性を持たせる獲物寄せにすぎない。だから僕のような魔力の乏しい人間でも莫大な魔力に対抗しうるし、むしろあの強大な魔力の塊こそ、僕の用意したレールに惹かれて街の外まで飛んでいくべきなのだ。

 だというのに、まるで意志があるかのように、あの中心核だけは真っ直ぐこの塔に落ちてくる。理由は分からない。これでは最早。

「大丈夫だ」

 蒼白する僕の耳に、彼の声が届く。

 ヘルメスはこちらに向き直ると、血に染まったその顔をくしゃっと歪ませる。ここ数日の間で幾度となく見た彼の笑顔は、どこか儚く見えていた。だが、なぜか、こんなに満身創痍になった彼の笑顔が、生き延びようとする図々しさを伝えてくる。

「こういう役回りじゃあ、ないんだがな」

 彼の指先から奏でられる音色が変わる。先程までの重く深い音ではない。

 高く澄み切った、響き渡る音色が、彼の盾の形を変えていく。

 それは守る盾ではない。

 角ばった先端、流線型の魔力流。

 先程までとは圧力が違う。

 それは、叩き潰す盾。

「ツェーハ」

 気勢とともに、その盾の先端が隕石の中心核を貫く。轟音を響かせて、眼を覆うような輝きに視界が奪われる。撃ち抜かれた赤核は行き場を失ったエネルギー塊となって砕け散り、雨のように降り注ぐ熱量を、僕の蜘蛛の巣が絡め捕る。

「やった……」

 僕はただただ茫然として、それ以上言葉が出ない。

 いまだ数えきれないほどの破片が飛び散り、衝撃波は街を覆っている。

 だが、まさにその核心は今、ヘルメスの盾によって貫かれた。

「トキ……」

 膝をつきかける彼は、僕の方を向いて一歩近寄る。

 放っておいたらそのまま死んでしまいそうな彼を抱き留めようとするが、彼は倒れかけた身体を自力で持ち直した。

「ヘルメスさん?」

「お前の役割は何だった」

 僕の折れかけの左手に、彼の盾の一部が添えられる。固定された腕が震えを止めた。

「ありがとうございます。僕の役割は、きっと、ブラックスワンを止める手立てを考えることでした」

「そうだ。お前の役割は考え、自らも現場に立って、それを実行すること。スキーマー向きだ」

「スキーマー?」

 ヘルメスは背筋を伸ばすと、僕に再び背を向けた。

 彼は大きく背中で息を吸い込み、吐き出す。

 燃えるような魔力の再放出。なんのつもりだ。そんなことをすれば命はない。僕は焦って止めに入ろうとして、先に彼の腕に制される。彼が空を見上げるので、つられて僕もそれに倣う。

「わかるか、トキ」

 分かる。分かってしまう。隕石が貫いた雲間。そこから差し込むはずの光。それが、無いのだ。

「空が晴れない。これがどういうことなのか、どうすれば晴れるのか、それをお前が考えろ」

 ヘルメスにはもう分かっていたのだ。僕と同じ魔力を感知できなくても、そんなものには頼らなくても、こうなることを予感していた。

「でも、僕には」

「心配ない。お前はよくやった。その不思議な槍にも、随分助けられた。だがもう要らない。あぁ、蜘蛛の巣だけは張っとけ。飛び散るからな」

 見上げた先に、それはゆっくりとやってくる。

「死ぬ気ですか!?」

「死にはしないさ、お前も、ラカンも護り抜く」

 二本の弦が切れたそのハープを愛おしそうに撫でる。

 風向きが変わった。吸い込まれるような上昇気流で僕は悟る。

 僕らの頭上に、二つ目の隕石が現れた。


次話投稿は明日19時です。

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