王の邂逅
外壁を誰かが駆け上がっていく。全く無茶をするものだが、そんなことができる者の心当たりはそう多くない。おそらく知った顔だろうと想像しながら、ぼくも内階段をコツコツとのぼる。
その直後、目指す塔の先端で巨大な魔力が弾けた。なんとまぁ、降ってくる塊と向かい合うつもりらしい。愚かなことをするものだと、思わず頭を掻く。しかし蛮勇も悪くない、ぼくがそこに辿り着く猶予ができた。
彼は何秒もつだろうか。逸材であろうから、出来れば助けてやりたい。しかし今、もしも力加減を誤って塔を壊してしまったら、それこそ大惨事だ。何しろさっき間違えて昇降機を壊した前科がある。
ぼくは歩みを進めながら屋上を見上げる。その時は近い。秒読みに接近する二つの魔力。なんと、押し潰さんとするのは隕石と見える。星を受け止めようとは豪胆にもほどがある。
その眩い命の煌めきに、ぼくは目を細める。
炸裂した。ひどくゆっくりと感じる衝突の瞬間。耳をつんざくような轟音と地響き。
「おぉ」
耐えている。地鳴り、まともに立つことも難しい揺れ。
どこかから悲鳴が聞こえる。だが民衆が逃げ惑うことはない。終末の景色に、ただ人々は立ち尽くすばかりだ。しかしその凶星が街に落ちてこない。たった一人の戦士が、首の皮一枚でそれを押し留めている。
「ヘルメス、きみか」
得心がいった。しかしいくら彼でも、あの隕石を受け止め続けるのは不可能だ。1分ともたずに挽き肉になってしまうだろう。
歩みを早めようとしたとき、ぼくは内階段を駆け上がってくる別の人影を捉えた。
思わず二度見する。
「君、この塔は危険だ。今すぐ離れて!」
ぼくの言葉ではない。
その少年がぼくに向かってのたまった言葉だ。
目の次は耳を疑った。しかし聞き違いではないらしい。
彼はぼくのことを知らない。
そう確信すると、ぼくは彼に向って叫ぶ。
「きみはどうするんだ?」
「隕石を止める! いま仲間が踏ん張ってるんだ、君は逃げろ!」
ぼくを抜かして、そのまま少年は階段を駆け上がっていく。
呆れた物言いだが、そこまで言う策でもあるのだろうか。隕石を止めるほどの。
首を振る。さっきの彼からは、赤子ほどの魔力しか感じられなかった。
『魔王様、どちらに……雑音がひどいですね』
「隕石のド真下ぁ」
『それは好都合です』
「きみに比べれば、その辺の羽虫の方がまだぼくに敬意があるよ」
攻城局長のアレスから、魔力を通じて思念が送られてくる。彼女はすこぶる優秀だが、基本的にぼくを小さな子どもか何かと勘違いしているところがある。成人こそしていないが、今年でぼくも14だ。
「今、港におりますので。そちらに着くまで2分ほどいただきます。魔王様はそこにとどまりインケラーシャの対応を」
「言われなくてもするよ。今はフェンダーが仕事中だから、少し余裕がある。君が連れて来た少年には逃げろと言われたけどね」
「トキがそこに来ているのですか? 対人戦闘ならまだしも、あの魔力量に当てられればゴミクズ同然のはずですが」
「どうでもいいよ。きみはさっさと来たまえ、ぼくは細かい仕事がきらいだからね」
言いながら、魔力の通信をシャットアウトする。
「ふむ」
脚は止めずに、ぼくは唇に指をあてる。
小さな違和感。しかし重要な感覚。
ルインを通じて此度の作戦概要は聞いている。彼らが願ったのは、空を『晴らす』ことのはず。だが、なぜわざわざ隕石なんか降らせることしたのだろう。読み取られた心象が現実化するのではなかったか。
走り去った彼に聞くにはもう遅い。
「小鳥め、一体どんな願いを聞き入れたんだい」
もうじき塔の頂上だ。
ブラックスワンそのものに問いを投げかけるのもいいだろう。
好奇心は猫をも殺す。
ぼくも殺してみるといい。
次話投稿は明日19時です。




