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王のインケラーシャ  作者: Lopeye
願望の偽証

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11/73

銀翼の首領

 夜が明けた。今までも昼間まで寝ているような生活を送っていたわけではないが、朝焼けを見るのは久しぶりだ。夕焼けとは違って、目に入る光は眩しく透明だった。朝の陽光は青い街に戻ったラカンを眩しく照らし出している。屋根のほとんど、それと外装に散見する青い石材は、付近で採掘される鉱石が酸化されて表れる色素だという。潮風による化学変化で酸化されやすくなることで、商港ラカンは他に類を見ることのない青の輝きを得た。建付けのガタついた窓をこじ開けると、少しひんやりとした空気が肌を滑ってくる。ちらほらと起き出した街が、朝餉の煙を焚いていた。

「もう起きたのか」

 背後から声がかかる。ヘルメスはあくびをすると、背中を伸ばし始めた。

 カーテンを開けたせいか、眩しさで起こしてしまったらしい。だが、余計な気遣いはするまい。

「ヘルメスさん、朝食を取ったら話しましょう」

「ブラックスワンの件か」

「はい。夜の間にいろいろ考えました、新しく気づいたこともあります」

「最後の作戦会議ってところか」

「そうするつもりです」

 僕は大きく頷いた。

 筋道はすべて整った。理由も原因も不明だが、条件と経過は捉えた。テーブルの上にうずたかく積まれた羽根を見据える。僕らは顔を洗って階下へと向かった。


 簡単な朝食を済ませると、僕らはそのまま一階のラウンジに居残った。

「じゃあ早速聞かせてもらおうか、今日で終わらせる方法っての」

 彼は言うと、小さな通信機を作動させた。

「相手は誰です?」

「偉いやつさ。こいつに聞かせれば、軍の大半は動かせる。インケラーシャ絡みに限ってな。心配するな、成功すればオレたちの手柄になることは確約させてある」

 そんな心配をしたことはない。それに助力が増えるなら願ってもないことだ。

「ルイン爺?」

「ヘルメス。通信は良好だ」

 壮年の重い声。だが爺というような年齢でもなさそうだが。

「ルインさん、ご協力感謝します。トキです、よろしくお願いします」

「トキ君、よろしく頼む。これまでの経緯はあらかたヘルメスから聞いている。それと、私の素性を明かせないことを許してほしい。それを決めるのは私ではないのだ」

「構いません、この通信機、映像を送ることは?」

 ヘルメスに尋ねる。今回の作戦を伝えるには、是非映像で説明したい。

「出来るが、当然ながら向こうの映像は送れないぞ」

「必要ない、こっちだけで十分」

 映像の調整は任せて、僕は部屋から持ってきた三枚の羽根を取り出す。それぞれ、「1」「50」「100」と番号が振られている。収集した時、逐一ヘルメスが書き込んだ番号だ。

「それは?」

「僕とヘルメスさんがここ二日で集めた、ブラックスワンと思しきインケラーシャが落とした羽根です」

「映像の間違いでなければ、羽根は白いようだな」

「そうです。が、これならどうでしょう」

 僕は手に取った三枚の羽根に、一挙に魔力を流し込む。この羽根はまるで試験紙のようで、僕の微量な魔力にも素直に反応してくれる。現れるのは、ブラックスワンが纏った例の楔文字の紋様。その紋様は黒い魔力光をもって渦巻き、三枚の羽根はそれぞれが異なる程度に、その渦に飲まれていく。一枚はその三割、また一枚は七割方が黒く染まり、最後の一枚は完全に黒一色という様相を呈した。

 ヘルメスが僕の顔を見ながら、眉根をひそめる。

「何か変わったのか?」

「へ?」

 思わず思考が停止する。おいおいと突っ込みを入れてやりたいところだが、冗談を言っている風でもない。

「映像にも変化はないようだが」

「へぇ?」

 より間抜けな声が出てしまう。いや、どう見ても魔力の色が変わるのだ。いや変わるというより、元々の僕の魔力なんか、色どころか存在すら視えないのだ。この変化に気が付かない方がおかしい。

「ヘルメス、状況は分かるか?」

「あー、トキは魔力の感度が人一倍なんだ。オレたちと違う感覚でこの羽根の魔力を感じ取っていてもおかしな話ではない。オレもルイン爺も、お前が羽根に魔力を流してんのは分かってるんだがな……」

 ヘルメスが頭をかいて応える。

 なるほど、まぁ大丈夫。この変化の仕方は、理論補強の一手だ。

 メインはこれから。そう思いつつも、これから話すこと全てが僕にしか見えないものだったらどうしようかと、内心恐々としてしまう。

 僕はテーブルに載せたインク瓶の蓋を開ける。黒いインクに、「50」の羽根先を浸す。羽ペンよろしく、二、三度、コツコツと瓶底を叩く。緊張に冷や汗をかきながら、僕は羊皮紙の上にインクを垂らした。これが視えなければ僕の説明は全くの空論になってしまう。

 ポタリと垂れた漆黒の一滴が、羊皮紙の繊維に染み込んだ刹那、意志を持ったように曲線を描き始める。

「数字……!」

 ヘルメスが独り言つ。

「『55』……しかし羽根に書かれた数字は50か。書いたのはヘルメスだな?」

「何か知らんが、オレが悪いみたいに言うな」

「今現れた数字は、正真正銘『55枚目』を表す数字だと考えます。足りない5つの数字は、僕の見落としでしょう」

 言いながら、続けて「100」の羽根にインクを吸わせる。

 垂らしたインクは再び独りでに動き出し、羊皮紙に模様を描き始める。

「114か。つまり実際には114番目で、君たちが見つけたのは100枚。見逃しが14、それは分かった。それでトキ君、この数字を一体どう見る」

「さっき僕が言いたかったことを改めて説明します。僕にはこの羽根の一部が黒く見えています。たとえば『50』、いや『55』の羽根は3割程度、黒く染まって視えます。そして他の二枚については、片方が七割、もう片方は完全に真っ黒です」

「『黒』か。全くそうは見えんが、事実130枚近くの羽根を見つけたのはお前だ。お前が言うなら信じることにしよう。ブラックスワンと何か関係があんのかね」

「安易な想像ならば、羽根が黒く染まり切った時こそブラックスワンの真正顕現の時とみるのが妥当ではないか。誰もが『あり得ない』と思う事象を、ある一定の割合で実現させる怪異。それがブラックスワンの本質かな?」

「バカ爺!」

 ヘルメスが悪態をついて身構える。気持ちは分かるが、僕はいたって平静だ。

「ヘルメスさん、大丈夫です。昨日の夜、勝手に僕も試しました。頭の中で『あり得ない』ことを具体的に想定しなければ、いくら言葉で『あり得ない』と口に出したところでブラックスワンが現れることはなかった」

「……そういうことする時は言ってくれん?」

「いろいろ考えてたので」

 言いながら、セリとカヤを思い出す。

 街が砂糖で染まった時、二人は砂糖などとは一言も口にしなかった。わざわざそのことを僕に教えてくれたのだ。それだけ、彼女らの中には違和感があった。『あり得ないけど、ラカンが真っ白になったら、面白いのにね』彼女らが口に出したのが本当にこれだけだと信じるなら、言葉だけで街が砂糖で染まるはずはなかったのだ。

 それは、心を読まれたような違和感。彼女らが当然に心のうちに想像した、砂糖でいっぱいの街の姿。その心象を馬鹿正直に汲み取り、いや切り取って、ブラックスワンはそれを実現せしめた。

「んじゃあ100が真っ黒ってことだろう? でも実際には何にも起こっちゃいねぇ……いや、起こってて見落としてたってのか?」

「それはどうだろうな。『50』が3割だとトキくんは話している。もしも『100』が10割なら、残った『1』が7割ということになってしまう。トキ君の感じ取る黒い魔力が数字に比例して増大すると仮定すれば、大変不都合な計算だ」

 訝しむヘルメスに、ルインが冷静に諭す。

 まさにその通りだ。

 僕らの「書いた数字」なんかに意味はない。

 だって、僕らが手にした「最初の羽根」は、「一枚目」ではなかったのだから。

 『1』と書かれた羽根をインク瓶にゆっくりと浸す。

 僕の意図を察してか、無線の先のルインは押し黙って話さない。

「これが僕らの最初の羽根」

 セリに手渡された時、指先に触れた魔力の感覚を思い出す。

 ポタリ、と落ちたインクは跳ね返るように数字を描き始める。

 3桁の数字。当たり前だ。

「街が砂糖で覆われた時、まさにその時に落ちた羽根」

描き出された数字は『162』。

「これは、最後の羽根です」

 息を吞む音が聞こえる。絶句してその数字を見つめるヘルメス。

 無線から、ルインが深く息をつくのが聞こえる。

「なるほど、黄金数か」

「はい。162枚目でブラックスワンが真正顕現したことは、僕には偶然とは思えません」

 僕もうなずいて応える。さぁ、ここからが本題だ。

「目標になる枚数も、羽根の調べ方も分かった。あとは本体を意図して顕現させ、叩くだけです。……ここからは推測ですが、162枚目、実際に現実が改変される間だけは、ブラックスワンが顕現し続けるのではないでしょうか。羽根を落とすタイミングの疑似顕現では、あれには触れることはできない。ちなみに勝手に試しました」

「そうかい! 次からは言ってね!」

 脚を組んで文句を垂れるヘルメスを受け流して僕は続ける。

「僕らは枚数をカウントしながら、予め決めておいた『あり得ない』を繰り返し続けます。街全体に発言規制なんて敷くのは現実的じゃない。間髪入れずに僕らがブラックスワンをおびき出し続け、162枚目に真正顕現したそいつをヘルメスさんが叩いて終わりです」

「なんでオレなの」

「僕そういうの苦手なので」

「オレもそういう役回りじゃないけどね!」

 ヘルメスはそう言って苦笑している。なんにせよ、中心になって動く僕とヘルメスのうち、戦闘能力が高いのはヘルメスに違いないのだ。そりゃあ僕とてこちらの世界で物心がつき、己の魔力量に絶望した瞬間から、武術を多少はかじってきた。だが、そんなものは所詮持たざる者の悪あがき。持つ者たちから見れば、おままごとも同然だ。

「よろしい。本作戦に係属中の兵士達の指揮系統は私が預かることとしよう。何かあれば無線で知らせたまえ。今回の作戦中に限り、彼らのことは自らの手足と思っていい」

「感謝します」

 率直にそう伝えると、僕は腕時計を確認する。窓の外に目をやると、先程の朝焼けの美しさとは一転して、静けさを残す海原。振り返った西の空には、薄暗い雲が立ち込めていた。昼に地温が上がれば、次第に海風が吹き上げることだろう。少し天気が荒れるかもしれない。

「で、予め決めておく『あり得ない』ってのは、もう決まってんのか?」

「そうですね。『夜まで晴れるなんて……』、これでいきましょう」

 僕は半ば反射的に呟いた。

 ヘルメスとルインが僕の視線の先を追っているのが分かる。

 しかし、どうにも気になって仕方がなかった。

 泳いだ僕の目線の先には、例の聖塔が凛と聳え立っている。あの塔の頂上で感じた魔王の魔力が、今も背筋にこびりついて離れなかった。


次話投稿は明日19時です。

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