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暁の歌、響け世界に3 《天の巻》  作者: John B.Rabitan
第6部 示しおきたる地
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7 法滅尽品

 悟君の話が始まった。


「前に指摘された『大方等大集月蔵経』の“法滅尽品”についてですけれど、私は勉強不足でその経典を知らなかったので、まずは大学の図書館で調べました。どうもこれまであまり表には出ていない経典で、ごく一部の人たちの間だけで伝承されてきたようです。原文は図書館で見つけましたけれど、ネットで調べれば今はごく簡単な現代の語に直してくれているサイトがいくつもあります。そこからかいつまんで内容を述べますと」


 悟君は、手にしていたノートを開いた。


「法が滅するときには東西南北の国王が互いに戦争をし、また相手の国土を侵略する。そんな時に大空に大音声(おんじょう)が響きわたって、大地が震動する。すべての物が揺れ動き、その様子は水に広がる輪のようである。壁は砕け落ち、家屋はことごとく倒壊する。食料難が人々を襲い、やっと手に入れた食べ物も毒化されていて栄養もない。また悪性の感染症が次から次へと流行する。太陽と月は光を失い、星の位置が変わる。白い虹が太陽を貫く凶兆があると大地は振動し、旱魃かんばつに見舞われ、暴風雨が季節に関係なく暴れまわる。農作物は実らず、打ち続く日照りで貯水池も干上がり、大地はひび割れる。こうして民衆に餓死者が溢れるが、偽政者は権力争いに終始し、互いに政敵を斃すことしか頭にない。人びとを救うはずの宗教もひたすら利益を追い求め、そのためには商売人と変わらない状況になる。男も女も淫乱で、政治家は理不尽な税を取り立てようとする。このために人びとはデモやクーデターを起こし、それに便乗して利益を得ようとする者も少なくない。悪人は海中の砂のように多く、善人は非常に少ない。法が滅しようとする時、女性は精進するけれど男は怠けて、宗教者というと糞土を見るような眼で見て無神論者が増えるだろう。世界がなくなろうとする直前は月日が短くなる。このため四十歳で頭が白くなる。男子は長生きしても六十歳だが、女性の寿命は長く、七十、八十、九十歳、あるいは百歳になるだろう。法が滅尽しょうとするその時、作物は収穫されず。感染症が流行し、死者は増え、人々は苦しむ。大洪水が起こり、終わることがない。それでも人々は神仏を信じないため、この世は永遠にあると考える。だがその結果、金持ちも貧乏人も関係なくすべての者が水に溺れて漂い、魚等に食べられてしまうのだ』」


 聞いていて俺は、背筋が寒くなった。おそらくここにいるみんながそうだろう。その内容が恐ろしいというよりも、あまりにも生々しくあのミヨイ国の沈没の時を思い来させるし、それ以上に今この時の世界の様子をそのまま描写しているではないか。


「本当に釈尊は、そんなことを言ったのですか?」


 俺が発言しようとした寸前に、杉本君が先に聞いた。


「これは実はかなりのダイジェスト版の内容です。もちろんいくつかの言葉は現代風に置き換えていますけれど、でも意味は変えていません。


 悟君は婆様に黙礼して座った。

 さらに俺が驚いていたのは、イエス様も釈尊もこの現代のことを予言していたというだけでなく、その両者の予言の内容が不気味に一致するのだ。

 お二方の話は申し合わせたように同じである。


 もう誰もが言葉を発せられなかった。そして次の婆様がどのような内容の話をするのか、無言のうちにそれを待っていた。

 だが、いつまでたっても婆様は無言のままで、その口は開かれなかった。そしてただ、虚空をじっと見つめている。

 その時、ほんのごく一瞬だけれど、俺の全身に衝撃が走った。雷に打たれたようなというと大げさで、実際そのような物理的な衝撃ではなかった。ただ、心をいや魂を電流が走ったというような感じだ。肉体的には何の損傷もない。

 ふと見ると、周りにいたほかの人たちもみな同じように、目を見開いて唖然としている。それから互いに顔を見合わせた。

 みんな同じ体験をしたようだ。それが何だかわからない。

 そこでみんな一斉に婆様を見た。婆様の表情は変わらなかった。

 そしてようやく、婆様は静かに口を開いた。


「皆さんにすべての真実とこれから起こり得ること、そして皆さんにしてもらうべきことをお話しするときが来るでしょう。それはごく近い将来のことと思ってください。でも、今はまだその時ではありません。近々また皆さんにお集まりいただくか、あるいは私が皆さんの所に出向くか、それは皆さんが今思ったよりもはるかに近い将来です」


 誰もが無言でうなずいていた。


「その時まで皆さんは、それぞれの生活の中で今回体験したことや先ほど島村さんと松原さんから聞いたことなどをよく噛みしめて、追体験をしてください。肉体に戻って肉体としての脳で記憶をとどめようとすると、すぐに忘却が始まります。ですから今回の体験をはらに落とし、魂に刻んでください」


 今度は互いにまた顔を見合わせて、うなずき合った。


「いいですか。皆さんが各自で、ですよ。あなた方が互いに友人として連絡を取り合うことはかまいませんが、私はあなた方をグループとして組織化することはできませんので」


「了解しました」


 島村さんが返事をしたのを先頭に、皆同じようなことを口々に言った。


「それと今回の体験は、今はまだ誰にも話さないように。インターネットというものでこの話を広めることも禁止です」


 もちろんそのまま誰かに話したりネットで拡散しても誰も信じるはずもないので、俺は元からそんなことはするつもりはなかった。

 ほかのみんなも同様だと思う。


「今はただ、多くの人々に徹底感謝の大切さを伝えることだけです。あとはこれまで通り、明るく愉快に毎日を過ごしてください」


 どうも抽象的な指示なので戸惑ったけれども、みんな一応うなずいていた。


「今日はこれで民宿の方へお帰りになって結構です。そして明日の朝、それぞれの生活の場所にお戻りなさい」


 婆様からすごい話があるのではないかと思っていた俺は、なんだか肩透かしを食らったようだった。


 ただ、今は言われたとおりに東京に帰るしかなかった。


 帰りはまだお盆前とあって、上り車線はすいていた。

 行きと同じ拓也さんの車に俺とチャコ、島村さんが同乗した。島村さんが助手席で、俺とチャコが後部席にいる。もし俺とチャコと二人きりだったら互いに変に意識してしまって沈黙していたかもしれない。でも幸いに運転する拓也さんや島村先輩もいて、車内の雰囲気は来る時と同じだった。

 でも、あの二万年前の前世記憶については、なぜか誰も話題にしなかった。

 本当なら今一番の関心事になるはずだ。だが婆様からも各自がそれぞれ噛みしめ追体験するように言われているし、互いにそれについて語り合うのは禁忌なような気がしていたし、ほかの三人もそんな感じだった。

 今は互いが前世では何だったのか、そしてどんな関係だったかも分かってしまっている。それがやけにバツの悪さと照れにもなっているようだ。

 ましてや、前世夫婦だったチャコとはなおさらだ。

 だからほとんどは窓の外の景色を見て時間を潰していた。

 見る限りこれまでと何ら変わりない、平和な田園光景が高速道路からは見えた。

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