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暁の歌、響け世界に3 《天の巻》  作者: John B.Rabitan
第6部 示しおきたる地
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2 分魂収容

 その女性は、初めて見る顔だった。

 だがやはりなぜか懐かしさを感じる。


「私の名はケルブといいます。分魂の皆さんとは初めてお会いします」


 我われは皆ただ茫然として、その突然現れた不思議な存在に目を取られていた。


「ここは、ここはどこなのですか?」


 妻のチャイリーが、食いつくようにそのケルブと名乗った女性に言った。


「ここは四次元仮凝身(カゴリミ)神霊界の一角にある幽界カクリヨの、精霊界というところです」


 今度はミクネルが疑問を発した。


「もしかして、死後の世界ですか? 私たちはやはり死んだのですか?」


「現界的に言えばそういうことになりますけれども、あなた方の場合はただ単に“死んだ”というよりも、現界での役目を終えて帰って来たというところですね。ごらんなさい」


 ケルブが指さした方は、今までただの草原が広がっていただけだった所だったが、今はそこに大勢の群衆が力なくゆっくりと皆同じ方向へと黙々と歩いていた。


「あの人たちは?」


 私が聞いた。


「今回の地球の大変動で残念ながら命を落とした人々です。長く海底で眠っていた霊も多いのですけれど、なんとか指導霊に呼び起されてこの世界へと続々と引き上げられてきています」


 実におびただしい数だ。ざっと見ただけでも何百万、いや何千万といるかもしれない。


「あの人たちはどこへ行くのですか?」


 ダッキ―が聞く。


「それぞれの魂の状況の相応の世界へと振り分けられます。暗くて冷たい世界から温暖遊化(ゆうげ)の世界までそれぞれです。普通はここから瞬時に振り分けられますけれども、自分が死んだことも分からずに駄々をこねて指導霊の言うことを聞かないものは現界の時間で三十年ほどかかります。でもいずれ幽界カクリヨのいずれかのランクの霊層界へと振り分けられ、そこで二百年から三百年かけて魂を浄化され、再び現界へと転生します。つまりまた、赤ちゃんになって生まれるんです」


「あのう、ラ・ミヨイ神王陛下は!」


 私は思わず強く聞いてしまった。


「現界でラ・ミヨイだったあのおかたは、すでに神霊界にお帰りになりました。非常にランクの高い御神霊の分魂でしたので、御本体の御神霊がすでに収容されました」


 言っていることがよくわからない。


「皆さんにはわかりませんよね。まだみなさんは、肉体の脳でものごと考えていた感覚が残っているでしょう」


「私たちはどうなるのですか? 私たちもそれぞれ行く場所が振り分けられるのですか?」


 エーダー陛下が聞く。ケルブは柔和に微笑んで、ゆっくりと首を横に振った。


「皆さんは違います。皆さんはラ・ミヨイ様と同様に御神霊の分魂ですから、これから神霊界へとお帰しします」


「あの人たちとは違うということですか?」


 ダッキ―が黙々と歩み続ける大群衆を指さして聞いた。


「すべての人類もその創造の最初は全員が御神霊の分魂が入れられました。でもその魂が転生再生を繰り返して何百万年もたつうちに、すっかり人霊という感じになって行きました。あの歩いている方々は皆人間の魂、すなわち人霊です。人霊はこの幽界カクリヨ現界ウツシヨすなわち限身カギリミ界との間を何度も死に変わり生き代わり再生転生を繰り返す輪廻の輪の中にいます」


「私たちが違うということは?」


 さらにダッキ―が問う。


「あなた方は人霊ではなく御神霊です。ただ、御神霊はあまりに大きすぎて現界の人の肉身にくみに入って人間として生まれることはできませんので、その霊体の一部を引きちぎってそれを魂として現界に生まれさせたのです。つまり、皆さんは御神霊の分魂なのです」


 私たちは皆、それを聞いてまた茫然としてしまった。そして互いに顔を見合わせていた。ただ、ターキャード先生だけはすぐに状況をのみ込んだようで、何度も深くうなずいていた。


「私ゃ現界にいた時から、そのことは何となく自覚しておりましたな」


 今は外見は若者なのに老人めいた言葉つきのままなのは、そんなことを言うターキャード先生でさえまだ肉体感覚が残っているからかもしれない。


「私もです」


 そう言ったのは、神官ユートだ。


「それで、これから神霊界に帰るのですか、私たちは」


「はい」


「神霊界ではどのようになるのですか?」


 今度は祭司シャトーが聞いた。


「皆さんの御本体の御神霊は、分魂である皆さんを収容することを望んでおられます」


「そうなると、どうなるのですか?」


 チャイリーは不安そうだ。ケルブは微笑んだ。


「ご安心ください。皆さんが消えてなくなってしまうわけではありません。皆さんの意識は御本体の御神霊と一体となります。皆さんが御本体の御神霊になるのです。そして御神霊のほうも、皆さんの現界での経験や記憶を共有することになります。ただ、」


 ケルブは少し言いにくそうにした。


「皆さんの御本体様方は、今は岩屋の大扉の中に隠遁しておられます。神霊界の都の方には出てこられないお立ち場です。神霊界には水の眷属の天帝がおられますし、水の眷属の方々で統治されています。その方々に気づかれないように目を盗んで、火の眷属である皆さんを岩屋の中の御本体様方の元へお届けしなければなりません。でも、天帝も今はそれどころではないかもしれません。今や神霊界の都はものすごい状況になっているのです」


「そういえば」


 神官ユートが気づいたように目を見開いた。


「現界でラ・ミヨイ陛下が天界とコンタクトを取ったときに天帝がお出ましになって、そのようなことを言っておられましたね」


 私もその時のことは覚えている。すると、その時はあどけない幼女で今はすっかり若い大人の女性となっているピラーも言った。


「私も覚えています。そのお言葉を取り次いだのは私ですから」


「で、具体的に何がどう混乱しているのですか? 現界でのコンタクトでは神霊界を追放された元の皇后が九尾のキツネや妖魔を操って現界を征服しようとしているとかなんとか」


 ユートの質問は、私の聞きたい質問でもあった。


「おっしゃるとおり、神霊界を追放されました元の皇后はヨモツ国の霊界に鎮まっていましたけれど、かつての夫だった今の天帝に戦いを挑み、神霊界では激しい戦いが繰り広げられています。その争いが現界に移り、今回の世界規模での大天変地異となったのです。天帝はむしろ岩屋の中に隠遁されている火の眷属の前の天帝陛下に再びお出ましいただき、天帝の地位をお返しになることを望んでおられます。でも、元の皇后はそんなことは絶対に許さないと悪鬼のごとき形相で戦いを挑んでいるのです」


「そういば、タミアラのアステマ・サーエやオーガワース、キーベとかは?」


 ふと気になった私が聞いた。


「あの人たちはその元皇后の側近の神霊の分魂ですから、おそらく“ヨモツ国”の霊界の方で本体の神霊に収容されたでしょう」


 いずれにせよ、やはり今回の大天変地異は神霊界の騒擾が現界で物質化したものだったのだ。


「それではそろそろまいりましょう」


 すると突然ケルブは最初のように巨大化し、そしてみるみる大きな一体の龍と化した。大いなる光を放ち、うろこに覆われたその龍体は長い体をくねらせてさっと空に飛びあがった。

 その体からうろこが十二枚抜けて、我われの方へと飛んできた。そして我われ一人一人を包むと十二枚の鱗はものすごい速さで上昇し、たちまち巨大な岩屋の天にも届くかと思われる巨大な扉の前に来た。

 今度はそこから我われを包んだ鱗はどんどん縮小化を始める。やがて大扉のカギ穴を抜け、岩屋の中へと飛び込んだ。

 岩屋の中は暗いというわけではないけれど、やはり狭かった。

 その中央に宮殿があり、その前庭に鱗は着地した。

 鱗は消え、我われはその庭に立って山のような高さの宮殿を見ていた。

 どうも宮殿が大きいだけでなく、我われがかなり小さくなっているようだ。


 やがて我われの目の前に、やはり天を衝く山のような巨大な人影が十二体、光を放っていた。

 見上げると、そのお顔はどれも慈愛に満ちた様子で微笑み、それでいて感動を隠し切れないようにぼろぼろと涙を流していた。

 我われの帰還を心底喜んでくれている。


 実に巨大で輝かしい姿だ。だがその顔は、皆どうも誰かに似ている。

 もちろんすぐにわかった。その十二体の光り輝く巨神は、我われ十二人とそれぞれそっくりなお顔なのだ。


「ご苦労だったね、よく帰ってきた。我らが分身たちよ」


 中央の、ターキャード博士と同じ顔の巨神が我われに言った。


「ささ、皆それぞれ本体に戻るがよい」


 十二体の巨神は皆両腕を大きく広げた。

 我われは皆その上の中に吸い込まれるように溶け込んでいった。


      ※   ※   ※


 それから現界の時間で二万年以上たち、十二体の御神霊は再び分魂をこの地上に下ろすことになった。

 天界はその時また、重大な局面を迎えていたのである。

 十二の分魂は現界の時間では少しずつ前後しながら、その母親となるべき女性の体内へと宿っていった。

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