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暁の歌、響け世界に3 《天の巻》  作者: John B.Rabitan
第5部 ヒラニプラの最後の空
43/95

11 火山大陸

 博士はパレスに戻るなり、かなり興奮していた。


「いよいよ始まったぞ、始まったぞ」


 司令室のスクリーンには今まさしく噴煙を噴き上げているマイラ・ミュー火山の様子が、ライブ映像で映し出されていた。

 黒煙は中天まで昇り、火口からは赤く燃える炎も見えた。そして焼けただれた溶岩の流れが山の四方に向かって流れだし、周囲の森林をすべて飲み込んでいた。

 私は言葉を失って、その映像を見ているしかなかった。

 博士はさっそく持ち込んだ電子機器で、各火山の測定値のデータを収集している。

 そして蒼ざめた顔で、私の方を茫然と見た。


「事態は予想以上かもしれない」


 そこで私は一つの疑問をぶつけた。


「先生。もしそんな全地球規模の天変地異が起こるならば、その前兆がここ数週間っていうのは短すぎませんか」


 こんなに地震が頻発し始めたのも、タミアラ国との戦争が始まってからだという感覚だ。


「いや、違う。前兆は出ておった。もう数十年前から前兆は始まっていた。でも、それに気づかなかっただけだ。いろいろと異変は感じていたけれど、楽観視しすぎていたようだ」


 たしかにそれが正直なところかもしれない。あまりに悲観的なデータを流すと人々をパニックにし、また混乱させ、逆に大声を張り上げてそれを否定しようとする人びとの糾弾を浴びる。

 自分の研究の正しさを証明された博士だけれど、ことがことだけにそれを喜ぶというわけにもいかず、逆に意気消沈している。

 私はそんな博士をなだめてとにかくソファに座らせ、神王陛下の執務室に向かった。

 私の話を聞くと、陛下はすぐに玉座から立ち上がられた。


「もう一刻の猶予もできぬ。すぐに万国棟梁スメラミコト様にご報告だ」


「御意」


 私は司令室に戻って、その準備を進めた。デジタル化された我が神王陛下の親書は、たちまちに送信された。

 万国棟梁スメラミコト様に直接ではなくまずは万国政庁の事務官宛てで、それを万国棟梁スメラミコト様にお伝えいただくという形だ。

 すぐに万国政庁からは返事が来た。

 直ちに万国棟梁スメラミコト様は全世界に向けて、非常事態宣言を行い、最大級の警戒をもって災害対策に当たるようにとのご指示の動画が配信されるという。

 今はたとえ万国棟梁スメラミコト様でも、それ以上のことをおっしゃるわけにはいかないであろうことは分かる。あとは世界各国がどう対応するかだ。

 とりわけ気になるのは、タミアラ国がどう出るかだった。

 だが、タミアラ国政府が自国の国民に向かってメッセージを発信していることを我われは傍受した。

 映っていたのは私と同じ立場の執政補佐官であるアステマ・サーエだったが、名称は私と同じでも向こうでは国王をないがしろにしてその女が軍を含めすべての政治的権益を独占している。

 映像に映るアステマ・サーエはかなり年を取っているが、若い頃は美人であったであろうことが推測される。

 その配信は言う。


「今回の万国政庁からの動画配信は、万国政庁を抱え込むミヨイ国の陰謀で、世界的天変地異というのもでっち上げ。自分たちタミアラ国との戦争を終結させて我われに手を引かせるための策略だ」


 そんなことを声高らかに、時にはヒステリックに演説している。

 もう何を言っても通じる相手ではない。だがそのタミアラ国でも地震は頻発し、また火山噴火も相次いでいるようだ。

 火山の噴火もその後も数週間にわたってその報告が全世界規模に及んだ。だが、特に多いのが我が国とタミアラ国であるといっても過言ではないようだった。


 もはや人々は逃げようもなかった。

 すでに度重なる大規模な地震に加えて火山の噴火の多発によって、国内の交通網はほとんど遮断されている。

 空路を国外に脱出するにしても空港自体が機能していないし、旅客機などとっくに運航していない。

 船もない。港は空港以上に混乱している。なぜなら大きな地震が起こるたびに小規模ながら津波が押し寄せ、港湾の施設もまたほとんどが廃墟と化しているのだ。

 だが現実として、たとえ国外に逃げたとしても全世界規模で非常事態宣言が出ているのだ。国外とて安全ではない。今の地球上のどこにも、安全跡地などない。

 それでもどこか逃げたいというのが、人としての本能だろう。

 そこで人々は、大陸の北部へと移動し、万国政庁のある連山の上に昇ろうとした。大陸のここだけはかなりの高い山が連なっている。面積としても決して狭くはなく、山の上に万国政庁のある神都をはじめ、いくつかの町があるのだ。

 万国棟梁スメラミコト様からも、この山の上に留まりたいものは拒まないとの連絡が、ラ・ミヨイ神王陛下の元へあった。

 だが、それができるのは、各自で移動手段を確保できるものだけだった。道路もずたずたに分断されていて、自家用車のあるものでも特に大陸の南部からなどはほとんど無理に近い状況だ。

 かろうじて北部の、連山の麓あたりに住んでいた人々だけが山を登ることができた。


 タミアラ国のアステマ・サーエはあのような大言を吐いていたけれど、やはり実情としてタミアラ国も我が国と同じような状況になっているようだ。

 まさしくターキャード博士が「戦争などやっている場合ではない」といった通りだが、タミアラとてようやくそのことに気づいたようだ。その証拠に、ここ数日はタミアラ軍からの攻撃は一切ない。

 ヒラニプラ目指して進軍していた戦車部隊も、その動きをぴたりと止めて不気味に静まりかえっている。東海岸の沖に停泊していた艦隊もそのままだけれど、今は戦闘機も飛んでこないし、艦砲射撃もやんでいる。

 彼らは帰るに帰れないでいるようだ。

 今は戦闘などできる状況ではない。だが、本国からの指示がない限り、勝手に行動することはできないはずだ。つまり我が国に侵攻していたタミアラ軍は、タミアラ本国からも放置されている状態のようだ。


「これは大変なことだ」


 ターキャード博士はそれからさらに数週間、国内の各地から送られてくるデータや映像にくぎ付けになっていた。今は私が頼んで、博士には常にパレスに詰めてもらっている。何か異変があったときに、すぐに博士の意見を聞くためだ。

 そんなある日、これまでにない激しい揺れが首都を襲った。もう立ってもいられないほどの揺れで、地震には悪い意味で慣れてしまっていた我われだったが今回ばかりは桁が違った。

 だいぶ長く揺れて、そしてそれが収まったころ、博士が青い顔をして計器を覗いていた。すでに首都のほとんどは停電しており、パレスの中は自家発電の補助電力で動いている。


「おいおいおいおい、始まったぞ」


 博士がある映像をスクリーンに移した。

 揺れ動く大地がゆっくりと地響きたて、土ほこりをあげて動いている。このミヨイ大陸の北部の画像だそうだ。ドローンで空中から写したものだ。


「大陸が動く! 亀裂が入り、分断されていく」


 博士の叫びとともに、スクリーンに映し出された万国政庁のある巨大な連山と、その手前の麓の大陸との間に亀裂が入って、そこに海水が流れ込んでいる。そしてすでに海峡が連山と大陸の間にはできている。


「亀裂はどんどん深くなっていくぞ。かなり深い地層の割れ目、それが海の下にできて恐らくかなり深い海溝になるだろう」


 そんな言葉が終わらないうちに、また激しい揺れが襲った。そのたびに我われは床に倒れ込むどこかにつかまっていないと転がりまわってしまう。

 非常ブザーとともに、国内各地の映像がスクリーンに届けられる。

 恐ろしいことに、大陸の一部は津波に呑まれ、すでに水没しているところも出てきているようだ。


「神王陛下を庁舎の高層ビルの上にお連れしろ」


 私は陛下の侍従たちに命じた。そして、軍のトップにも召集をかけた。もはや我が国の軍隊は戦争をするためのものではなく、人命を救助するためのものとなっている。


 我われは避難をなさるように申し上げた陛下は、それでも侍従の言うことを聞かず、今は屋根のない祭祀場で祈りを捧げておられた。


 私が入ると、陛下はきりりとした目で私を見た。

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