10 二重の非常事態宣言
自由発言で最初に手を挙げたのは、ネグリン大学のオルスター教授だった。
「私どもの大学は万国政庁のありますお山の麓にも分校がありまして、そこの研究機関でもこのたびの地震の多発に際してボーリング調査などを重ねてまいりました。そして今のターキャード博士のご研究の結果にほぼ近い数値を得ております。すぐにでもパレスに報告致したく存じていたところですが、戦争の真っ最中ですのでそれも憚られて手を拱いておったところです。今回、このような機会をいただきましたので、我が大学研究機関のデータをここで公表したいと存じます」
先ほどのターキャード博士のいた位置の機材にオルスター博士のデータをインプットし、すぐにスクリーンに映像やデータが映し出された。
博士の解説はターキャード博士の解説と同様、素人の私の頭の上を飛んでいった内容が多かったが、だいたいの部分でターキャード博士の研究成果を裏付ける形になっていたようだ。
さらに発言は続き、カイオイ教授の所属するランデゴ大学はヨモツ国やヒナタ・エビロスの大学との提携も深いということで、おそらくターキャード博士がいちばん知りたがっていた世界各国での調査の結果が披露された。
中でも興味深かったのは、今は敵国となっているタミアラ国の情報もヒナタ・エビロス経由で入手していたことだ。
スクリーンにはタミアラ国の首都であるネロケファーリョの全景が映し出された。その都市は海辺にもはや水上都市という感じで建設されており、政府機能が集中する中枢部の周りに、同心円的に水路が何重にも配置されている。その中央から道路が放射線状に延び、当然水路を跨ぐところは橋がかけられている。建物は水路と水路の間にぎっしりとたてられ、中央に行くにつれて高度を増しているので、まるで巨大な円錐形のように見える。
中央の部分はこのヒラニプラと同様に天を衝くような高層ビルが密集している。
まさしく「水の都」だ。このヒラニプラが「太陽の都」と呼ばれているのとは対照的である。
映像は、その水の都が小刻みに揺れているところが映し出されていた。やはり大規模地震の多発はタミアラ国をも襲っているようだ。
「最悪のシナリオは」
その情報を提供したカイオイ教授は話を続けた。
「地殻変動によって世界の大陸の形までもが変わってしまう可能性があります。そして我がミヨイ国の場合は、北部の万国政庁がある連山の部分と切り離される可能性がある」
「つまりどういうことですか?」
ほかの学者が質問する。
「この大陸と万国政庁のある連山との間に新たな海ができるということです、つまりこの大陸は南へ移動し、連山とこの大陸の間には深い溝ができるということです」
「そうなると、今のような地震では話は済まないでしょうね」
その学者の質問には、ホスト役であるターキャード博士が手を挙げた。
「ですから私も最初から地球規模の大天変地異が起こる可能性があると論じておるのです」
「それはあくまで可能性の問題ですよね」
別の学者が口をはさんだ。
「はい。でも、今日こうして皆さんのお話をお聞きして、その可能性の割合がかなり高くなったという手ごたえを感じています。そして可能性がゼロではない以上、これは地球規模で対策を講じないといけない」
「どうやってですか」
ほかの学者の声も飛ぶ。ターキャード博士は意外と落ち着いていた。
「全世界が協力してことに当たり、そして情報を交換するとことから始めないと」
「そんなあいまいな回答ではないのですよ。我われが欲しているのは」
どうも場内には博士に賛同する学者ばかりではないようだ。明らかに敵意をむき出し手にしている人も何人かはいる。
「とにかく、もし天変地異が起こればそれは全くの想定外の、我われがこれまでに経験したことがないような大惨事になるやもしれません。最悪の場合、大陸の一つや二つは海に没するかも」
「この我われの大陸が水没する可能性もあるというのですか? 神王陛下の御前でよくそんな御無礼なことが言えますね」
会場内からは実にいろんな意見が飛ぶ。
「私が言いたいのはあらゆる可能性を考えることです。実は過去にも世界規模の地殻変動があって、大陸の形が一変したことも多々あるのです。今のウガヤフキアエズ朝の万国棟梁様から六世前の、第四世タマカミヒコ万国棟梁様の時代に“万国土の海となる”という古記録があります。これは今からざっと二万年ほど前のことです」
「そんな昔のこと」
舌打ちとともに嘲笑ぽい声も、学者たちの間からは聞こえた。
今のチタリ姫万国棟梁様がウガヤフキアエズ朝の第十世なので、たしかにかなり昔である。
「それだけではありません」
ターキャード博士は嘲笑など意にも介せず話を続ける。
「さらには今のフキアエズ朝から四代前の王朝の時代にも大天変地異の記録があります。その前も何回もある。人類はその度に高度な科学文明を起こしては天変地異で滅んで一気に原始化し、また発展して高度文明を築いては天変地異で滅んでという歴史を繰り返してきているのです。従って今度も何が起こるかわからない。大陸は移動したり沈んだりで地形が全く変わってしまうこともあるし、昔の天変地異では北極と南極の磁場がコロッと転がって、つまり地球がひっくり返ってしまったこともあるようなのです。“ろ”の国の永久凍土や南極大陸の雪原の下に古代文明の痕跡が実際に発見されているのです」
「そんなの都市伝説だろ!」
またそういった声が飛ぶ。
状況を見ると、ターキャード博士の理論に賛成する学者が三分の二、反対する学者が三分の一という感じだ。だが、やたら声を大きくして反論するのはその三分の一の方なのだ。
場内は互いにやじが飛び合い、騒然となった。
そこでターキャード博士はマイクを持った。
「この天変地異が次の段階に入る表示は、火山の大規模噴火が世界各地で多発することです」
「わかりました。では、火山の噴火が多発したら、もう一度話し合いましょう」
実は巨大地震の連発の報告は来ているが、火山の噴火の報告は今のところない。従って、この反対派の学者のひとことで、この会は散会となった。
ほかの学者が帰った後、神王陛下の執務室で残ったターキャード博士と私は神王陛下の玉座の御前にいた。
「あの反対している連中は、事の重大さや自体がいかに緊迫しているかを全く理解していない。火山の噴火を待ってからでは遅すぎるのです」
博士は畏まりながらも、神王陛下に真剣に訴えていた。
「確かに、これが満場一致ならば今すぐにでも万国棟梁様にもご報告申し上げて、万国政庁の方で全世界に向かって働きかけていただかなければならないところだが、ああも反対派が根強くては」
神王陛下も心なしか気弱そうに見えた。
「そうなると、世界規模での非常事態宣言だ。もともとこの国は戦時中で非常事態にあるわけだけれど、添えにこの非常事態宣言が出たら、二重で非常事態ということになってしまう」
もう本当に、戦争などしている場合ではないという感じだ。
そして博士もいったんは退出しようとしたその時である。またもや室内は激しく揺れた。側近がする神王陛下をお守り申し上げるべく、数名がそのおそばに駆け寄った。
そして博士も退出して数時間たった時である。
陛下の執務室の内線通信がけたたましい音をたてた。
私が出ると、女性の事務官の声がかなり焦っていた。
「ただいま大陸中央部のマイラ・ミュー火山が大噴火を起こしました」
数分後に次の通信だ。
「エペステラ火山大噴火です」
そして次々に火山噴火の知らせが入る。
私は神王陛下のお許しを得て、先ほど退出したばかりのターキャード博士の移動通信機器に連絡を入れた。そしてもう一度パレスに引き返してほしいという旨を伝えた。




