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暁の歌、響け世界に3 《天の巻》  作者: John B.Rabitan
第1部 壮大な戯曲
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4 シーロンの説得

「お父様! お母様!」


 オラドゥーラ姫が泣きながらすがるように飛びつくので、その両親のユラリー宰相もユーナ姫も驚いて、とりあえず娘を室内に入れてテーブルに着かせた。

 オラドゥーラ姫の両親といっても、見た目はオラドゥーラ姫と年齢的に変わらないのではないかと思われるような若者の姿である。

 オラドゥーラ姫はシーロンより度々脅迫にも似た求愛を受けていることを告げると、目で見てわかるくらいにユラリー宰相の顔は真っ赤になっていった。


「けしからん!」


 ユラリー宰相は激しくテーブルをたたいて立ち上がった。


「わしが直接シーロン殿と話をつけてくる」


「お父様……」


 オラドゥーラ姫は泣きながら父を見上げた。


「あなた。手荒なまねはなさらないで下さいよ。シーロン殿とて三賢者のルーノ様の直系、水の眷属では重鎮にいて、カギリミの世界の人類創造の時は大きな功績も立てたかたですよ」


「わかっておる。話し合いに行くだけだ」


 そして玄関を出るまでもなくユラリー宰相の姿は消え、巨大な龍体がものすごい速さで飛行していた。


              ※  ※  ※


 本来、天帝に次ぐ地位にいる宰相のユラリーだから、その訪問には大勢の警護の供を連れて行くものだ。だがあまり仰々しく行くとシーロンを警戒させると思って、ユラリーは供も最小限の三名にとどめた。

 その突然の来訪にシーロンは、明らかに狼狽の色を隠せなかった。

 シーロンの家もそれなりの風格を持ち、仕えている宮女や従者も多い。


 一応顔だけは笑顔を作りながらも、シーロンな多くの装飾品に飾られた客間にユラリーを通した。


「これはこれは宰相様、お出迎えも致しませんで」


 立ったまま礼をなすシーロンにすでにテーブルの席に座ったユラリーは、シーロンにも座るように促した。


「こちらこそ、突然お邪魔して申し訳ない」


「今、お酒を」


 シーロンは手を打って従者を呼ぼうとしたので、ユラリーはそれを手で制した。


「お心遣い御無用。とりあえず、単刀直入に申し上げますが、わが娘オラドゥーラのことでござる」


 やはり……と思う想念が、シーロンからは伝わってくる。


「お嬢様がどうかされましたか?」


 あくまでとぼけるつもりのようなので、ユラリーは咳払いをした。


「聞くと、娘は貴殿からかなり厚いお心をいただいているようで」


 シーロンは黙って息をのむ。ユラリーは続けた。


「もしも娘のほうも貴殿に心があるのならば話は別だが、娘ははっきり言って切実に嫌がっておる。何度もわしに救いを求めておるのだ。ここはきっぱりとあきらめていただきたい」


 シーロンは唇をかみしめて言葉を選んでいるようだが、その想念は筒抜けだ。ふつふつと怒りが湧いているのが分かる。だがあくまで顔は穏やかにしていた。


「それは存じ上げませんでした。お嬢様ともよくよく話し合ってみます」


「それは御無用。そもそも、なぜこのような話を父である私があとから聞くことになっておるのかな? これでは天の規律も」


「いや、お待ちください」


 シーロンはユラリーの言葉を遮った。さすがにこれにはユラリーもムッとしたが、とりあえず言わせてみることにした。


「まるで私を天の規則破りのように言われますが、すでに自在の世。すべての行動は各自の自由意思に委ねると天帝陛下も仰せになった。すべてが自由、恋愛も自由」


「それを申されるなら、娘が貴殿の求婚を拒むのも自由。貴殿を嫌悪するのも自由、ということになるな」


 シーロンは言葉に詰まった。その顔は真っ赤になって行った。


「天帝陛下は我が義父であれば、娘は陛下の外孫。そのあたりをお忘れなきよう。以後、このようなことは思いとどまるが身のためぞ」


 シーロンは立って恭しくユラリーに礼をなした。


「ご忠告、かたじけのうございます。しかと肝に銘じておきまする」


 態度こそ慇懃だが、その内面は怒りの炎が燃え上がっているのをユラリーが感じないはずはなかった。だが、とりあえずこの場はここで切り上げることにした。


              ※  ※  ※


 ユラリーが帰った後のシーロンの屋敷では激しい物音が響き渡っていた。

 怒りに任せてシーロンがテーブルや家具、調度を殴り、ひっくり返し、暴れていたのだ。

 従者たちはただおどおどと、恐怖に身を小さくしているしかなかった。

 このような怒りの想念が波動となって庭の木々まで枯らすなどという出来事も、この世界始まって以来である。

 この世界は清明正直せいめいせいちょくな想念のものしか存在してこなかったのだ。シーロンとてそうだった。

 誰もがいつも感謝に満ちて明るく、素直で、優しく、と慢心がなく、心の下座に徹し、誰にでも利他愛で親切で温かく、一切の執着がなく、態度や言葉遣いが丁寧だったものだ。

 しかし自在の世なって、状況がかなり違ってきている。


              ※  ※  ※


 戻った父から報告を受けたオラドゥーラ姫だが、どうも安心できるような状況ではないらしいことは察した。

 案の定、それからも頻繁にシーロンはオラドゥーラ姫の前に姿を現す。明らかに高貴な玉の首飾りを与えて気を引こうという懐柔策や、姫の身を家の壁に押し当てて強硬な態度で返事を迫るなどの脅迫まがいなことまで、とにかくあの手この手で姫を口説くことに専念していたのである。


 当然姫は、この惨状を両親に訴えた。


「もう、私の兄、皇太子テーロ将軍にお出ましいただくしか」


 母のユーナ姫はそう言うが、ユラリー宰相はあまり乗り気ではなかった。


「あまりことを大げさにしなくとも」


「いえ、大げさなのです」


「そのようなことをしたら、天帝陛下のお耳にまで入ってしまう」


「いえ、むしろ最終的にはこちらから天帝陛下に訴えてもいいくらいのこと」


 当の本人であるオラドゥーラ姫を前に親同士がいろいろと言い合っているのをただ聞いていて、姫はただおどおどしていた。


              ※  ※  ※


 ユーナ姫の依頼によって、皇太子テーロ将軍も快くシーロン説得の役を引き受けてくれた。

 シーロンの屋敷では、今度は相手の身分が違うので、テーロ将軍を上座に据え、臣下の礼でシーロンは床に畏まった。


「立つがよい」


「かたじけのうございます」


 いすに座るテーロ将軍の前に、シーロンは立った。


「いろいろと聞き及んでいる。たしかに自在の世であるから、恋愛も自由であるという言い分は分かる。だがそのためにそなたは怒りの波動を発し、このハセリミの世界の秩序を乱し、毒化している」


「お言葉ですが」


 シーロンも負けてはいない。


「要はオラドゥーラ姫様がそれがしの心を受け入れてくれたら済むこと。そもそも、オラドゥーラ姫様がその美しさでそれがしの心をとらえたのがすべてのことの始まり。つまりは、姫様こそがことの発端かと」


 論理が破城している。テーロ将軍は少しだけ呆れた顔をした。話が通じないと、テーロ将軍は論破をあきらめた。


 報告を聞いたユーナ姫は頭を抱え込んだ。なんとか娘を救ってあげたい。

 そして高らかに宣言した。


「もう、仕方がない! 私が行きます!」


 だが、シーロンはユーナ姫には会ってもくれなかった。

 扉の前でユーナ姫はさんざんシーロンの悪態をついた。すると扉があき、武装したシーロンの従者が多数、ユーナ姫を取り囲んだ。


「あなた方は何をしているかわかっているのですか? 天帝陛下の娘である私に武器を向けるなど、天帝陛下に対する反逆ではありませんか!」


「そうだ、そうだ」


 ユーナ姫の護衛にとついてきた従者たちも姫を守るように前に出て、シーロンの従者たちと小競り合いになった。


 もはやこの出来事は、シーロンの屋敷の門前での出来事に過ぎなくなった。多くの兵がユーナ姫を救出するべく宮殿の方より押し寄せ、シーロンの屋敷を取り囲んだ。


「伝令っ!!!」


 大声で走ってくるものがいる。そのものの頭上で、映像が始まる。そこには宮殿の玉座の上の天帝陛下のお姿が映し出された。

 シーロンの家の従者も押し寄せた兵も、その場にいた全員が一斉に畏まった。


「何やら騒がしい。騒動の声はこの宮殿にまで届いておりますぞ」


 厳かな天帝の声だ。


「今すぐ当事者は、宮殿に集まるように」


 こうしてシーロンとオラドゥーラ姫はもちろん、その両親のユラリー宰相とユーナ姫、皇太子テーロ将軍までもが宮殿の天帝の御前へと召集された。



              ※  ※  ※


 ある少女が世界の果てまでをも見下ろすような高台の上にいて、遠くに念を送っていた。

 オラドゥーラ姫とよく一緒にいるバーナと呼ばれていた娘だ。

 すると、バーナの目の前にまた映像が広がった。

 映し出されたのはある高貴な女性。見た目は若い女性だ。

 それは、カギリミの世界創造のみぎり、陸地を固めていたモントサムーラ姫の姿だった。

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