7 ヒヒイロガネとオリハルコン
ここ最近のタミアラ軍の攻撃の仕方を見ると、どうも彼らとてヒヒイロガネとオリハルコンの融合による爆発については知らなかったようだ。
だから最初は割と接近しての攻撃もしてきたけれど、両金属の融合爆発を知ってからは、彼らとて我われの武器や建築とは距離を置くようになっている。
だから、上陸以来このヒラニプラの都を占領すべく進軍を進めてきていたタミアラ軍だったけれど、その速度が遅々として進まなかったわけだ。
ましてや、この融合爆発を積極的に利用して我われに攻撃を加えようという意図は感じられなかった。それも道理で、もしそんなことをしたら自らの兵士の命までもが損なわれることになることを彼らも知っている。
そんな感じで戦いは膠着化し、そして泥沼化していった。
その間に、我われはタミアラ国に占領されていた二つの州のうち、南側の、そして首都ヒラニプラに近い方のボルジチオ州の奪還に成功した。
まず我われがしなければならないことは、敵が残していった戦車などの残骸を速やかに回収することだ。オリハルコンで作られたそれらが我が国のヒヒイロガネに接触したら大変なことになる。
だが、その作業に投じられていた一部隊からの報告では、それ以上の報告が司令室に飛び込んできた。
私はそれを神王陛下にお伝えするべきかどうか悩んだ。
もちろん職務上、速やかにすべてのことを陛下にはお伝えするのが私の義務だが、こればかりは躊躇してしまう。
なんとかつてタミアラ国が占領していた奪還地域では、おびただしい数の民間人の遺体が確認されたということだ。
ある場所にはまるで山のように遺体が積み上げられ、それが人為的に焼却された形跡がある場所もあったという。
あとの報告は聞くに堪えなかった。私がそうなのだから、神王陛下に至ってはなおさらであろう。なにしろ「六千四百万国民の命を朕は守る」と高らかに宣言されていた陛下なのだ。
そして調査すればするほど、悲惨な状況が見えてきた。建物の地下室では明らかに拷問されて死に至った民間人の遺体、首のない遺体、体じゅう何十カ所もナイフで突き刺された跡のある遺体がおびただしく見つかったという。
「狂っている」
私はそうつぶやいて、思わずめまいを感じたが、同時に目からは涙があふれて止まらなかった。
こんなにも人を傷つけ、殺し、彼らは何を手に入れようとしているのか……。だからといってここで彼らを憎んでも、それは負の連鎖にしかならない。
そんなある日である。
「ヒナタ・エビロスの方角から四機の大型航空機が飛来し、我が領空に入ろうとしています」
大陸南部のラウボー空港の管制塔から通信が入った。その地域はまだタミアラ国の攻撃は受けていない地域だ。
「わかった。すぐに国防軍から偵察機を派遣する」
私はそう答えて、すぐに手配した。
そして直ちに偵察に向かった空軍戦闘機からの報告により、その航空機は戦闘用ではなく民間旅客機のようだということがわかった。
「目視によれば、先頭の一機はどうもヒナタ・エビロスの政府専用機のようです。ほかの三機は旅客機ですけれど、それらもデザインからヒナタ・エビロスのものです」
時々途切れながら、パイロットの通信が入る。
エビロスは南北二つの国に分かれていて、北のヒウケ・エビロスは今まさにタミアラ国の侵攻を受けているが、南のヒナタ・エビロスにはタミアラ国の侵攻は行われてはいないようだ。
「交信はできそうか」
「やってみます」
しばらくして、その航空機からの連絡が、直接司令室に入った。
しかも、映像までもがスクリーンに映し出される。
そこに映った顔に、私は驚いた。ヒウケ・エビロスのエーダー民王だった。
「コーシェル執政補佐官殿。聞こえますか?」
「はい、聞こえています」
「ご存じのとおり、ヒウケ・エビロスはタミアラ国の侵攻を受けて、今はほとんど占拠されました。私たちは多くの民間人を連れてヒナタ・エビロスに逃亡し、ヒナタ・エビロスの民王陛下のご厚意で、お国まで航空機を飛ばしてもらいました」
「了解。そういう事情ですね」
「はい。この四機にはお国からの入植の方々で帰国希望の方もおられます。ただ、情勢が収まるまでは、と、ヒナタ・エビロスに残留された方も多数おられたこともご報告申し上げます」
「そうですね。帰国どころか、今はこの国から脱出する国民も多いくらいですから理解します」
「それと、わがヒウケ・エビロスの民間人のうち、お国への亡命を希望する者も連れてまいりました。数は多くはないですが」
たしかに、今交戦中の国へ亡命希望する人は多くはないだろうとは思うが、それを選ぶということはヒウケ・エビロスはもっと悲惨な状況になっているのかもしれない。逃亡先のヒナタ・エビロスも今でこそタミアラの侵攻は受けていないけれど、いつヒウケ・エビロスと同じようにタミアラに攻め込まれるかわからないと、彼らはそのことを恐れたのかもしれない。
「了解。上陸を許可いたします。速やかにヒラニプラの西のプランスタ空港に着陸してください。ヒラニプラまでは少し距離がありますけれど、もっと近い空港はタミアラ国の攻撃を受けていますので危険です」
私はそれだけで交信を切り上げた。あまり長く交信して、タミアラ軍に傍受されたら困る。
そして、偵察の戦闘機に加え、彼らの航空機を誘導し、さらに万が一の敵の襲撃に備えるための護衛戦闘機を相当数派遣した。
数時間後に、着陸の報告が入った。ちょうどそのあたりの比較的大きな村が、住民こぞって国外に避難していて無人となっているとの報告があり、難民はとりあえずその村に入植してもらうことにした。
こうして、我が国の中に赤人種の人びとの村ができたことになる。
また我が国の国民でヒウケ・エビロスに入植していた帰国者のうち、自らの故郷がまだタミアラ軍の攻撃を受けていない地域の人々はそのまま帰郷させた。
だが、エーダー民王陛下はすぐにヒラニプラに来たいという旨の連絡があった。しかも、連れてきた亡命希望者のうち、数十名を同行させたいとのことだった。
「エーダー陛下がこちらに来られる旨を希望されていることは分かるが、どうして数十名も引き連れてくる必要があるのだろうか」
私はいぶかしく思いながらも、何かお考えがあるのだろうと、迎えの四十人乗りの大型バスを二台ばかり手配した。
翌日、エーダー民王陛下が到着したということで、さっそくパレスに来てもらい、謁見室へと案内した。
こちらもラ・ミヨイ神王陛下がすでに玉座にお着きで、その脇に私が立ち、私の隣にはダッキ―秘書長がやはり立ったまま控えていた。
「ご到着です」
案内の人のアナウンスがスピーカーから響き、正面のドアが左右にサーッと開いて、久しぶりに会うエーダー民王陛下が入ってきて神王陛下の前に進んだ。
だが驚くべきことに銀色の戦闘服の白人種の男が二人、エーダー陛下とともに入ってきたのだ。
三人はそのまま神王陛下の前に畏まったが、神王陛下も私も、ただ眼を見開いていた。
エーダーが連れてきた二人の白人種は、その戦闘服からも明らかにタミアラ軍の兵士だった。




