6 沈黙
タミアラ国からの宣戦布告以来、約二週間が経過した。
タミアラ軍はわが大陸東部のボルジチオ、アクネリアの二州を完全に占拠した。
それまで激しい戦闘が行われたが、我が国にとって困る事態がたびたび発生した。
それは、我が国の国防軍の所有する戦闘機も戦車も、金属部分は鉄ではなくヒヒイロガネという我が国にのみ産出する特殊な金属を使用している。
そればかりか首都ヒラニプラのビルの外装も、ほとんどがヒヒイロガネでできている。だからヒラニプラのほとんどの建物は白銀色をしているのに、太陽の光を浴びた時は黄金色にまぶしく輝くのである。その景観によっても、ヒラニプラをして太陽の都と呼ばれているのだ。
困る事態とは、わが軍の兵器と敵の戦闘機や戦車が接すると、何かとてつもない化学反応が起きて、放射能を伴った大爆発を起こすのだ。
それは炎上などというレベルではなく、周囲数百メートルが被曝したのと同じような爆発だ。
わが軍の兵器でも弾丸だけはヒヒイロガネではなく鉄だけれども、戦車と戦車が接触しようものなら大惨事となる。さらに戦闘機を迎撃しても、ヒヒイロガネのビルに墜落すれば、そこでまた核融合が起こったような爆発となる。
東海岸のサンコスという町で、わが軍の地対空ミサイルに砲撃されて制御を失った敵機が一機、ビルに突っ込んだ。ビル自体はかなりの大きさで小さな戦闘機一機が突っ込んだところで火災が起こる程度で済むはずだった。
ところが次の瞬間に、ビル自体が木っ端みじんに砕け、それだけでなくその周囲がすべて爆風で破壊され、放射能に被曝していたのである。
それが、ヒヒイロガネと敵兵器の接触によって生じる核融合の爆発の最初の例であった。
それ以来同じような事例が相次ぎ、侵攻して来るタミアラ軍に対してうかつに近づくことができなくなったのである。
そのような状況で二州の占領を許してしまう形となり、タミアラ軍の戦車部隊や歩兵部隊もすでに上陸を果たしていた。
それが、わが軍との交戦をしながら、じわじわと首都のヒラニプラに向かって進軍を開始しているという情報も入ってきた。
「研究結果が出ました」
司令室に、国防軍の下部の科学兵器開発部からの通信が来たのはそんなある日だった。
「タミアラ軍の戦闘機も戦車も、すべてタミアラ特産のオリハルコンという金属でできている模様です。そして実験の結果、我が国のヒヒイロガネとタミアラ国のオリハルコンは、接触しただけで放射性の巨大爆発を起こすことが判明しました」
その報告を受けた時、私を含む司令室にいたすべての人が驚きと恐怖を感じていた。
兵器にそのような金属を使うということは、敵兵器そのものが巨大な爆弾となる。タミアラ国はすでにそのことを知っていてわざとそのオリハルコンで戦闘機や戦車を造ったのか、あるいは両金属の接触による核融合の爆発の件はタミアラ国も知らないことで、偶然の出来事なのか……。
わからない。
とにかく打開策もないまま、首都陥落などという最悪のシナリオが実現してしまうのか……我われ政府中枢も軍のトップも焦りを隠しきれなかった。
その間、敵に占領されたボルジチオとアクネリアにおける惨状の報告が画像とともに届く。
町の建物はことごとく破壊され、ほとんど原形をとどめていない。すべてが廃墟と化している。
大部分の住民は避難した後だったけれど、それでも残っていた人々には地獄だった。タミアラの兵によって残留住民は工場の地下室に監禁され、またスパイの疑いのあるものは残酷な拷問を受け、絶えきれずに命を落とすものも多いという。潜入取材班によれば、ボルジチオではスパイの疑いもない多くの市民がタミアラの兵に虐殺され、町のある場所は遺体が山と積まれていたりするという。
もし首都が制圧されたら、どんな惨状が待っているかわからない。
そこで我われ政府中枢は、神王ラ・ミヨイ陛下には安全な場所に一時避難するようお勧めした。まず思い浮かぶのは、万国棟梁様のおわしますあの高い山の上へ逃げることである。
だがラ・ミヨイ陛下は首を縦に振らなかった。
「国民を置き去りにして、朕が一人で逃げるなど、絶対にあってはならぬことだ」
いつもは温厚な神王陛下が、ものすごく剣幕で怒鳴りつけてきたので、側近たちもただ唖然としていた。
そして神王陛下は、この状況を打開するためにと祭祀場へご神託を仰ぎに行くのが日課だった。
そこは屋根がないので戸外と同様となり、上空にはあけっぴろげで危険極まりない。そう言って何とか止めようとする事務官もいたが、だがまた神王の剣幕を恐れてあまり強くは言っていなかった。
この日もラ・ミヨイ神王陛下は、依代のピラーを連れて祭祀場の中央に来ていた。
以前は神託を受ける際は補佐官である私も必ず同席していたが、戦時体制になってからはそうもいかずダッキ―秘書長に代わりを任せていた。
だが、ダッキ―秘書長から報告を受けるたびに気になっていたが、今日はその報告を自分で確かめるべく久しぶりに神託に同席した。
いつものように神官ユートと祭司シャトーが祭壇で祈りを捧げ、そのあと目を閉じて座っているピラーに神王陛下が自ら語りかける。
「さあ、どうぞ、お出ましください」
これまでならここでピラーの体が揺れ、そして厳かにピラーは口を開いて高次元エネルギー体の言葉を告げたものだった。
だがこの時はピラーの体はピクリともせず、口も固く閉ざされてウンでもスンでもなかった。
秘書長から聞いた話だと、ここ数日全く神託は降りず高次元界はひたすら沈黙を守っているのだという。
ごくたまにピラーの口が開いて言葉を発し始め、そして高次元界の神霊だと話しはじめたりもしたが、審神者の役をやっている祭司シャトーがそれは低級の邪霊のなりすましだと見抜き、手のひらからパワーを発して浄化した。
神王陛下の焦りは、極度に達しているようだ。もうこの辺でやめていただいてお休みいただかないと、陛下のお体が心配だ。
「陛下。しばらく間を置いた方が」
また陛下の怒号が飛ぶことは覚悟の上で、私はそう進言した。
だが陛下は力なくうなずき、その場に座り込まれたのである。
陛下ももう、高次元世界の沈黙を認めたようだった。
私が知る所では、人類が創造されたばかりの頃の超太古には、人類は高次元界とも自由にコンタクトを取ることができ、またすべてのことを手取り足取り高次元世界より教えていただけたという。
だが、ある時突然そのコンタクトはできなくなり、高次元世界との連絡は途絶えた。だから今まで、この国の神王陛下がかろうじて高次元界とコンタクトできていたのは例外中の例外かもしれない。
それも超太古の人類のような直接コンタクトではなく、あくまで依代を介したコンタクトとなっている。
はたして万国棟梁様はどうなのであろうかと思うけれど、それに関する情報は一切聞くことはできない。
地理的には我が国の一角に位置することになる万国政庁は、秘密のベールに包まれているのだ。
いずれにせよ、今高次元世界が沈黙しているということは、これが本然の姿に戻っただけなのかもしれなかった。




