2 緊急事態
飛行船が着陸するや否や、私と妻は急いで駐車場へ走った。見るとミクネルも二人の子供を連れて同じ方向へと走っている。
「ミクネル!」
私は大声で彼女を呼んだ。ミクネルはすぐに立ち止まった。
「足はあるのか?」
私が聞いた。交通手段があるのかという意味だ。彼女も同じ緊急事態による召集を受けていることは、いちいち聞かなくてもわかる。そうなると行く場所は同じだ。
「いいえ、タクシー・プールで」
「乗りたまえ」
すでに私の目の前には、私の専用カーが停まっている。まずミクネルとその娘たちを乗せ、私と妻も乗った。SPが二人乗り込み、ドアは音もなく閉じた。
後ろにはほかのSPカーが続く。
私の流線型の専用カーは自動運転で、ドアが閉まるとすぐに浮上しものすごい速さで発進した。そしてすぐそばのチューブ状高速道路の入り口に吸い込まれ、そのまま透明のチューブの中を音もなく爆走した。
「息子たちは?」
走るカーの中で、私は妻に聞いた。
「連絡とれたわ。パルーもシンシャもすでにパレスに到着しているって」
二人とも若いながら、政府の閣僚の一員だ。特にパルーは、軍政のすべてを任されている。そのパルーが真っ先にパレスに入ったらしく、どうやら緊急とは軍事的色彩を帯びているのかもしれない。
私たちの専用カーは、あっという間に白亜のパレスのドーム状の建物に着いた。私と妻は部署が違うのでここで別れ、私は自分の執務室には行かずにエレベーターで最上階の司令室に入った。
「補佐官殿、お待ちしていました」
私が入ると高官たちが一斉に立ち上がり、私を中央のデスクへと案内した。向こうの壁は計器がぎっしりと並んで光を放ち、その間のロングデスクには若い女性たちのオペレーターが忙しげに緊張を持って計器を操作し、またヘッドセットマイクで各方面と交信したりしている。
私が座ると正面の巨大モニターに、映像が映し出された。
映っているのは山がちな大地で、この大陸ではない。そこにも町があり、多くの人々が暮らしている。
だが、映像ではその町のあちこちから黒煙が上がっていた。
私は思わず立ち上がって、映像の方へ身を乗り出した。
「ヒウケ・エビロスのユータの町です。こちらの時間で今朝方に突然、タミアラからの軍事侵攻を受けました。弾頭兵器によって多くの町が破壊され、住民にもかなりの死傷者が出た模様です」
「ばかな!」
ダッキ―秘書長の説明に、私は思わず怒号を飛ばしていた。確かに我が国とタミアラ国は一発即発の状況だったが、時局を打開するためにこれまで最善を尽くしてきた。
水面下での駆け引きや事務方レベルでの交渉などを続けてきたけれど、とうとう閣僚レベルでの談合も行われた。
そして万国棟梁様もお立会いの下、我が国のラ・ミヨイ神王陛下とかの国の国王との直接会談も万国棟梁様のチタール姫陛下のお住まいの宮殿で行われた。当代は女性であらせられる万国棟梁様の宮殿は、この大陸の上辺部にそびえる連峰の上だ。
その山脈を越えたら少しばかり海があり、その向こうが「枝邦」そして「ろ」の国で、地球の裏側まで続いている別の巨大な大陸となる。
いわば全地球の全世界を統治される万国棟梁様はこの大陸にいらっしゃるのだから、ここは万国棟梁様のおひざ元なのである。
この大陸の東の海の向こうのエビロス大陸は、中央でくびれてヒウケ・エビロスとヒナタ・エビロスに分かれているが、我われのこの大陸からも多くの移民がヒウケ・エビロスに移住して植民している。皆黄人種だ。
だが、さらにそのエビロスの向こうの海を越えたところにある大陸のタミアラの国の首脳部も、エビロスを虎視眈々と狙っている。
この国からだとちょうど地球の反対側になるタミアラ国だが、その白人種や青人種の人々の領土拡張欲はすさまじい。
そして我が国にエビロスの割譲を迫ってきたけれど、ラ・ミヨイ神王陛下は断固拒否されてきた。そしてついにタミアラ国は軍事侵攻を及んだのだ。
「こちらは悲惨なことになっています」
画面に映ったのはエビロス民王のエーダー陛下だ。赤人種の女性だ。
「私たちはもうラ・ミヨイ様に頼るしかありません。私たちを救ってください。タミアラは地に飢えた狼、いえ、悪魔です」
すぐ近くに爆音が響き、映像はそこで途絶えた。
いずれにせよこれは一大事である。この国始まって以来の緊急事態である。
「神王陛下は?」
「先ほどまで万国棟梁様と交信されておられましたが、今は祭祀場におられます」
ダッキ―秘書長がそう答える。
恐らく高次元エネルギー体と交信をされて、事態の打開の指示を仰いでおられるのだろう。
「万国棟梁様はなんと?」
「神王陛下は何も告げてはくださいませんでした」
まだ我われ閣僚にも告げられない重要機密事項があるのだろうか?
今はまだエビロスへの侵攻にとどまっているけれど、タミアラ国の野望はそれにとどまるとは思えない。もっと最悪の事態も想定しなければならないかもしれないのだ。
このことを一般庶民にも伝えるべきかどうか。普通ならばそれを伝えたらパニックになるのは必定だから伏せておくものだろう。
だが、今日も彼らは何も知らずに平和に暮らしていた。若者たちもヤムシーの町で楽しそうに青春を謳歌していた。そのことはついさっき私がこの目で目撃してきたことだし、今もまだそれは続いているはずだ。
いずれにせよ、一般大衆への告知の可否は神王陛下がお決めになることだ。
そのとき、私だけの通信機器が鳴った。いつも持ち歩いている普段使いのものではなくデスクの上にある特殊なもので、いわば私と神王陛下との通話にしか使われない。
それが鳴ったということは、神王陛下からの直接のお呼びだ。
「はい。コーシェルでございます」
「今すぐ祭祀場へ来られよ。秘書長以外は誰も連れて来るな」
「かしこまりました」
私は緊張で、急に胸が高鳴りだした。




