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暁の歌、響け世界に3 《天の巻》  作者: John B.Rabitan
第4部 前世記憶
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5 天使ケルブとの再会

「今日、皆さんにこちらに来ていただいたのは、前にいらした方はあの時のような異世界探訪が目的ではありません」


 それよりも俺たちは、ケルブに天使の羽がないことが気になっていた。


「皆さん、ずいぶん私の姿に驚いていますね。天使の羽がないと」


 そうだ。ここでは思っただけで伝わってしまうのだ。


「以前は皆さんにもなじみのある姿でと思いまして私は天使のなりを装いましたけれど、本当は天使ではないのです。私はこの馳身ハセリミ神霊界の神霊。しかも龍神に属する火の眷属の神霊です。でも、神霊はあなたがた人類には大きすぎてこうやって対面することはできませんし、天の掟でもそれは禁止されています。ですから私は私の本体の神霊の霊体の一部、つまり分魂です。あなた方の世界でお会いしていた時はその分魂を仮に物質化させていたにすぎません」


 つまり、やはり普通の人間ではなかったのか。

 だから、あの俺たちの異世界探訪の後に忽然と消えてしまった。でも、それまで俺たちが接していたケルブは夢でも幻でもなく、まぎれもなく実在していたのだ。


「この世界では、今この世界を統治している水の眷属の方たちこそが天使ということになります」


 そんな話を聞きながら、あの春の日に俺が目撃したあの光景が、これまで以上に俺の胸のうちの鮮明に甦った。肉体の脳の中の記憶は時間とともに薄れていくが、ここに来て「魂」で勘ずるうちにその記憶は鮮明になっているようだ。


「初めて来られた青木拓也さん、島村悠斗さん、松原悟さん、エーデル・ローゼンタールさん、あなた方はここに来るのも私と会うのも初めてですね」


「はい」


 代表して拓也さんがうなずいた。しかし、実はこの四人の方が我われよりも妙に落ち着いているのである。


「この世界はあなた方の感覚では異世界ということになりますけれど、正確には四次元神霊界である駛身ハセリミ界の一角に、人間の魂が死んでから次に輪廻転生する前の間その魂を浄化するために設けられた幽界カクリヨという世界です。駛身ハセリミ界は幽界カクリヨと同じ四次元に属する世界ですが幽界カクリヨを包み込んでいます。すなわちあなた方の感覚では想像を絶するほどの、幽界カクリヨよりもはるかに広大な世界です。あなた方の世界である三次元現界、つまり限身カギリミ界の宗教というものでは、この世界を第四兜率(とそつ)天あるいはトゥシタ界などと呼んでいますね」


「おお」


 悟君が声を挙げた。彼なら知っているようだ。


「でも、この駛身ハセリミ神霊界をさらに包み込むように存在するのがさらに高次元の五次元神界である耀身カガリミ界、そして六次元神界の仮凝身カゴリミ界、七次元神界の隠身カクレミ界をあり、それぞれが下層の世界を包み込んでいるのです」


 少なくとも俺には、あのヴィジョンの記憶があるだけにその話がスーッと入ってきた。でも、ほかのみんなは首をかしげている。いきなりこんな話をされても、わかる人はいないだろう。


「あなた方の限身カギリミ界の宗教とか申すものは、せいぜい幽界カクリヨのことをごく簡単に説明しているにすぎません。神霊界や神界は宗教などの及ぶところではないのです」


 ケルブは限りなく透明な笑顔を俺たちに見せてから、さらに言った。


「今日はあなた方が婆様とお呼びしている方から、あなた方の過去世の記憶を見せるよう頼まれました。そうすることによってあなた方の魂の本質を知っていただきたいのだそうです。それがこれから起こる出来事に備えてあなた方にしてもらう大仕事に必要なのです。大仕事というよりも荒仕事ですね。人類の存亡の危機が迫っています。これは脅しでもはったりでも怪しげな予言でもなく、本当のことなのです」


 終始にこやかに話はしているが、ケルブの話の内容は鋭い刃物のようだ。


「今回、あなた方をわざわざこの世界へとご足労頂いたのは、あなた方の住む限身カギリミ界では、つまり肉体を持っている時は過去世を見てくることはできないのです。ですから肉体は置いて、霊体であなた方にはここに来ていただきました。さあ、これからアカシックレコードよりあなた方の過去世の記憶を差し上げます。皆さん、楯のバッジはつけてきていますね」


 もちろん俺も、胸につけている。


「そのバッジに手を当ててください」


 俺を含め皆が一斉に胸につけているバッジに手を当てる。幸い、忘れてきたという人はいないようだった。


「熱い!」


 皆が一斉に同じことを口にした。確かに俺も、重ねた手にバッジからものすごいエネルギーが放出されているのを感じだ。


「では、行きますね」


 以前俺に並行世界の記憶を与えてくれた時のように、ケルブは頭上で手を合わせ、それをゆっくりと開くと、その両手のひらの間にものすごい光の球が生成され、それがどんどん大きくなった。

 そしてその光の球を、ケルブは俺たち全員に向けて投げた。


 光に包まれる。

 そして俺の中にものすごい世界が飛び込んでくる。

 俺は他の十一人とともに、かつての俺、今の俺ではない俺が見ていた世界を追体験するらしい。


 そしてそれは驚くべき光景だった。


    ※   ※   ※


 果てしなく広がる大地は美しい緑に覆われている。ところどころに咲く花は、点在する湖沼を埋める蓮の花だ。

 大地がほぼ蓮の花で埋まっているように見えるのは、それだけ池や沼が多いのだろう。

 そして都市もある。驚いたことに天まで届くような高層ビルが林立し、その下を縫うように高速道路が空中に張り巡らされている。

 高層ビルは高さも数もおびただしく、まぎれもない大都会だ。

 どのビルも一様に黄金の金属で覆われ、まぶしいくらいに光り輝いている。


 だが、妙だ。

 道路は張り巡らされているのに、走っている車はすこぶる少ない。そしてこれだけ大きな都会なのだから人にあふれているだろうと思いきや下の道を歩いている人々もなく、まるでゴーストタウンだった。

 さらに俺は不思議だった。

 過去世というから昔だろうと思っていた。

 だいたい人の輪廻転生は二百年から三百年サイクルと聞いていたので、今の人々の前世はだいたい江戸時代初期から中期にかけてくらいのはずだ。

 ところが目の前の光景は江戸時代どころか、むしろ未来都市のように見える。


 過去世が未来?


 首をかしげているうちに、突然けたたましいサイレンが鳴り響いた。

 なんか聞いたことがあるぞ。

 スマホの緊急速報か、あるいは町中に響く空襲警報のようにも感じられた。

 だから人々はすでに避難して、今は誰もいないのか?

 そんなことを考えてるうち、俺の魂は俺ではない俺との同調シンクロを始めたようだった。



(「第5部 ヒラニプラの最後の空」につづく)


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