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暁の歌、響け世界に3 《天の巻》  作者: John B.Rabitan
第4部 前世記憶
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4 神通力詠唱

 ――【われら今五官を断って肉界を去り、宇宙大霊の波と一蓮托生、肉体は消えてゆく、消えてゆく、消えてゆく。我ら今霊成型(ひながた)のみ、霊成型のみ、霊成型のみ~】――


 こんな言葉で始まる詠唱は、まだずっと続いていた。A4サイズの紙いっぱいに、ぎっしりと印字されている。ただし紙は一枚だった。裏は白紙だ。


 この詠唱、どこかで聞いたことがあるような気がしてならなかった。

 そのことを民宿の同じ部屋で暗唱に勤めていた杉本君に言うと、彼は目を挙げた。


「ほら、去年、僕たちが異世界に召喚されたときに、ケルブが唱えていたのがこんな感じだったような気がしますけどね」


 ああ、たしかにそうだ。あの時のケルブの詠唱と同じだ。なんだか不思議な因縁を感じる。

 結局みんな黙々とその詠唱を暗唱することだけに時間を使って、その日は終わった。


 翌日、普段なら朝からこんなに食べないよなあっていう量の朝食が出て、食事が済むと皆でぞろぞろと婆様の家へと向かった。

 そして昨日の部屋に集まり、車いすの婆様を囲んだ。拓也さんやエーデルさんもいる。


「皆さん、おはようございます。よく眠れましたか」


 皆一様に返事をしたけれど、詠唱を覚えるのにかなり時間がかかったので寝る時間も遅くなり、みんな眠そうな顔をしていた。


「皆さん、詠唱は暗記したと思いますので、配った紙は回収します」


 一応そう指示は出ていたので、皆は紙を差し出した。


「これから修法を行います。ただし、これは注意事項ですけれど、この修法は今ここで皆さんと一緒にやるだけで、お帰りになってからそれぞれ各自の自宅などでは決してやってはいけません。各自で勝手になさいますと大変危険なわざですので、固く禁止致します」


 なんだかずいぶん危ないことをこれからやるのかと、俺は息をのむ思いだった。


「皆さんにそれぞれの魂の本質を知っていただきたい。しばらくの間皆さんは次元上昇していただきます。その間、この世界をしばらく留守にします。肉体はこちらに置いて行きますから、その肉体に邪霊などが入り込まないようにしっかりと私がここで見張っております。ですから、安心してお行きなさい」


 もしかして、また異世界に召喚されるのかと思う。状況といい詠唱といい、去年の秋の学祭の時と同じだ。

 でもあの時は、戻って来た時は召喚されたその瞬間で、時間は経過していなかった。だから、周りの人には俺たちは普通にテーブル席に座っていたようにしか見えなかったはずだ。

 今回は少し時間がかかるのか……。

 多分去年いたメンバーは、俺と同じことを思っているだろう。でも、みんなシーンとして聞いているし、質問をする空気ではなかった。


「修法のやり方ですが、まず正座して手を合わせます。手は胸のあたりで合わせ、左右の腕が水平になるようにします。そして左手の親指が右手の親指の上になるようにして、親指だけは組みます。同じように足も、左足の親指が右足の親指を押さえるようにします。そして背筋を伸ばし、肛門をぎゅっと閉じます」


 まずはその姿勢をやってみるように言われ、皆で形を作った。


「そうしたら目を閉じて、詠唱をゆっくりと唱えます。今日は皆さんで唱和します。ほかのことは考えず一切の雑念を払い、頭部の中央に意識を集中させ、言霊の世界に浸るようにします」


 まずはやってみるしかない。皆で言われたとおりにし、手を合わせて目を閉じ、声を合わせて詠唱の唱和を始めた。痛いほど意識を頭部に集中させる。雑念を払う。

 そうしているうちに、やはり去年の秋の時と同じように意識がふっと遠のいたような気がした。

 次の瞬間、ものすごい上昇感を覚えた。なにかチューブ状のようなトンネルを、ものすごい速さで上昇する。

 そして次にぱっと視界が開けた時は、見覚えのある風景だった。


 一面に果てしなく広がる大地。解析度がめっちゃ高いと思われるような生き生きとした明るい光景。広大な大地には木々もあり、草原もあり、そして遠くには中天にまでそびえる山もある。

 本来の球体の大地があまりにも大きいので平面だと錯覚している、そんな俺たちが普通に暮らしている大地ではない。遥かはるか遠くまで見渡せるので、ここは間違いなく本物の平面だ。球体の表面ではない。

 あの時いたメンバー、俺とチャコ、美貴、杉本君、大翔と新司、美穂とピアノちゃんは、まるで故郷に戻って来たかのような安心感を覚え、涙まで出そうになった。

 ただし、ここへ来るのが初めてのはずの島村さんや悟君、エーデルさんは不思議な光景にあたりをきょろきょろと見渡していた。

 拓也さんもいたけど、拓也さんは驚く様子もなく落ち着いている。


「拓也さん」


 俺はそんな拓也さんを呼んだ。


 ――これからどうするのかってことですね


 拓也さんの想念が飛んできた。そう、ここでは想念で会話できるのだ。つまり心の中もお互いにガラス張りの部屋のようにすべて伝わってしまう。


 ――私にもよくわかりません。私も初めてですから。でもそのうち、何かが始まりますよ。


 拓也さんはにこりと笑う。

 初めてだというのに笑ってみせる拓也さんは、相当余裕があるようだ。


 すると、瑠璃色の空の一角がピカッと光った。

 それは胸の高さにどちらを向いても自分の正面にある太陽の光とは別のものだ。

 空の光は次第に近づいてきているようである。

 そしてその光の中に細長くてうろこに覆われた体に手足のついた、長いひげの目の大きい生き物の姿が見えた。

 龍だ。ドラゴンではなく、我が国の龍だ。

 それがものすごい速さで近づいてくる。そしてほとんど俺たちにぶつかりそうになった時に、光の塊に包まれた巨大な龍はスーッと小さくなって、人の形となって俺たちの前に立った。


「ケルブ!」


 去年の秋組は、みんな一斉にその名前を呼んだ。

 白い衣を着てにこにこして立っているのは、まぎれもなくあの天使ケルブだった。

 だが不思議なことに、今日は天使の羽はない。


「お久しぶりの方、はじめましての方、どちらもようこそいらっしゃいました」


 天使ケルブは、俺たちの胸に響く声でにこやかに語った。

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