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暁の歌、響け世界に3 《天の巻》  作者: John B.Rabitan
第4部 前世記憶
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3 富士山麓へ召集

 翌日、俺はもう大学のそばのアパートに向かっていた。

 実は塾の夏期講習のバイトというのは嘘で、いや、まったくやっていないわけではないから嘘ではないけれど、明日から授業が始まるというのは嘘だ。


 夏季講習は五日後からだ。そしてお盆休みをはさんで、また十日ほど講習の授業がある。

 実はLINEに昨日、あるメッセージが届いた。それはほとんど指令に近かった。

 拓也さんからだった。

 婆様がみんなに会いたがっているので、例のメンバー全員で樹海の中の拓也さんの実家に集合してほしいとのことだった。


 俺はたまたま夏期講習が始まるまで日があったし、帰省を切り上げれば何とか行ける。

 でも、ほかのみんなはそんなに急に言われてだいじょうぶだろうかと思った。

 とりあえず俺からも連絡を取ってみると、不思議なことに全員が都合がつくとのことだ。

 しかも今度は泊りがけになる。

 自宅住みのチャコと美貴は大学の合宿ということにして親の了承も取ったらしい。

 大翔と新司は例の信州の農場のバイトに行く予定をしていたけれど、急用ができたと連絡をしてバイト開始を延期してもらったという。大翔は農場のおじさんの甥だから、ちょっとくらいは無理を通せる。

 杉本君も田舎には帰っていなかった。もしピアノちゃんと美穂が帰省していたら一緒に戻ろうかと思ったけれど、その二人もこっちには戻っていないとのことだ。二人は下宿しているから親の問題はない。

 あとは足だけれど、やはり杉本君に車を出してもらうしかない。でも全員は乗れない。すると、悟君も車で行くというし拓也さんの車もあるから、三台に分乗すれば余裕だ。

 杉本君の車に美貴と美穂、ピアノちゃん、悟君の車に大翔と新司そしてエーデルさん、そして拓也さんの車には俺とチャコ、島村さんでちょうど分乗の割り振りもできた。


 こうしてアパートに戻った翌日の朝にはもう、三台つるんで一路高速を富士山麓へと向かった。

 道は結構渋滞していた。なにしろ世間も夏休みだ。行楽客でにぎわっている。

 普通なら朝に出れば昼前には着くのに、この分では到着は昼過ぎになりそうだった。

 そこで、高速本線の最初の割と大きなサービスエリアで昼食を取った。

 ここはフードコートのスタイルなのでテーブルをくっつけるわけにもいかず、いくつかのテーブルに分散することになった。

 俺は杉本君がいるテーブルを選んだ。話があったからだ。


「この間連絡した件」


「ああ、葵の肩の件ですね」


「鷲尾さん、どんな感じですか?」


「大したことないですよ。ちょっと疲労と強度の肩凝りが重なっただけで」


「パワーは?」


「もちろん、さっそくパワーを放射させて頂きました。するとあっという間に肩の痛みは全くなくなったので本人も驚いてましたけど、それよりも僕の方が驚きましたね」


 杉本君はそう言って笑っていた。でも、何度言ってもこの人は同じ年で同じ学年なのになかなかため口になってくれない。

 再三言うんだけど……。


 食事も終わってサービスエリアを後にし、高速も支線に入って一般道に降りたあたりは、そこがレジャースポットでもあり湖での行楽客や富士夏山登山の人たち、そしてジェットコースターがそびえる巨大遊園地もある。

 ただでさえ行楽客でごった返している時分だけど、この日は遊園地に隣接する広場で人気の女性アイドルグループの野外ライブも開催されるとのことで、多くの若者が町にあふれているのが車からも見えた。

 そんな普段よりも人口が数倍も膨れ上がっているであろう町を後に国道を西へと向かい、樹海の中を走るころには交通量も少しは減ってきた。


 何とか夕方になる前には、樹海の中に取り残されたような村の、婆様の家に着けた。

 今回は我われは婆様の家に泊まるわけではない。なにしろ大人数だ。三人くらいまでなら泊まれるそうだけど、この人数になると部屋はあってもまず布団がない。

 食事を提供してくれることにはやぶさかではないそうだけど、一緒に食事ができる食卓がない。何よりも困るのは風呂で、二人くらいでしか入れない風呂が一つ。二人ずつでも六組、一組三十分に限定しても三時間はかかる。

 そこで哲也さんは、俺たちのために民宿を予約しておいてくれた。

 実は青木家の隣が民宿で、よく学生のサークルの合宿にも使われるという。

 聞くと青木村の大部分が民宿だそうで、だから婆様の家の隣がたまたま民宿だったというわけではないようだ。

 拓也さんのお父さんが庭まで出迎えてくれていたが、俺たちはとりあえず荷物を置きに隣の民宿方へ行った。

 エーデルさんは昔ここに長く住んでいたこともあって、婆様の家に泊まるそうだ。拓也さんは当然、自分の家に入っていく。

 民宿では宿泊客というよりも、お隣さんの身内みたいな扱いで歓迎してくれた。

 荷物を置くと俺たちはすぐに戻り、婆様の家に集合した。


 婆様の部屋にこの人数が入るのは無理ということだし、ダイニングは広さはあるけれどいすがないと言われ、二階の和室の広間に集められた。

 婆様は手すりをつかんで時間をかけて階段を昇り、拓也さんが車いすを二階に運んだ。

 あのお寺の時と同じく車いすの婆様を囲んで、皆畳の上に座った。

 婆様はにこにこして俺たちを見渡した。


「皆さん。ようこそお越しくださいました。急にみなさんに来ていただいて申し訳ありません。どうぞ足をお楽になさってください」


 一応全員正座していたけれど、婆様の言葉に甘えて皆足を崩した。男子は胡坐あぐらをかいた。


「皆さん、五月以来お久しぶりですけれど、お元気でいらっしゃいましたか」


 皆一斉に「はい」と返事をした。


「皆さんの方から何かありますか? ご質問でも何でも」


 そこで俺が手を挙げた。


「婆様、僕たちを組織化はしないとのことですけれど、でもいろいろ連絡するのに個人の集まりでは大変だと思うんです。組織ということではありませんけど、せめてLINEグループを作ってもよろしいでしょうか」


 ご老人だからLINEグループと言ってもわかるかどうか心配だったけれど、婆様はにこにこうなずいた。


「それくらいならいいでしょう。でも、私や拓也がそれに参加することはできません。私と拓也さえ入らなければ、普通のお友達の集まりということになりますから」


 さらりと婆様は言った。老人だからわからないというのはどうにも失礼な勘繰りだったようで、やはり婆様はすべてをご存じである。


「ほかに何かありますか?」


 誰も手を挙げなかったので、婆様は拓也さんに言いつけて俺たちに一人一枚の紙を配った。

 そこには何やら呪文のようなものが書いてあった。


 ――神通力詠唱――


 これがタイトルだ。パソコン入力で、プリントアウトしたものだ。


「皆さんは、そろそろ動きだす時が来たようです。その前に、皆さんにはご自分の魂について、知っておいてもらいたいことがあります。これを明日までに皆さん、覚えてきてください、見ないで暗唱できるように」


 それほど長くはないけれど、でも簡単に覚えられるほど短くもなかった。


「一つ注意事項があります。この詠唱を覚えるため唱える場合、決して目を閉じてはいけません。ある程度暗唱してからも、しっかりと目を開いた状態で覚えてください。目が開いてさえいれば口に出して唱えてもかまいません」


 そして婆様は付け加えた。


「今日は皆さん、民宿の方でゆっくり休んでください。明日の朝食後、またここに集まってくださいね」


 ゆっくり休めと言われても、こんな宿題を出されたのではあまり休めないかもしれない。

 今日はとりあえず、これで散会だった。

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