2 注連縄(しめなわ)
俺はその足で、そこからすぐそばの、正月に初詣に行った神社に行ってみた。歩いて三分か四分の距離だ。
正月の初詣も都会の神社のように参拝客でごった返していたということはないけれどそれなりに人が集まっていた。でも、参拝にもほんの少し並ぶくらいで行列ができるほどでもなかった。
石段の下にもよく初詣の神社にあるような店の屋台などは全くなかった。
ただ、拝殿に向かって左側には臨時の簡易テントによるお札やお守りの拝受所はあった。参拝者はほとんどが近所の人だった。
そして今日はそんな参拝者の姿もなく、人っ子一人いない。
正月だけのテントのお守り拝受所も今日はなく、拝殿前の風景はそれでずいぶん違う。
通り沿いに鳥居があって、そのあとの参道を少し行くと石段があり、その上が拝殿だ。この神社の裏手の丘の上が、城跡の公園になっている。
俺が最初に石段の下の通りをくぐったときに、ふと目に入ったものがあった。
鳥居の下にある注連縄だ。
これまで何度もこの神社には来ているけれど、そんな注連縄に目が止まったのは初めてだった。
そして石段を昇って拝殿の前で参拝するとき、拝殿にもまた細いながらも注連縄があるのが目に入った。
その時、ふと頭がくらっとして、ある光景が心に甦った。
今年の三月末に、初めて拓也さんおアパートを訪ねて行く前の夜に見た光景……天まで届く巨大な岩屋の、これまた天まで届くような大扉。
天の軍勢がその扉にまるで閉じ込められるように入ると、その大扉は閉められた。
そして封印するかのごとく張られた縄。それが今から思えば注連縄だった。
するとこの神社の注連縄は、神様を封印していることになるのではないか……。
そんなことが頭をよぎったのだ。
これまで何とも思わなかった注連縄だけど、考えてみたらものすごく恐ろしいことをやっているような気がする。
それにしても、あの光景を見てから四カ月以上たっている。それなのに今でもこうしてはっきりとその光景を鮮明に思い出せるというのは、あれはやはり夢などでは決してなかったことを意味すると思う。
俺はとにかく拝殿の前で柏手を打って頭を下げた。するといつも以上にものすごいパワーが、拝殿の中から全身にぶつかってくるのを感じた。
一度家に帰ってからは、こんどは愛菜が気になった。
愛菜の家に行ってみたかったが、女子の家に男が一人でのこのこと行くのもはばかられる。こんな時に裕香がいたら一緒に行ってくれただろうけど、こういう時に限って裕香はいない。
そこで俺は、美羽を連れて行くことにした。
「もう、受験生を連れまわすなんて」
美羽は文句を言ってはいたが、何とかついてきてくれた。愛菜の家は歩いてもそう遠くない。互いの家がこんな歩いて行ける距離に点在しているというのも、やはり田舎ならではだなと思う。
「あ、先輩。帰ってきてたんですかあ?」
にこやかに笑いながら愛菜は玄関まで出てきた。
「寝込んでいるのかと思ったら元気そうじゃないか」
「寝込んでなんかいませんよ。もっともほとんど家から出ていませんけど。あ、とにかく入ってください。暑いから」
「あら、いらっしゃい」
愛菜の母親も、愛想よく迎えてくれた。全員とまではいかないけれど、同じ学校の仲間のその親までもが顔見知りというのも田舎ならではと思う。
美羽と一緒に冷房の効いた愛菜の部屋に入り、暑さから解放されてほっとしたのもつかの間、俺はとにかく驚いた。
愛菜の部屋は壁がほとんど本棚で、おびただしい数の蔵書だった。
「すごい!」
美羽も感嘆の声を挙げていた。
「これ全部、愛菜が読んだのか?」
「もちろん。毎日家にいるから本ばかり読んでる」
美羽はもう自分の好きそうな本を物色している。
「美羽ちゃん、好きなのあったら貸してあげるよ」
「ありがとうございます。でも受験生だから本読んでいる暇はないし、今はだいじょうぶです」
美羽もニコニコ笑って言った。
さて、俺はすぐにでも愛菜にパワーをかけてあげたかったが、どこが悪いのかよくわからない。見た目は元気そうなのだ。
どこが悪いのかいきなり聞くのも、同もバツが悪い。
そこで俺は、全身にパワーを球にして投げることにした。
「今から元気の出るおまじないをするから、座ったままでいいからこっち見て」
「わあ、うれしい」
愛菜は言われたままこっちを向く。俺は頭上で両手を広げてその間にパワーの球を生成し、それを愛菜に投げた。
「うわ、なんかふわっとパワーが来た気がする」
「なんか変なことやってるよ」
それを見ていた美羽は苦笑していた。
「ただいま」
階下で声がした。愛菜の妹の麻里菜ちゃんが帰ってきたようだ。
「あ、麻里菜がとみぃの散歩から帰って来たみたい」
愛菜の声に重なるように階段を駆け上る、でも決して人の足音ではない小刻みな足音が昇ってきた。愛菜がドアを開けると足元にけっこう毛むくじゃらのミニチュア・ダックスフンドがいて、すぐに部屋に飛び込んできて愛菜の足にしっぽを激しく振って飛びついてきた。
「とみぃ、おかえり」
愛菜はすぐにその犬を抱き上げ、頬ずりを始めた。
「かわいいねえ、とみぃ」
なんか初めて見る愛菜の一面を見ているような気がしていると、すぐに追うように階段を上がってきた妹の麻里菜ちゃんが部屋を覗いた。
「あ、山下先輩。そしてそのお兄さん、こんにちは。今いらしていると下でお母さんから聞きました」
にこにこしている麻里菜ちゃんも高校一年生。美羽の高校の後輩になる。
なんだか美羽が先輩と呼ばれているのを見ると、不思議な気分になる。
「そういえば麻里菜ちゃん。学校が廃校だって?」
俺がそう言うと、麻里菜ちゃんは少しだけ顔を曇らせた。
「そうなんです。山下先輩が卒業してからですけど」
「今の青凌に行くことになるんでしょ。大変だね」
「そうですよ。今の学校なら歩いて行けるのに、青凌だとバスで行かないと」
それから笑顔をも取り戻し、
「じゃあ、どうぞごゆっくり」
そう言って麻里菜ちゃんは自分の部屋の方に行ってしまった。




