7 イエス様と釈尊の事跡
エーデルさんは最初俺を見て、そしてみんなに向かって言った。
「二十世紀の初めにアルツォ・ダブリートゥという国のある説教師が、福音書には記されていないイエス様の十七年に関して、イエス様のアカシックレコードを読み取るという形で霊視して書いた本があるんです。訳すと『みずがめ座の福音書』というタイトルですけれど、そこにイエス様は船でインドにわたり、仏教教団に入り、そしてチベットまで行ったことが書いてあります。インドの寺院でも、イエス様の足跡が確認されているんです。そしてチベットで見た粘土板に、東の国にすべての真実がある国があると知って、東へと旅立つのです」
「それで、この国にやって来たと書いてあるのですか?」
俺が尋ねる。エーデルさんは首を横に振った。
「それが不思議なことに、次の章では不自然に時間が飛んでいて、イエス様はもう西に向かう帰途についているのです」
拓也さんがそこで補足した。
「その間の事跡が抹消されているんですよね。その空白を埋めるのが日本の古文献なんですよ」
皆一斉に、驚きの目を二人に向けた。特に島村さんは目を見開いていた。
拓也さんの説明は続く。
「中東の地で生まれ育ったイエス様がこんな極東の島国に来たなんて普通では考えづらいけど、実は太古の世界って今我われが想像するよりもはるかにグローバルだったんですよ。実はローマ帝国の皇帝が着ていた服はメイド・イン・チャイナ、つまり当時の漢の国で産出した絹で織られたものだったんです。その絹を漢からローマへ運んだのがユダヤ人の隊商で、その通り道がいわゆるシルクロードです」
「あ、それなら知ってます」
今日はやけに黙っていたチャコが沈黙を破った。
「あ、チャコがおとなしいから、なんか話がつまらないのかなって思ってたけど」
俺がにやけて言うと、チャコも笑った。
「ううん。あまりにも興味深過ぎて聞きこんでいたのよ」
「そう、シルクロードならみんな知っていますよね」
満足そうに拓也さんは言った。
「シルクロードの起点は漢の都の長安、終点はローマなんです。で、道があるだけでは絹は運べません。運んだ人たちがいる。それがユダヤ人だったんだってあまり知られていないでしょ。漢の都の長安には、そういった隊商の住むユダヤ人街があったほどです」
「私は知っていました」
エーデルさんが口をはさんだけれど、彼女なら知ってて当然と誰もが思っていたようだ。拓也さんもうなずいた。
「そうでしょう。で、ローマに絹を運んだ隊商が長安への帰途、チベットまで行っていたイエス様が何かのきっかけでその隊商に同行させてもらって長安まで来たら、あとちょっと足を伸ばせばこの国です。だからイエス様がこの国まで来たというのは、決して荒唐無稽な話ではないのです」
「あのう、東北にはイエス様のお墓もありますよね」
美貴が言葉をはさむ。
「ああ、それは有名な話ですね」
拓也さんに言われて、美貴はうなずいた。
「そうですよね」
島村さんはさらに続ける。
「もちろん教会ではただの都市伝説として全く相手にもしてませんけど。でも、私は好きですよ。ロマンがあります。神父様とかに言ったら怒れますけど。でも、そういう情報が好きで、私はキリスト教以外の人たちとも接したいのです」
「そのへんのことも、古文献には書いてあります。いきさつとかも。イエス様は十字架にはかかっていない。十字架にかかったのは身代わりとなったよく似た弟さんで、イエス様は三日後に弟子たちの前に現れ、四十日後にまたかつて修行したこの国に来て、東北で天寿を全うしたとのことです」
「ムスリムの『クーアーン』にもそう書いてあります。イエス様は十字架にはかかっていない。ただそのように見えただけで、よく似た男が殺されただけだって」
エーデルさんも補足する。
「その方が合理的ですよね」
杉本君が言う。そこで悟君も身を乗り出した。
「あのう、釈尊は?」
拓也さんはゆっくりうなずいた。
「釈尊がこの国に来られたのは、五十二歳の時ですね」
「どういういきさつですか?」
「釈尊の場合はイエス様が伝統宗教のユダヤ教から迫害されたように、当時の伝統宗教であるバラモン教から徹底して弾圧を受けていたのです。彼らから見れば釈尊の集団が危険な新宗教に見えたのは、イエス様と同じですね」
悟君の問に答えてから、拓也さんはまた全員に向かって話し始めた。
「それで、釈尊にはいとこに当たるデーヴァダッタ、この国では提婆達多と呼ばれているけれど、そのものが最初は釈尊の弟子であったのにいつしか造反して別教団を立教し、釈尊殺害を企てたんです。そこでジェッタヴァーナ、すなわち祇園精舎から逃亡した釈尊はクシナーラーのヒランニャバッティ河のほとりのサーラの林で行き倒れている老人を見つけ、その老人に自分の法衣を着せてさらに逃亡したんです。あとから来た弟子たちはその法衣を見て、それが釈尊だと思いこんだんですね。もう顔は分からないくらい腐乱していましたから。それでその老人を釈尊として甘酒をかけて浄めて荼毘に付して、その骨を仏舎利として崇めているというお話です」
「あのう、そんな話は初めて聞きました。しかも提婆達多が釈尊を殺害したようとしたかどうかには諸説あるようですけど」
悟君は驚いている様子だった。ほかの人たちは皆、話が頭の上を飛んでいてぽかんとしている。
「それで、そのあと釈尊はこの国に来て、やはりイエス様と同じ東北のある山で天寿を全うしたとのことです。これらは全部古史古伝の古文献に基づいてますし、婆様もその情報は正しいようだと言ってます」
しばらくなんとも言えない不思議な空気が、俺たちの間のテーブルの上に漂った。
「あのう、一ついいですか?」
杉本君が手を挙げた。
「どうぞ」
「なぜイエス様といい釈尊といい、みんなこの国に来ているのですか?」
「それはこの国が人類発祥、五色人創造の聖地、霊の元つ国だからです」
皆が一斉に拓也さんを目を見開いて凝視した。
「あのう、人類発祥はアフリカ大陸では?」
チャコが聞く。拓也さんは優しく微笑みながら首を横に振った。
「学術的にはそれが定説になりつつありますけれど、そんなの大迷信です。人類は類人猿が進化し、そして最初に人類となったのがアフリカ大陸だなんて、そんな迷信はこれからの時代では許されなくなっていきますよ」
皆、驚きの表情を隠せないでした。ただ、エーデルさんだけはすでにこの話を拓也さんから聞かされていたのだろうか、黙ってうなずいている。
「そのうち皆さんにはそのことを自分の体験を通して知ってもらうことになると、婆様は言ってましたよ。お楽しみに」
またもや拓也さんはにっこり笑った。
「先生、そろそろ」
マスターが拓也さんに声をかけた。
「ああ、そうですね」
拓也さんはそう答えると、俺たちに言った。
「そろそろ閉店だそうです」
まだ外は明るいであろうそんな時間なのに、この店はずいぶん終わるのが早いようだ。
俺たちは席を立ち、忘れ物がないか点検して店を出た。
(「第4部 前世記憶」につづく)




