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暁の歌、響け世界に3 《天の巻》  作者: John B.Rabitan
第3部 婆様上京 
23/95

3 宗教の無力化

 島村さんが手を挙げた。


「やはりイエス様も信仰上のイエス様と歴史上のイエス様がいらっしゃるということですか?」


「その通りです」


 婆様がうなずくのは実に早かった。


「そして釈尊もイエス様も、歴史上のほうはことごとく抹消されています。これはこのお二方に限らず、モーセなどもです。さらには歴史そのものが抹消されています。皆さんが学校で習った歴史は、本当の人類史から見たらほんの近代史、いえ、現代史かもしれません。わずかに真実を伝える古文献もいくつか残されていますけれど、今のアカデミーはそれらに一様に偽書のレッテルを張って見向きもしません。そのへんは拓也が詳しいし、こちらのエーデルさんも勉強していましたからあとで聞いてみるといいでしょう」


 婆様はエーデルさんを示した。エーデルさんは俺たちに少しだけ軽く頭を下げた。

 さらに島村さんが手を挙げた。


「自分はイエス様がペトロに天国の鍵を預けた時点で、教会はこの世の存在となったと思っていますけれど、それでよろしいでしょうか」


「そういう解釈でも構いません。いずれにせよ教会という組織はこの世の組織となってしまったのです。モーセにしろ釈尊にしろイエス様にしろそういった聖雄聖者が降ろされたということはものすごく意味のあることで、そのことは皆さんがこれから担って立つべき使命とも関係しますので近々詳しくお話ししますけれど、聖雄聖者が直接人々を導いていた時はいいのです。やがてその後継者も代を重ね、元である聖雄聖者、釈尊やイエス様に直接会ったこともない人々で組織されるようになると、仏教もキリスト教も人知の尾びれがついて難解な哲学と化して最初のものとはだいぶ違ったものになってしまった。仏教も特に日本の仏教は、それぞれの宗派の開祖を教祖とする別の宗教と言ってもいいくらいでしょう。その開祖たちは聖雄聖者ではありません。それなのに極端な話、聖雄聖者である釈尊よりもその開祖たちを崇め、信仰してしまっている。そんな人物信仰に成り下がってしまっていますね」


「その通りだと思います」


 悟君も声を挙げた。婆様はそれにニコリとうなずいて、また全員に向けて話を進めた。


「そういった現象は新宗教といわれる部類にも生じてしまうのです。例えば江戸時代の末期にあるかたへの神示によって立教された○○教や○○教、同じく明治になってから神示が下った○○等々に、きたるべき変革は示されていました。みんなその時は役割を与えられ、必要があって降ろされた教団です。でもそれらはみんな死にものとなっています。皆さんはそれを生かさなければなりません。最後の○○等々だけ等々をつけましたのは、○○という一教団だけではなく○○系教団と言われるすべての教団、例えば○○○○教なども含むからです。いずれにせよ伝統宗教も新宗教も、ほとんどの宗教が無力と化しています」


 婆様が言ったいくつかの教団名は、そういった関係に疎い俺には初めて聞くものばかりだった。


「ですから、これから私が、そして皆さんが行う活動は宗教になってはいけないのです。それ以前に、組織となってはいけません。あくまで個人が、個人として一緒に活動するだけです。当然、一万人の志士と申しますが、そこに皆さんがほかの人を勧誘する必要はありません。勧誘などしなくても、因縁の魂はおのずから吹き寄せられます」


「あのう」


 今度は杉本君が手を挙げた。


「僕はそういった宗教とかいうものには疎いんですけど」


 俺と同じだ。


「むしろ世界がこれからどうなっていくのかということの方が気になります」


 婆様はにこりとうなずいた。


「まずはあとで島村さんに見せてもらうといいですけれど、『新約聖書』のマタイによる福音書の二十四章、そしてその重複箇所のルカによる福音書の二十一章を読んでごらんなさい。それと『大方等大集経』の月蔵分の法滅尽品、これは松原さんの分野ですね」


「あ、いえ」


 悟君は慌てて首を横に振った。


「申し訳ありません。そのような経典についてはまだ勉強不足で」


「お父様にお聞きなさい」


 婆様はそう言ってただ笑っていた。そして言った。


「しかし、最近オカルトの方でよく聞く何月何日に何かがあるなどという日付を明示した予言は、信じない方がいいですね。商業主義によるでっち上げか、あるいは低級動物霊の仕業だったりします。いずれにせよ」


 婆様の声が一段と高くなった。


「皆さんがこれからなさる仕事は、そんな現界的な災害や地球温暖化、異常気象、戦争とか、そう言ったものを相手にするのではありません。その根本となるもの、真の原因に関する大仕事、荒仕事になります。ここは一つよろしくお願いします」


 婆様は椅子から立ち上がり、入れ立ちに深々と頭を下げた。俺たちは恐縮して、やはり慌てて立ち上がって皆一斉に頭を下げた。

 しばらくそうしてからみんなそろそろと思って頭を挙げても、婆様はまだ俺たちに頭を深く下げたままだった。俺たちはまた焦って、頭を下げ直すことになった。

 俺はなぜか胸が熱くなるのを感じた。


 ようやくお婆様は頭を挙げてまたいすに座ったので、俺たちも座った。


「これから起ころうとしていることの真因、そしてその正体は私がお話しするよりも、皆さまの魂で見ていただいた方がいいでしょう。しかし今日はここまでとしておきます。皆さんにあまり多くの情報を一度にお伝えすると、皆さんも混乱してしまうでしょう。学生さんが多いようですから、今度は夏休みにぜひ富士の麓の私の家に泊まりがけでいらっしゃい。こんな都会の、人の多いところではなく、静かな自然の中でいろいろと体験したいただきたいので」


「わかりました」


「はい、ぜひそうさせていただきます


「よろしくお願いします」


 そんなことを島村さんを皮切りに杉本君、そして俺の順番で言ったが、ほかのみんなも同じことを口々に言っていた。


 婆様はまた立ち上がって俺たちに頭を下げ、そして奥の部屋に戻って行った。

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