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暁の歌、響け世界に3 《天の巻》  作者: John B.Rabitan
第3部 婆様上京 
21/95

1 五月の連休

 新年度が始まった。

 俺たちの大学の教養学部では、二年次に進級の時点で専修課程を決める。五つある専修課程のうちから、俺もチャコも哲学歴史専修課程の歴史学専攻を選んだ。

 一年生の初めから常に行動を共にしていた佐久間や野口らのグループは皆それぞれ専修が分かれ、顔を合わせること自体少なくなっていた。

 大学ではゴールデンウイークは、四月二十九日の昭和の日から五月五日のこどもの日まで、カレンダーと関係なく七連休となる。

「みんな散らばれ」という感じの連休だけれど、むしろその時期に俺たちは集まることにした。

 実は拓也さんから、ビッグニュースがもたらされたのもそのきっかけだった。

 なんと、婆様がこちらに来るというのだ。

 何をしに来るのか……そんな愚問は、婆様を直接知っている人ならば発するはずはない。

 用事があるから……しかしそれは現界的な、物理的な用事ではあり得ない。ましてや観光などのはずもない。強いていうなら、一人きりの孫である拓也さんに会いに来ること……でも何の用事でかということには思い当たる節もないし、ただ単に孫の顔を見になんていう世間の祖母のような感情でもないはずだ。

 要は、世間一般の人の頭では、全く歩けないわけではないが車いすに頼ることが多い足腰の弱い老人が田舎から都会へと出てくる理由は思いつかないだろう。

 なんで? わからない? 謎だ……それでおしまいだ。

 つまり、婆様の用事はもっと高次元の世界に属するはずだ。

 俺はそう感じたし、婆様の状況を告げた拓也さんにそれを言うと、拓也さんもにっこりと笑った。


「もちろん、それ以外にはないだろう」


 そういうことだ。だが、この時はまだ具体的には、拓也さんは何も話してはくれなかった。


「それでいい機会だし。まだ婆様に会ったことのない君の仲間たちを集められるかい?」


 少し考えて、俺はうなずいた。


 美貴も杉本君も実家暮らしだから旅行とかに行く予定さえなかったら大丈夫だろう。二人はすでに婆様と会っているし、婆様のことを分かっている。バイトがとか言いだしたとしてもそこは何とかするに違いない。


 島村さんはあの並行世界では婆様と会ってはいるが、こちらでは会ったことがないから何とか来てほしい。

 そういえば島村さんもあのバッジを持っているのかどうか確認していないけれど、並行世界では例の部活の部長だったくらいだから、きっと持っていると俺は確信していた。

 こちらの島村さんは俺たちの異世界探訪や並行世界のこと、ひいては婆様の存在もまだ何も知らないだろうけれど、少なくとも婆様については悟君が説明してくれると思う。


 今年大学生になったばかりの美穂とピアノちゃん、そして大翔と新司だが、この四人は並行世界でもこちらでも婆様には会ったことがない。

 でも、例の異世界探訪の時に彼らは天使ケルブから婆様のことは聞かされている。

 今は四人ともこちらの大学に入っているが、まずは帰省の予定が入っていないかどうかが気がかりだ。美穂とピアノちゃんは俺と同郷だから帰省も手軽だけど、大翔たちは長野県だ。帰省を決めないうちに早く連絡した方がいい。


 美貴にはチャコから連絡してもらい、ほかの杉本君や大翔たち、美穂たちには俺が連絡を取った。

 そしてこれを奇跡というのだろうか、五人とも大学のサークルやバイトの関係で帰省の予定はなく、事情を話すとすでに入っている予定も何とかしてくれるという。

 美貴もOKだそうだ。島村さんも大丈夫という連絡が来た。

 婆様は五月に入ってすぐに、いったん拓也さんが帰省して、とんぼ返りに婆様を車に乗せて来るという。そこで五月の二日、平日ではあったが大学生の特権で休みである。島村さんの神学校も休みで、むしろ日曜日は教会でミサがあるので平日の方が都合がいいとのことだった。


 婆様はさすが一人暮らしの拓也さんのアパートに泊まるには、アパートは手狭過ぎるという。

 そこで、近隣のそう高くはないホテルを取ったらしい。そこに身の回りの世話をするため同行する息子の嫁さん、つまり拓也さんのお母さんと二人で泊まる。

 そして悟君が住職である自分の父親に交渉して、悟君の寺に皆が集まることになった。悟君を知り合いの寺に預けていたときに世話になった婆様だということは、父親のご住職もよく知っていて快諾してくれたということだ。

 ご住職は婆様にその寺に泊まって頂いてもいいと言っていたようだが、部屋が和室しかなく、婆様は足腰の関係で畳の上の布団に寝るのは難儀だということで、ベッドのある洋室のホテルにしたようだ。ベッドの方が婆様にとっては楽なのだそうだ。


 当日は快晴で、さわやかな初夏の風が寺のある丘の上に吹いていた。丘といっても建物が密集しているので丘らしくなく、むしろ坂の上といった感じだ。

 今日集まるメンバーにはあらかじめ寺の位置のマップを画像で送ってあり、各自直接この寺を目指してくるように言ってある。

 集合時間は午後二時、婆様はすでに待機している。俺はその時間よりもかなり前に行って、皆で婆様と対面できるよう会場をセッティングした。

 場所は寺の本堂の向こうにある座禅道場で、いつもご住職が檀家に講話するときに使うパイプいすが並べられている。

 なんだかちょっとした婆様の講演会のようだ。


 最初に来たのはチャコと美貴だった。続いて杉本君到着、さらに大翔と新司、美穂とピアノちゃんの順でやってきて二時前には全員揃った。島村さんはすでに早くから来ている。


 今日は俺が思い立って、みんなにあることをお願いしていた。

 それは、例の楯と太陽のバッジを、見えるところにつけてきてほしいということだ。

 果たして、全員が一様にバッジをつけて現れた。

 やはり島村さんもバッジを持っていた。そして婆様の世話のために来ている拓也のお母さんも、きちんとバッジをもらっていたのだ。


 皆が用意されたいすに座って婆様を待っている間、ものすごいパワーがこの会場に降り注がれているのを、さしたる異能もない俺でさえ感じていた。

 もちろんエーデルさんもバッジを胸に同席していた。

 婆さんがお出ましだ。あの樹海の中の村の婆様の実家以外の場所で婆様を見るのなんとも不思議な状況だった。

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