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暁の歌、響け世界に3 《天の巻》  作者: John B.Rabitan
第2部 因縁の魂
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1 拓也さん

 一年に一度、ほんの一週間程度の短い期間だけその枝に多くの花をつけるためにだけ桜の木は植えられているとしか思えない。

 夏は多くの毛虫が湧き、秋はその落葉で道路を覆って掃除をする人の負担を増やす。

 それでも古来この木が愛でられるのは、ほんの一週間のためだけなのだ。

 その短い一週間に花のトンネルのような道を、俺はチャコとともに歩いていた。

 別に花見デートなんてわけではない。

 これからある人を訪ねて行く。

 空はよく晴れていた。

 バックの空が青いと、桜は余計にきれいに見える。

 そんな桜の並木越しの青空には、至近距離でデーンと赤いテレビ塔がそびえている。ごちゃごちゃとした下町にそびえる新しい塔よりも、古いけれど山の手の気品ある丘の上に立つこの鉄骨の塔の方が俺は好きだ。


「確かに景色はきれいだけど、なんかこの塔って妖気が漂っている感じがするのよね」


 ぽつんとチャコが言う。今までだったら気のせいだよと笑うところだけれど去年の学祭の、普通の人では決して体験できないことを俺たちが体験して以来、チャコの中で特殊な能力が開花したようなのだ。


「見える?」


「ううん、感じるだけだけど。この塔には邪気のある存在がいっぱい憑いてる」


 普通の人には見えないものが見える、そんな能力をどうもチャコは手に入れたらしい。「らしい」というのは、そのことを聞いてもチャコははっきりと言ってくれないのだ。でも、時々ぽろっと「何かいる」みたいなことを口走る。

 そんな話を聞きながら、俺は不意に普通なら夢だったということになるけど、でも決して夢ではなかったと確信できるあの目撃した不思議な出来事のことを思い出していた。

 ただ、あれが何だったのか自分の中でも結論が出ていないだけに、まだチャコにも言わずにいた。

 今日は、俺たちはあのテレビ塔のところへは行かない。

 結構車が通る桜並木の坂を上って、テレビ塔の手前の信号を左に折れる道に入る。

 俺がスマホのマップで確認しながら、目的地である三階建てのアパートを俺は見つけた。俺が住んでいる木造のアパートとは違い鉄筋コンクリートだ。

 すでに昨日の夜に聞いていた住所で検索して、Gaogleマップのストリートビューで見て見当はつけてあった。


 俺とチャコはその二階への外階段を昇って、最初の部屋の表札を確認してからチャイムを押した。


「はーい」


 男性の声がして、すぐにドアは開いた。


「山下さんと朝倉さんですね」


「はい」


 その男性と俺たちは初対面だけど、俺たちが今日訪ねるアポは当然取ってある。


「散らかってますけど、どうぞ」


「おじゃまします」


 散らかっているとは言うけれど、さすがに大人の部屋だけあって小ぎれいで落ち着いた感じだった。大人とはいっても、まだ二十代だろうけど。


「どうぞ、適当に座ってください」


 俺とチャコは部屋の真ん中にあるこたつにつく形で畳の上に座った。今は電源も入っていないし、布団もかぶせていない。つまりは、ただの座卓だ。


「桜、きれいだったでしょ」


 彼は気さくに笑ってそう言いながら、俺たちに茶を入れてくれた。そして俺たちの向かいに座った。


「今年は桜が早いですよね。まだ三月なのに。普通は四月の第一週か第二週くらいが満開なのにな」


 そんなことを言う彼の顔を見て、俺は思わず「あっ!」と叫びそうになるのを必死でこらえた。

 もうかなり記憶も薄れているけれど、去年の秋の学祭の時に見せられた並行世界パラレルワールドでの記憶をなんとか手繰り寄せると……


 あのキャンプ合宿にいた、自分の知らない三人の男性のうちの一人だ。


「どうかしました?」


 俺の挙動不審さに彼は聞いてくるので、俺は愛想笑いを浮かべた。


「いえ、だいじょうぶです」


 平然を装っていたけれど、俺の内心は驚きでいっぱいだった。

 ところが俺の隣で、チャコも一瞬驚いた顔をしていた。チャコもまた、既視感を覚えていたのだろう。

 初対面のはずなんだけど、なんかどこかで会ったことがある……俺が大学に入ったばかりで初めてチャコに会った時と同じように……。

 普通だったら「不思議」のひとことでかたづけられてしまう現象だけど、今の俺たちにはその理由はもうわかっている。

 だからチャコも、そのとは何食わぬ顔で、茫然としている俺に代わって言ってくれた。


「あのう、私たち。先月、樹海の中の村に行ってきたんです」


「そうですってね。それで婆様から電話があって、はるばる訪ねてきてくれた若者たちに、僕に会うように言っておいたからそのうち来るよって」


 はるばるというのは大げさかもしれないけれど、今目の前にいるのがその婆様のお孫さんで、高校の教師をやっているというその人だ。

 実際は二月に婆様のところへ行ってきてからすぐに来たかったのだが、二月は入試事務で忙しいので春休みになってからと言われて今日になった。


「あのう、青木先生」


 俺が言うと彼は笑った。


「いや、たしかに教員やってるけれど、あなた方は別に僕の生徒でも何でもないのだから、名前で呼んでください。名前は」


「はい。拓也さんですよね。婆様からお聞きしています」


 俺的には青木先生と呼んだ方がしっくりくる。その方が呼び慣れているという感覚があった。でも、あくまでこの世界では初対面なのだ。


「で、婆様からはどこまで話を聞いたのですか?」


 拓也さんも婆様から、俺たちのことをどこまで聞いているのかわからない。音声の電話で聞いただけでは限界もあろう。


 俺はゆっくりと話し始めた。

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