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暁の歌、響け世界に3 《天の巻》  作者: John B.Rabitan
第1部 壮大な戯曲
11/95

11 炒り豆に花

 出発の体制は整った。

 だが、天帝はしばし待てとの勅命を下し、数名の護衛とともにカギリミの世界へと降臨し、その皇太子テーロ将軍の分魂の入った万国棟梁スメラミコトの王都の近くの山の上に坐した。

 ここからは緑豊かな大地が広がって見える。

 さすがに球体もここまで降れば広々とした大地に見えるが、ハセリミの世界に比べてミニチュアの世界である。人々も地表にうごめく塵のようだが、こちらが小さくなれば等身大になることもできる。

 だがこの時天帝はあえてここの人々にとっては天を突くような高い一山ひとやまに腰掛けるくらいの大きさのまま、万国棟梁スメラミコトを呼んだ。

 宮殿より彼はすぐに出てきて、また多くの民衆も集まってきた。彼らには天帝の姿は見えていない。声が聞こえるだけだ。


 人類の肉体は小さい。でもその魂は自分たちの分魂である。しかも自らが苦心を重ね、すべての愛情を注ぎこんで創造し、はぐくんできた人類……その人類ともしばしのお別れである。


「全人類よ。我われはしばらくこの地より隠れる。これからは直接我われの声を聴くこともできなくなる。汝ら、自ら創意工夫し、この世界を盛り立てよ」


 人々は驚きのあまり泣き叫んだ。これまではハセリミの者たちはこのようにカギリミの人類に声を聴かせ、直接人類を教え導いてきた。今後はそれもできなくなる。人類は霊力はほとんどないけれど、物質を開発し、それを運用する能力はハセリミの者たちにはない力である。すでにそれを与えている。

 あとはこれからはどうやって物質を開発するか、傍観するしかない。

 自在の世であるから、物欲、支配欲、権勢欲による競争が生じるのも致し方ない。それによって物質開発をさせるのがそもそもの自在の世の意味である。ハセリミの者たちにも、だから今後はカギリミの人類への一切の手出しを禁じた。


 天帝はもう一度人類を涙とともに見渡した、天帝を守るはずの護衛の者たちまで、いっしょになって大泣きに泣いている。

 だがいつまでもそういているわけにもいかず、天帝は龍体と化してハセリミの世界へと昇って行った。人々の集団はいつまでも、涙とともにそんな天帝を伏し拝んでいた。


 ==========================

 

 すでに隠遁の旅に出発するための陣営は出来上がっていて、あとは天帝がカギリミの世界から戻るのを待っていたところだった。


 最後にもう一度、天帝は玉座に行った。今はもう誰もいない。

 すると、その御前に孫娘のオラドゥーラ姫が畏まっているのが見えた。


「オルドゥーラ、どうしたのだ? もう出発だぞ」


「陛下、今回のことは私の身が招いた不祥事でございます」


「何を言う。そなたは被害者であると、そなたの父のユラリー宰相も申していたではないか」


「いいえ。せめてものお詫びを申し上げねばなりません。申し上げるだけではなく、お詫びの印として」


 姫は立ち上がった。みるみる姫の体から光が放たれ、それが収まったときには姫の姿は若い男へと変わっていった。


「これからは、男となって生きてまいります。これからは名もオラヴェンコと名乗ります」


「なんと」


 天帝がどう言葉を返していいか戸惑っている時に、オラドゥーラ姫だった若者オラヴェンコのそばに、さっと現れた娘がいた。


「バーナ!」


「なんとおいたわしい。ハセリミ一の美女がこれでいなくなってしまうのですか」


「そんなことより」


 オラヴェンコは低い声で言った。


「そなたはともに行かぬのか?」


「私は行かれません」


 バーナはあえて自分の想念がオラヴェンコに筒抜けになるようにした。オラヴェンコは衝撃のあまり、そこにうずくまってしまった。

 今まではいちばんの仲良しであり、遊び仲間であると思っていたバーナ。それがその実、今回の騒動を巻き起こした当事者のモントサムーラ姫の分魂で、ほとんど反逆に近い形となっている水の眷属だったことをオラヴェンコは知った。かつて自分に仲の良いふりをして近づいてきていたのも、自分とシーロンのことを監視し、モントサムーラ姫に報告するためだったのだ。


「バーナ。そなたがカガリミの世界に昇り、賢者様に私のことをあれこれ告げ口したのだよな」


 玉座から天帝が声をかけた。バーナは天帝の方を向いて畏まった。


「私は陛下があまりにも厳格で、それゆえ皆が委縮して発展の阻害になっていることを申し上げたまでです」


「知っておる」


 天帝は怒っている様子はなかった。


「一つ聞いておきたいのだが、なぜ賢者様にそのことを申し上げる前に、わたしに直接は言ってくれなんだのか」


「畏れながら陛下は頑迷固陋、諸臣の建言には一切お耳をお貸しにならないお方。そのような陛下に何を申し上げても、聞いてはくださらないでしょう。でも、その正義一徹では世界の進歩はございません。やむなく、賢者様に訴え申し上げました」


 無邪気に自分と遊んでいるその姿しか知らないオラヴェンコは、驚いてその隣でバーナの横顔を見ていた。それはもはや、敵の大物なのだ。


わたしは賢者様のご命令だから隠遁するが、そなたたちの統治もいつかは行き詰る日が来よう。その時に、わたしは必ず戻ってくる。それはいつの日になろうかは知らぬが」


「いいえ、わかっております。それは炒り豆に花の咲く頃でしょう」


 それを聞いて、天帝は高らかに笑った。


「うまいことを言うなあ。炒った豆は地にまいて水をやろうとも永遠に芽は出ないし茎も伸びず、葉もつけず、花を咲かせることもないだろう。だが覚えておくがよい。炒り豆に花が咲く世も来るのだ。そなたはそなたのあるじ、モントサムーラの元に帰るがよい」


 天帝にはすべてがお見通しであった。

 バーナは畏まって一礼すると立ち上がり、たちまち背中の白くて大きな羽を広げてさっと飛びたって行った。

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