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呪想幻談  作者: へんさ34
起想
7/21

反転攻勢

「ただいまー」


「おかえり。もうすぐご飯じゃぞー」


 奥の方から老人の声がする。


 彼には申し訳ないが、事情を説明するわけにもいかない。とりあえず道場へ行き、床の間の刀を手に取って玄関から走り出る。




 白羽さんには委員長の攻撃が効かなかった。おそらく委員長は、逃げつつ僕との合流を図るだろう。


 ありったけの呪力を込め、身体強化を行う。僕はいつもの集合場所へ向かって全速力で走る。


 空気が冷たい。左手に握った立椿は薄らぼんやりと紫に光っている。


 ゆっくりと闇に沈む街は不気味なほど静かで、道は人っ子一人歩いていない。息は吐くたびに白くなる。




 公園へ着くと委員長がベンチに座り込んでいた。左腕を押さえている。


 制服の左腕はどす黒く染まり、ダランと垂らした腕の先からはポタポタと血が滴っている。


「その怪我……」


「大丈夫よ、治療したから」


 被せるように答える。あくまで気丈に振る舞っているものの、あの怪我とこの寒さでは戦うことはおろか、歩くことすら難しいのではないだろうか。


「とりあえず一度病院へ行こう。肩を貸すから」


 そう言って近づこうとしたそのとき。


「おい、雄哉。こんな時間に勝手に出歩くな。せめて儂に一声かけてから行きなさいと言ったじゃろ」


 背後からの声。振り返ると老人が立っていた。いつもの笑顔。目の前に血まみれの女子高生がいるというのに、その笑顔はあまりにもいつも通りすぎた。


 なぜ彼がここに?先程まで家にいたはずでは?全速力で走る僕を追いかけてきたのか?


 いずれにせよ、人手が増えたのはありがたい。


「すみませんおじいさん。ちょっと色々ありまして……それより、彼女を病院へ連れて行くのを手伝ってくれませんか? 」


 老人は相変わらずニコニコとしたまま立っている。


「何を言ってるんじゃ。君は家へ帰らねばならないんじゃよ」


「いや、だから彼女を……!」


「無駄よ、二瀬くん」


 委員長はゆっくりと立ち上がり、薙刀を構える。


「彼はあなたのお爺さんじゃない。言ったでしょ? この街の呪術師は二人だけだって。あなたの一族は代々呪術師だったことも教えたはずよ」


 そうだ。なぜこんな簡単なことに気付かなかったのだろう。心の中で感じていた違和感。それに間違いはなかった。


 彼はただの老人であって、僕らの味方ではない。


「わたしが思うに、彼と白羽さんがあなたの記憶を制限し、感情を消したのよ。そしてあなたを操り、立ち椿を手に入れようとした。立ち椿は『何でも斬れる』という格別な能力を持つ。使い手のあなたは武器として有用性が高いから、支配下に置こうと画策してたのよ」


 老人はハッハッハ、と高らかに笑う。


「ばれてはしかたないのお。生かしておくのはあまりに危険じゃ」


 彼は右腕を振り上げる。


 彼の頭上に赤く光る無数のナイフが現れる。


「それっ!」


 かけ声と共に腕を振り下ろす。一直線に降りかかってくる。


 立ち椿を抜き放ち、全て打ち落とす。


「まだまだぁ!」


 老人が叫ぶ。


 大量のナイフの追撃。一撃は軽いが、あまりに数が多い。


 間合いに入れば勝てる。が、それにはあと10歩ほど離れている。


「らちがあかないのぉ……なら、これでどうじゃ」


 一際大きなナイフが空を切ってこちらへ飛んでくる。


 少し力を込めて弾く。少しだけ刀に反動がくる。


 刹那、弾いたナイフの奥にもう一本、小さなナイフがあることに気付く。


「しまっ……!」


 咄嗟に身体をひねる。




 ザシュッ




 生々しい音と共に、腹部にナイフが突き刺さる。


 焼けるような痛み。


 思わず呻き、うずくまる。


 老人は、あからさまなため息をついた。


「弱いのお。あれだけ儂らを斬り捨てた立ち椿の使い手が、今はこのザマ。ここまで堕ちたとなると逆に悲しいわい」


 委員長がフラフラと歩み出る。


「まだ私がいるんだけど? 」


「その失血量で戦えるのかね」


 老人はゆっくりと近寄ってくる。


「上に報告せにゃならんし、首はきっちりもらっていくぞ」


 傷口から溢れた血が土を濡らす。あぁ、寒い。柄を握る手に力が入らない。


 僕は、ここで死ぬのだろうか。訳の分からないまま、記憶も感情も知らぬままに消えていくのか。


「いやだ……」


 そんなのはごめんだ。


 白羽さんが何者かは知らない。だが、彼女が1年の間に僕にしてくれたことは消えたわけじゃない。


 委員長だってそうだ。仇討ちの約束をした。色々と教えて貰った。


 まだ、何一つ返せていない。


 何も無い僕に、何かをくれた彼女たちに。




 ドシュッ




 肉塊を大きく切り裂く音。


「ユウ君を傷つける者は、何人たりとも許しません」


 聞き慣れた声。いつも、おはようございます、と言って笑いかけてくれる声。


 老人が目を見開いて倒れる。腹部には大きな穴。そのまま身体が塵となって消えた。


「ユウくん、痛かったでしょう。今すぐ治してあげますね」


 駆け寄ってくる。


「待ちなさい! 」


 委員長が立ちはだかり、切っ先を向ける。


「あなたは何が目的なの? 彼を助けたり、記憶を消そうとしたり。あげくに仲間の死人を消したりして。再び彼の記憶を消そうとするなら、私はあなたと戦う。雪姫さん」


 毅然と言い放つ。が、手足は震え、立っているのがやっとに見える。


 白羽さんは動揺し、立ち止まる。


「あなたは『死人より高次の存在』と言った。それは、屍かばねしか有り得ない。この土地に古くから伝わる有名な屍と言えば、御影山の伝説の雪姫しかいないもの」


 御影山の伝説。愛に生き、愛に囚われた呪いの姫の伝説。


「ええ、そうね。わたしは雪姫。700年間彼を待ち続けた。でも一年前のあの日、わたしはついに見つけた。大虐殺のさなか、たった一人で死人を斬りつづけるユウ君を。最初は見間違いかと思ったわ。あまりにそっくりだったから。まぁ、本当は赤の他人なんだけど」


 そう言うと、彼女は扇子でピッと僕を指す。


 傷口が紫色に光り、ゆっくりと塞がっていった。痛みももう無い。


 僕はゆっくりと立ち上がった。


「わたしは死人たちから彼を救い、指揮している屍と掛け合った。彼を助けられないかどうか。そして、彼の記憶の一切を制限すること、監視員として一人の死人を同棲させることを条件に見逃してもらうことができた」


 委員長は、ハッ、っと嘲う。


「なによ。結局顔が似てる死んだ旦那の代わりに、慰み物の人形にしてるだけじゃない」


 白羽さんはフッ、と笑った。


「ええ、最初はそうだった。死んだ彼の代役。でも一緒に過ごすうちに、一生懸命わたしの気持ちに応えてくれるユウくん自身を愛するようになっていったわ。わたしは二度と愛する人を失いたくない。それだけよ」


 そう委員長へ言い放つと、こちらへ向き直って語りかけてきた。


「ユウくん、もう一度元の生活に戻りましょう。記憶は無くなってしまうけれど、あなたが危険な目に遭うことは絶対に無いんです。貴方は、戦う必要はない」


 彼女は優しく微笑んでいる。その微笑みは、嘘偽り無く彼女が僕を愛していることが伝わってきた。


「そうやって囲い込んで、過剰に保護して飼い殺すつもり? それが二瀬くんにとって幸せなはず無いでしょう」


 委員長はあくまで武器を構え続ける。


「これはわたしたち二人の問題です。あなたは口を挟まないでください」


「わたしは彼の友達よ。わたしはそんなの間違ってると思う。だから、筋を通す。目の前で彼が飼い殺されるのを黙って見てるほど薄情じゃないわ」


「……あんまりお節介が過ぎると、あなたも殺しますよ。わたしは、ユウくんに聞いているんです」


 二人はこちらを見る。


「僕は……」


 一杯に息を吸い込み、力強く語りかける。


「僕は、白羽さんの気持ちに応えたい。そのためには感情を取り戻さなくちゃいけない。今までの毎日も悪くなかったけれど、やっぱり今のままじゃダメなんだ。だから、記憶を返して欲しい。


 それに、僕は委員長と仇討ちの約束をした。そのためにも、僕は刀をとって戦うよ」


 白羽さんは、小さくため息をつく。


「……わかりました。貴方がそう言うなら仕方ありません。ですが」


 今まで見たことも無いような厳しい表情でこちらを見る。


「今日、あなたは日本中の屍と死人を敵に回したと思ってください。貴方の記憶が戻ったことが知れ渡れば、必ず攻め入ってきます。辛く長い戦いになるでしょう。それでも。絶対に死なないと誓ってください」




 正直、わからないことだらけだ。何をどうすればいいか。死人とは、屍とは何か。立ち椿がそこまで重視される理由は何なのか。


 そもそも、僕は何者なのか。




 でも、一つだけわかること。


 白羽さんは間違いなく僕を愛してくれている。そして、僕はその気持ちに応えたい。





「わかった、約束する」


 僕は、力強くうなずいた。

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