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呪想幻談  作者: へんさ34
起想
4/21

違和感の正体

「おはようございます、ユウくん」


「あぁ、おはよう」


 いつも通り、白羽さんは笑顔で門の前に立っている。


 しかし、その笑顔はいつもと僅かに異なる。


 幸せそうでなく、むしろ何かを探るような目。


 心なしか、冷たい空気がより厳しく肌を刺してくる。


「ユウくん。昨晩、なにかありましたか?」


 彼女はあくまで笑顔を絶やさない。


 冬の朝の空気は張り詰めている。


「いや、特に何も。いつも通りかな」


 極力平静を保つよう努める。


「そうですか」


 彼女はチラッと訝しげにこちらを見たが、特に何も言わなかった。


「そうだ。ちょっと放課後に用事があるから、今日は一緒に帰れない。ごめんな」


 表情を伺う。


「わかりました」


 彼女はそれだけ言うと、再び黙ってしまった。


 あくまで笑顔は絶やさない。


 おかしいな。もう少しリアクションがあると思っていた。


 ただ、ついてくるとか言われるよりずっと都合が良いので、これ以上この話をするのはやめようと思った。







「さて。どこから話したらいいのかしら?」


 部室棟の一番奥、狭くてかび臭い部屋に、僕と委員長は向かい合って座っていた。


 壁際には本棚が並び、所狭しと本が並べられている。ほとんどの本は日焼けしており、相当な年数が経っていることがわかる。


 ストーブもエアコンも無いこの部屋は、冬を実感するには充分な気温だ。彼女がなぜ平然としていられるのか不思議でならない。


 彼女のそばには例の薙刀が立てかけてあり、刃が鈍く光っている。あれも、今触ったら手に滲みるんだろうなぁ。


「さぁ……なにしろ自分が何者なのかすらあやふやだから。まず、委員長が何者なのかと、昨日の出来事は何だったかを説明してくれるとありがたい」


 委員長は小さく咳払いをすると、語り出す。


「まず、私達は呪術師と名乗っているわ。『呪力』と呼ばれる、人の生命力と意志の力を併せた力を使って怪異から人々を守るのが役割。


 そして、あなたが昨日出会ったのは霊ね。人が死に際に残した『死にたくない』という意志が、呪力の塊となって彷徨っているものよ」


 それで叫び声は『シニタクナイ』と言っていたのか。


「今度は私から質問。あなたの家に武器はない? 特徴的な装飾や気配のするやつ」


 パッと床の間の刀が思い浮かぶ。あれは白鞘だ。


「あるな。柄と鞘は白木が剥き出しで椿の紋様が彫り込まれているやつ」


 彼女は少し目を見開き、うつむいて何やらブツブツと呟き始めた。


 二瀬、タチツバキ、名家、その他よくわからない単語が聞き取れる。


 彼女は一通りつぶやき終え、ゆっくりと顔をあげる。


 真剣な顔で、彼女はゆっくりと僕に告げる。


「たぶん間違いない。あなたは名刀立ち椿の使い手。大虐殺の生き残りでれっきとした呪術師よ」


「……すまない、話についていけないんだが」


「ごめんなさい、一つずつ説明するわ」


 そう言うと彼女は深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。


「まず大虐殺っていうのは、一年前に『死人』によってこの街の呪術師が同時多発的に殺害された事件のことよ。たまたま街を離れていた私以外、皆殺しにされた。


 後に呪術師連合の連中が調査したのだけれど、何も手がかり無し。連合は私にこの街の管理権を譲渡しただけで帰っていったわ。事実上の放棄ね」


 一年前。それはちょうど僕が記憶を失った時季と重なる。


「で、二つ目は刀ね。これは私も噂で聞いただけなんだけれど……


 二瀬家には何代かに一度、白鞘の刀の使い手が出ることで有名でね。その刀っていうのが、錆びもせず刃こぼれもしない。おまけに呪力を込めれば文字通りな・ん・で・も・斬れるとか。


 で、次期当主は立ち椿の使い手じゃないかって噂が流れてたことがあったのよ」


 あの刀、紫に光ったり手入れしてないのに埃一つついてなかったりと前からヘンだとは思っていたが、そんな刀だったとは想像だにしていなかった。


「そこまで有名な一族なら、なんで僕のこと知らなかったんだよ」


「顔見たこと無かったし……でも、万が一を考えてあなたのことはキチンとマークしてた。だから一切接点が無いあなたの名前も普通に知ってたのよ」


 突然、委員長は居住まいを糺す。


「それで、おねがいがあるの。


 私と協力して大虐殺の真相を追って欲しい。呪術師だった私の両親も殺された。今、この街に呪術師は私とあなたの二人しかいない。殺された皆の無念を晴らすためにも、どうかお願い」


 彼女はまっすぐに僕を見つめながら話終えると、頭を下げた。





 ここで断れば、僕は日常に戻れる。白羽さんに愛され、愉快なクラスメートに囲まれてややこしい事など考えずに生きていく。




 でも。


 それなら、無くした記憶は?感情は?






 目の前に手がかりが落ちている。おそらく最初で最後の小さな光。


 漠然とした、ぬるま湯のような日々に終止符を打つ、パンドラの箱。






 僕も彼女に応えるべく居住まいをただし、ゆっくりと口を開く――――

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