表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/10

覚醒

 ブラック・ドッグがいる洞窟前は、森が途切れ岩場になっていた。

 

 崖に空いた洞窟の周囲には、大小の岩が点在している。



 「あまりいい場所じゃないな。ブラック・ドッグが高低差で責めてくるよ」

 ニアンが顔をしかめる。


 「まあ、入り口に陣取って相手をすればいいじゃない」

 「脇を抜けたのは、シーアとトラとニアンで頼むね」

 キースとヤンドラが楽観的に、そう言った。


 「それしかないね。じゃあ2・1・2だ」

 シーアが決定する。




 森から抜け、全員が洞窟の入り口にむかって走る。


 ブラック・ドッグはまだ出てきていない。

 キースとヤンドラが洞窟前に着いた。


 20メートル離れて、シーアが待機。


 自分とニアンはさらに20メートル離れて全員を見守る。




 キースが叫ぶ。

 虎人族の咆哮は、洞窟内に反響し、怒り狂ったブラック・ドッグたちが飛び出してくる。


 それをキースとヤンドラが、大剣で次々に切り伏せていく。

 脇に一頭抜けたが、シーアが華麗に短剣を突き立てて殺した。



 状況は安定していた。

 前衛の二人に回復魔法をかけるために、たびたびニアンが前に出る。

 自分はその護衛としてついていく。



 20分も経過しないうちに、群は概ね討伐したように思えた。



 「じゃあ、小休止のあと、一応洞窟の中を確認しよう」

 シーアが決めた。


 「まあ、あたしの咆哮を聞いて出てこない奴はいないと思うけどね」

 キースの虎人族の咆哮は、敵を興奮状態にする。

 

 「だから念のためだ。後でギルドから難癖つけられたくないからね」

 「りょーかい!」


 30分、警戒しながら休憩し、携帯食料を少し口にし、水を飲んだ。

 キースがかすり傷を負ったので、それも治療する。



 「じゃあ、仕上げといきますか!」

 明るくキースが言い、同じ陣形を縮めた形で洞窟を進む。




 「やっぱり、気配はないね」

 獣人族は嗅覚が敏感だ。




 「ちょっと待って。奥に何かいる!」

 小声でキースが言う。


 全員が武器を構える。


 地面に響くような足音がし、それは次第に間隔を縮めてくる。


 「まずい、どこかに隠れて」

 シーアが指示する。


 みんな岩陰などに身を潜めた。


 ニアンが魔法で光源を出した。


 全員が驚愕した。

 




 「クラスA」のレッドキマイラだった。


 三つの首を持つ、8メートルもの巨体。

 獅子の首の一つが、シーアの隠れた岩を襲う。

 岩が粉砕し、そのままシーアは洞窟の壁に押し付けられた。


 咄嗟に飛び出し、首にナイフで切りつけた。

 そうしながら、シーアの状態を見る。

 胸が潰された。

 多分、肋骨が内臓に突き刺さっている。

 シーアの口から鮮血が毀れた。



 ナイフは通ったが、刃渡りが足りない。

 首はもの凄いスピードでこちらを振り向き、庇った左手が喰われた。



 

 レッドキマイラは首を上に移動し、左腕を咀嚼していた。

 そのたびに、バキバキと骨が砕かれる音が聞こえた。


 激痛を感じているが、そのまま右手でナイフを構えている。


 「トラ! 下がれ! こっちへ早く来い!」

 ニアンさんが必死に叫んでいるのが聞こえる。


 「ダメです! ここは僕が食い止めますから、どうか早くシーアさんを連れて逃げてください!」

 「バカを言うな! お前も早く来い!」

 「早くしてください! お願いです! 間に合わなくなる!」


 ニアンさんが言っていることは正しい。

 自分がいても、レッドキマイラを倒すことはできない。


 冒険者の正しい判断は、気を喪ったシーアさんを置いて逃げることだ。


 それだけは出来ない。


 決めている。

 シーアさんと、『黄金の乙女』はなんとしても助けるのだ。

 なんとしても。


 


 キマイラは腕を食べている間、動かなかった。

 ヤンドラがシーアを肩に担いで後ろへ下がった。

 その一瞬、目が合い、お互いに頷いた。


 「ばかやろー! 必ず助けを呼んでくるからな! それまで絶対に生きろ!」

 

 「ニアン、トラちゃんは!」

 「キース、行くぞ! トラは覚悟を決めてる! それを無駄にするな!」

 戸惑っているキースに、ニアンが喝を入れてくれた。



 後ろを、走り去る足音が聞こえた。


 「ありがとう」


 誰も聞く者はいない。




 レッドキマイラの脇を通り、奥へと走る。

 気付かなかったが、右脚の腿も切り裂かれていた。

 首を振ったときに、牙が触れたのだろう。


 痛みを感じない。

 血を流し過ぎた代償だ。

 意識を喪う前に、もっと引きつけなくてはならない。



 シーアさんさえ助かってくれればそれで良かった。

 自分が食べられる時間を稼げば、シーアさんは治療師の手で助かるだろう。




 自分などに優しくしてくれた『黄金の乙女』の人たち。

 憧れのシーアさんを助けられる幸福。


 死は怖くなかった。






 レッドキマイラが自分を追ってくる。


 流れ出た血が、追跡を導く。


 意識が薄れてきた。

 どこかに隠れなければ。

 探す間の時間がそれで稼げる。

 できれば、一片に喰われるのではなく、少しずつがいい。

 時間がそれで稼げる。










 頭の中に、何かが流れ込んでくる感覚があった。


 量子、反物質、光子、ニュートリノ、様々な概念と数式。


 (数式?)


 自分の身体が急速に拡大した感覚。

 そして何かと繋がった感覚。


 巨大な龍が自分の尾を呑んでいる。


 左足が吹き飛んだ。


 レッドキマイラが噛み千切っていた。


 逃げられないようにし、メインのはらわたを最後に喰らうつもり。



 俺は右手を前に突き出し、呟いた。




 「螺旋」



 レッドキマイラの上半身が消し飛び、それを見て満足して意識が跳んだ。











 ああ、これでシーアさんは助かる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ