『黄金の乙女』
物心がついたとき、父と母、そして自分の三人で暮らしていることは分かっていた。
しかし、その三人しかおらず、どうして自分たちがここにいるのかは分かっていなかった。
ただ毎日食事をし、遊んで、眠り、と繰り返すだけの日々。
ぼんやりと覚えているのは、父が逞しい男だったこと。
母が美しく、優しい女性だったこと。
二人から叱られた覚えも無い。
ただ、優しく話しかけられ、甘え、抱きしめられた。
それだけの日々だった。
しかし、その日々は唐突に終わる。
目が覚めると両親はおらず、探しに外に出ると、見知らぬ獣がいた。
今思えば、獣人だったのかもしれない。
「二人は死んだ」
獣はそれだけを言い、獣に運ばれて、アーデルハイドに連れられた。
何も分からなかった。
「死んだ」という意味すら知らなかった。
その言葉だけが、自分の中に定着した。
後に、いやというほど、その意味は分かった。
獣はアーデルハイドには入らず、防護壁が見えるあたりで去って行った。
孤児として街の施設へ入れられた。
そこではろくに食べ物も与えられず、一年の間に何人も子どもが死んだ。
8歳になり、施設を追い出される。
「冒険者にでもなりなさい」
施設の男は冒険者ギルドに連れて行き、登録された。
その時に着ていた服。
ギルドで支給された小さなナイフ。
それだけが持ち物だった。
その日から、採集の依頼をもらい、自分で稼がなければならなくなった。
何も考えることはなかった。
ひたすらに生きるためにすることだけがあった。
ある日、冒険者ギルドに行くと、後から4人の獣人の女性たちが入ってきた。
恐らく、パーティのメンバーなのだろう。
そのくらいの知識はついていた。
そして、その中の一人から、目が離せなくなる。
ずっと見詰めているので、4人も気付いたようだった。
その中の一人が、笑いかけ、手を振ってくれた。
反応せずに見詰めている。
「何か御用かな? 坊や」
見詰めている。
「あ、この子、シーアをずっと見てるんじゃない?」
シーアと呼ばれた、美しい黒豹族の女性が見返してくる。
「何かあたしに用か?」
見詰めていた女性がそう問いかけた。
「おい! 何か言ったらどうだ」
「シーアやめなよ、まだ子どもじゃない」
「あの」
「だから何だ!」
「とてもキレイだったので」
「はぁ?」
他の三人が一気に笑った。
「あー、おかしい! シーア、あんたに一目惚れだってさ!」
「あのシーラに男? 笑っちゃうじゃない」
もう一人の女性も笑っている。
「一体何の冗談だ! 子どもだからってからかうと承知しないよ」
シーアは顔を赤くして怒っている。
「すいませんでした」
立ち去ろうとすると、虎人族の女性に手を掴まれた。
「ちょっと待ちなよ。君はお腹が空いてるんじゃないか?」
「おい、キース!」
「シーア、いいじゃない。あんたに惚れる男なんて他にいないよ?」
「お前、何言ってんだ」
「ねえ、昨日は大物仕留めてさ。あたしたち結構裕福でしょ? 今日くらいは仕事を休んでのんびりしようよ」
「そんなの」
「あ、私もさんせー」
「そうね。休むのも大事よね」
「お前ら!」
三対一で押し切られ、シーアは顔に手を当てて、「分かったよ」と言った。
そのまま外に連れ出され、近くの食堂に入る。
何も言えないまま、食事をご馳走になった。
「ねえ、名前を教えて!」
キースという、最初に話しかけてくれた虎人族の女性が聞く。
「トラティーヤ・ブライトリング」
「へぇー、じゃあトラちゃんだね!」
「あ、あたしはヤンドラ。キースと同じ虎人族ね。よろしく、トラちゃん!」
「私はニアン。熊人族だ。よろしく」
「それでこっちの君の大好きな女はシーア。ほら、挨拶しなさいよ」
「ああ、シーアだ。よろしくな」
シーアは照れているが、自分を嫌っているわけではなさそうだった。
「あの、僕はお金がなくて」
「あ、いーのよ! 私たちのおごり! うちのパーティ、ああ『黄金の乙女』というのね。昨日アース・ボアを討伐したから、今はお金が一杯あるの。だから遠慮しないでね」
「ありがとうございます」
「あ、この子まだずっとシーアを見てるよ!」
三人が笑い、シーアは俯いた。
その日は四人が採集の依頼を手伝ってくれ、今までで一番の稼ぎになった。
お金を分配しようとすると、四人はいらないと言い、全部くれた。
それから、時々一緒に依頼をこなすようになり、徐々に『黄金の乙女』と行動することが増えていった。
二人の虎人族のキースとヤンドラが前衛。
素早さが優れているシーアが中衛。
少し攻撃魔法と回復魔法が使えるニアンが後衛。
バランスの良い、中堅のパーティだった。
それに攻撃魔法とナイフを扱う自分が加わると、戦略に若干のバリエーションができた。
パーティは基本的にメンバーで行動するが、依頼内容によっては他のフリーの人間を雇うこともある。
自分よりも有能な人間が雇えるのに、自分を使ってもらうことが多かった。
そのことへの感謝を忘れたことはない。
依頼達成の後は、必ず一緒に食事に誘ってくれる。
その支払いをしたことがない。
いつも、「あんたはまだ子どもなんだから」とみんなで笑って言ってくれた。
能力も低く、誰にも相手にされなかった自分に、優しくしてくれる数少ない人たちだった。
最初の出会い以降も、自分はいつもシーアの姿を追っていた。
シーアは時々照れて「そんなに見るな」と言っていたが、そのうちに目が合うと笑ってくれるようになった。
戦闘の時。
シーアは特に美しかった。
凄いスピードで、流れるように短剣を操り、必ずダメージを与え、仲間の危機を救った。
全体の流れを察知し、的確に動く。
パーティの要だった。
時間があると、時々シーアがナイフの格闘術を教えてくれた。
本当はシーアと同じ短剣を使いたかったが、まだ力がなく、ナイフを使うのが精一杯だった。
それに、短剣はナイフよりもずっと高価だった。
二年が経過し、ある日、ブラック・ドッグの群れの討伐に誘われた。
群れが潜んでいる洞窟の場所は分かっていた。
数は30頭ほどだと、調査報告には書かれていた。
多いが、『黄金の乙女』にとっては、それほど難しい仕事ではない。
一応、群れの数が多いので、「クラスC]のレベルとされた。
しかし、調査員は洞窟の中までは確認できなかった。
洞窟の奥には、「クラスB]の魔獣レッドキマイラがいた。