剣士と豪雷
二週間もすると、イリスは万全になった。
外を歩きたいと言う。
俺はイリスと心臓街道を歩く。
「やはり、外は気持ちがいいな」
「散々人の家で世話になっていた奴が!」
イリスは笑った。
「まあ、そう言うな主。良いものは良い」
イリスとの主従関係は自然な形になりつつある。
俺を主と呼びながら、持ち上げ過ぎることはなかった。
俺のために命を擲つというのは本心だとは思うが、卑屈な態度がまったくないのは気に入った。
気持ちの良いほど真っ直ぐで、育ちの良さが伺える。
気を遣わないばかりか、友人のように接してくれる。
「ああ、お前は剣士だったか」
「その通りだ、主」
「でも剣を持ってないよな?」
「そうだ」
なんでそうなのか聞いてんだ!
「無くしたのか?」
「いや、里を出るときに持って出なかった」
「それじゃ、心臓街道なんて歩けねぇだろう!」
「そうだったな」
「お前、どうかしてるぞ」
「アハハハハ」
屈託なく笑う。
「これはな、我の運試しだったのだ」
「どういうことだよ」
日差しが気持ちいい。
「我はある罪で里を出なければならなかったのだ。だから自分に生きる運命がまだあるのなら、丸腰で向かっても生き延びるだろうというな」
「無茶苦茶だな」
俺はなるべくイリスに日差しを当てるように歩いた。
「まあ、どうでもいいか」
「うん。我は生き延びた。それがすべてだ」
イリスは日を浴びて、そのプラチナブロンドの髪を輝かせた。
「じゃあ、主としてお前に剣をやらないとなぁ」
「ほんとうか!」
イリスが最高の笑顔を見せる。
言ってみるもんだ、と思った。
「うちに沢山余ってるからな。好きなものを選べよ」
「ああ、楽しみだ」
早速帰ろうと言い出す。
俺はもう少しイリスの輝きを見ていたかったので、「あとにしろ」と言った。
屋敷に戻り、イリスは早速剣を見たがった。
俺は武器庫に案内する。
イリスが目を丸くして硬直した。
「これは、すべて主の所蔵物なのか?」
「そうだよ」
「驚いた」
壁には数々の剣や槍などの武器が掛けられ、防具も反対の壁に立てかけてある。
入り口と反対の壁には、魔導具類だ。
「どれも一流のものではないか」
イリスは嘆息しながら、一つ一つ剣を見ている。
「これはミスリルか!」
やや細身の剣を手に取った。
「そうだ。だけど魔力を込めると膨大に吸われるからな。自信がないならやめておけよ」
イリスはバランスを測るように軽く振っている。
俺の話は聞いちゃいねぇ。
「これを借りても良いだろうか、主」
「借りるんじゃなくて、お前のものだ。俺を見限って街で売れば、数十年は遊んで暮らせるぞ」
「そんなことをするわけが無いじゃないか」
そうしてくれてもいいんだが。
「ではこれにする。感謝する、我が主」
「はいはい」
イリスを庭に連れ出し、好きなように振らせる。
俺もイリスの腕前の程度を確認しておきたかった。
「ちょっと技も見せてくれないか」
「承知した、主」
イリスは流れるように型を始めた。
美しい動きだ。
ミスリル・ソードが光る。
イリスが魔力を込めたのだ。
そのまま、空に向かい放った。
剣から眩い炎が生まれ、虚空に向かって飛んでいった。
イリスの魔力量は十二分にあるようだ。
「今の炎は、何回くらい撃てる?」
「数えたことは無いが、「たくさん」という感じか」
素晴らしい。
「よし、少し打ち合ってみるか」
俺は一振りの剣「ハイドヴァイパー」を取り出した。
白い刀身に、暗い赤の線が纏わりついている。
「主! 今のは!」
「ああ、ストレージか?」
「主は保管庫持ちか!」
「そうだが」
イリスは驚いているようだ。
だが、こんなもんで硬直されては俺の従者は勤まらない。
「よし、好きなようにかかってこい!」
俺の言葉に我に還り、素早い動きで打ち込んで来る。
俺は軽く裁いていく。
イリスの様子見はすぐに終わった。
俺の力量はある程度分かったようだ。
先ほど型で見せたような、美しい動きが始まる。
俺がスピードを上げると、イリスも追いついてくる。
しかし、イリスの限界が来た。
俺は剣を収めた。
「あ、主も剣士だったか」
「いや、違うけど?」
「は?」
俺はイリスと同じように、空に向かって魔力を放つ。
「螺旋」
豪雷のような重い響きと共に、突き上げた右手から振動波が虚空に昇っていく。
上空の雲に、大きな穴が空いた。
その周辺の雲が輝く。
本物の雷が鳴った。
イリスは呆然とそれを見上げている。
「主は、あんな魔法が撃てるのか」
「ああ、一応無限にな」
「……」
イリスは雷と俺を交互に見ていた。