エルフの耳は、エロの耳。
イリスは夕方まで寝た。
今度起きた時には、意識の混濁はない。
俺はまた水を飲ませる。
先ほどは一杯だけだったが、イリスの身体に異常はない。
はらわたがちゃんと機能している証拠だ。
彼女がもういいと言うまで、水を飲ませた。
4杯飲んだ。
またスープを温め、温いままよそって食べさせる。
少し体力を取り戻したようで、二杯飲んだ。
「少し良くなったようだな」
イリスはニコリと笑った。
「立てるか?」
よろけながら、立ち上がる。
「トイレに案内しておこう」
俺は肩を貸して連れて行った。
「ちょっとさっきの部屋で作業してから戻るから」
俺は廊下に椅子を置き、戻るまで座っていろと言う。
俺が傍にいるとやりにくいだろう。
しかし、イリスは自分の足で戻ってきた。
掃除用のモップを杖代わりにしていた。
「おい、無理するなって!」
「いや、大丈夫だ。貴殿の邪魔にはできるだけなりたくない」
「そうかよ」
イリスにまた寝るように言ったが、椅子に座りたいと言う。
俺はテーブルに連れて行き、腰掛けさせる。
「申し訳ない」
「いいんだよ」
イリスは息を整えていた。
「あのさ」
「なにか」
「その耳なんだけどな」
「ああ」
「エクストラ(ハイ)ヒールで戻すことはできるんだ」
「ほんとか!」
イリスが顔色を変えて俺に言う。
「俺はエルフに詳しくなくてな。でもエルフにとって耳が大切な器官であることは聞いている」
「そうだ! エルフは魔力の制御をこの耳でやっている。エルフの強大な魔力は、耳なしでは使えないんだ!」
「そうか」
「貴殿は本当に耳を戻せるのか!」
「まあ落ち着けよ。それと「貴殿」というのは辞めてくれ。俺は高貴な生まれじゃない。くすぐったいよ。俺のことは「トラティーヤ」と呼んでくれ」
「ああ、分かった。すまない。ではトラティーヤ殿、どうかお願いする。治せるものなら、何でもする。この耳を戻して欲しい」
イリスは頭を下げて頼む。
「うん、だけどな。俺のエクストラ・ヒールは一つ問題があって、その構造をある程度把握しないと上手く発動しないんだ」
「どういうことだ?」
「手足や幾つかの内臓は、俺も構造や機能を把握している。だからちゃんと再生できる。細かく言うと、もっと複雑なんだけどな。でも俺は生憎とエルフの耳を知らない。だからこのまま治せば、形だけの長い耳ができるかもしれない」
「そういうことか」
「だからな、もうちょっと待っててくれ。街に行けばエルフの知り合いはいる。そいつによく耳を見せてもらえば、きっと大丈夫だ」
「ほんとか!」
「ああ、約束する」
イリスは心底ホッとしたようだ。
俺たちは少し雑談をし、お互いのことを少し理解した。
イリスが話したのは、彼女がエルフの里の戦士長の娘であること。
事情があって里を離れ、アルステア王国へ向かおうとしていたこと。
俺は以前にアルステア王国のちょっとした危機を救い、その褒章としてここに屋敷を建てたこと。
今は街道の警備を仕事にし、その中でイリスを見つけたことだ。
俺はイリスをまた寝かせた。
今度は数時間後に起きた。
旺盛な食欲を見せる。
スープに野菜や肉を入れて煮込み、調味料で味を調えて出した。
何倍もイリスは食べた。
「すまない。食欲が沸いて、はしたないものをお見せした」
「とんでもない。あんなに美味そうに食べてくれたら、俺も嬉しいよ」
イリスの回復は順調で、もう立って歩くことにも支障はない。
俺はその様子を見て、明日街に行くと伝えた。
イリスの目が輝く。
また寝かせようとすると、イリスは寝付けないようだった。
まだ睡眠を欲するはずだが、耳が治せるという希望で、興奮しているようだ。
翌朝。
俺は約束通りに街へ行った。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
エルフの耳は理解した。
神経とは別な構造体によって、魔力を感知し、操作しているらしい。
俺はイリスを呼んで椅子に座らせた。
千切れた耳に手を当てる。
「エクストラ・ハイ・ヒール」
イリスは自分の耳に手を当て、涙を流した。
そしてもの凄い勢いで椅子を降り、床に片膝を着く。
最上級の礼だ。
「私、イリス・サーカイト・ルミナス・エストラカリュー・モンドレアはここに誓う。トラティーヤ・ブライトリングを我が主と定め、生涯の忠誠を捧げることを」
イリスの身体が、青白い光に包まれた。
「おい、待て! それは「真名の誓い」じゃないのか!」
「その通りだ、我が主。誓いは成った。主は我を自由に使い潰して欲しい」
「冗談じゃねぇぞ! お前、そんな大層なことを」
「主。我は我の意志で誓ったのだ。我が邪魔ならば、死ねと言えば良いのだ」
俺は頭を抱えた。
死に掛けた女を助けただけだ。
生涯の誓いなんて重いものは冗談じゃない。
「一応聞くが、もう取り返せないんだよな」
「その通りだ、主」
「お前、なんだってそんなに簡単に」
「簡単ではない。我が存分に考えた結果だ」
「はぁー」
「我はあの日、命を喪うはずだった。それを主が救ってくれた。その恩義だけでも、我が誓うのは十分だ。でも、主はその上で、我の誇りであるエルフの耳を治してくれた。ならば、この誓いは当然だ」
「やる前に一言、迷惑じゃないか聞いて欲しかったけどな!」
「迷惑なのか?」
「当たり前だ!」
「我はこう言ってはなんだが、剣の腕はたつ。家事はまだ不得意だが、これから主のために研鑽しよう」
「そうかよ!」
「それに、本当に自分で言うのも恥ずかしいことだが」
「まだあるのか?」
「我はエルフの中でも、整った部類だと思うぞ。我の肉体はすべて主のために。そちらも研鑽しよう」
「黙れ! エロエルフ!」
「もう寝ろ! あと、今日はもうお前はメシ抜きだ!」
「ああ、さっき散々食べたからな」
「!!!」
俺はイリスを寝かせ、部屋に戻った。
寝ようと思って思い出した。
再び居間に戻り、暖炉の薪を足す。
イリスは安らかな寝息をたてていた。