インフェルノ
領主の屋敷の門番。
俺が門を吹っ飛ばすと、そのまま両脇に転がった。
そのまま動かない。
俺は一切注意を払わなかった。
門を開けて中へ入る。
それしか頭の中に無かった。
屋敷までの長い距離を一挙に詰める。
走ってもいない。空間の座標を入れ替えただけだ。
量子は粒でありながら、波でもある。
瞬時にどこにでも存在するのだ。
俺は量子について、すべてを理解していた。
そして、ここに来て、すべてが手遅れであることも理解していた。
屋敷の中に、ニアンの反応があった。
広い廊下を進む。
前から私兵らしき人間たちが来る。
「螺旋」
兵士ごと、奥の壁までが消失した。
ニアンは地下にいた。
両目を潰され、鎖で両手を壁に縛られている。
壁から伸びた鎖には鉄の棒が絡まり、ニアンの両手首が貫かれていた。
「ニアン」
「トラか。にげろ、ここの領主は狂ってる」
「今、助けます」
「俺のことはいい。もうはらわたが零れてる。長くはないさ」
「……」
「キースとヤンドラはもう殺された。シーアも」
ニアンは大量の血を吐いた。
「お前は逃げろ」
それだけを呟き、こと切れた。
俺はシーアの存在を「探知」で探した。
無い。
もう一度探した。
無い。
俺は屋敷を探した。
私兵たちが集まってくる。
すべて消滅させた。
何ひとつ、満足も納得も無かった。
上の階を探しているうちに、一つの部屋で騒いでいるのが聞こえた。
「早く何とかしろ!」
一際大きな声で怒鳴っている人間がいる。
金糸をふんだんに使ったガウンを着ている。
俺はその部屋へ入った。
「お前ら! こいつだ、早く!」
武装した十数人の兵士がいた。
その男以外のすべてを吹っ飛ばした。
「シーアさんはどこだ?」
「あ、シーア、ああ、あの豹人の娘か!」
「どこだ」
「ああ、今会わせてやろう!」
「嘘だ。もうシーアさんはいない」
「お前! 死んでるのを知ってて私を!」
俺は領主の男の手首と足首を吹っ飛ばした。
物凄い悲鳴を上げて、仰向けに倒れる。
もう一度、肘から先と膝から先を吹っ飛ばす。
屋敷の中を探した。
シーアさんは広い寝室で倒れていた。
腹の下から大きな血だまりが広がっていた。
俺はシーアさんの身体を抱え、隣の部屋に転がされていたキースとヤンドラも抱えて地下のニアンの所へ行った。
「さあ、みなさん。帰りましょう」
「インフェルノ」
屋敷の一帯が業火に包まれた。
数億度の高熱は、一切を焼き払い、屋敷の数百メートル周辺まで熱で焼失させた。
地面が激しい熱でガラスと化した。
あそこにシーアさんはいない。
そして、世界のどこにも、もうシーアさんはいなかった。
俺は、「ここ」にいるしかなかった。
そのことが、何よりも悲しかった。