朝二人で
真由の家に泊まったその翌朝、心地よい夢から覚めるとふわりとあたたかいので、隣をみると、真由はこちらの肩に鼻先をむけて死んだようにしんとしている。いびきの聞こえないのはいつもの事だけれど、今朝もやっぱり気になって、聞き耳を立てるとほんのちょっと、鼻から抜けるすこやかな呼吸の音がする。吸って、吐いて。心づくたび礼賛したいこぢんまりと締まって程よく高い鼻。それもよくよく気をつけて見ないと分からないほど自然にすうっと佇んでいるのが憎らしくてなおさら愛しい。
昨夜ふと見覚えた、ベージュを基調にして桃色の薔薇と葉の緑が大きさを変えて、ドットのようにあしらわれたカーテンの裾に、すこしどぎついくらいの朝日が溜まっている。もう一度目をつむり夢の中ふと覚めると最前に変わらない暖かさ。けれど隣は寂しい。自分はしばらく掛け布団のなかで丸まって、ぐっと伸びをし、足指をぽきぽき鳴らして、そっと起き上がった。ベッドの上できちんと正座する。
白壁越しにつたう水の音。つづいて栓をきゅっとひねる音、が耳に届くと共にひっそり静まって、かすかな足音を探りながら余韻を楽しむうちドアノブの動くけたたましい音。達磨のようにちょっぴり太ったのがまわる音じゃなく、しゅっと横に伸びるレバーハンドルが無造作に下がる響きがして、即刻、扉の閉まるたくましい響きが引き続いた。
自分は足を崩して、明るさのただよう薄暗さのなか帰りを待っていると、真由は音もなくひょいと死角からあらわれてこちらを窺ったのを見れば、パジャマのフードを被り、長く清らかな黒髪は胸の上に二つに分けて、ロングワンピース型の裾から足首だけをすんなりのぞかせて足先はスリッパに包まれている。自分が腕を差し伸べると真由はしんとするなかスリッパをぱたぱた言わせながら駆け寄り、飛び込んで来てフードの頬をすりつけるかと思うと、すぐに飽きたらしく、
「起きよう」と言い聞かせるようにつぶやいて、髪から頬へかけて優しい指先でさすってくれながら、名残の口づけを交わすそばから「起きる」と今一度宣言してこちらを見つめるや否や、すぐと身を離し起き上がるまま窓辺へ寄って行って振り返り、「開けていい」と、すでにスリッパを投げ出し裸足になったつま先で床をトントンしながらきくのに、どちらでも構わない自分は、
「いいよ」と優しくうなずくと、真由はカーテンのひだをつまんで威勢よく開け放ち、レースカーテンも寄せて、硝子越しの風景にひと息ついたのち窓をめいっぱい打ち開くと振り向いて笑顔をつくる。
それへこちらも微笑を返しながら手招くと、秋の朝日をいっぱいに浴びた真由はフードの陰に首を小さく横に振り、一度つま先立ちにふーっと思い切り伸びをしたのち、おいでおいでをしながら「ねえ来て」と甘い声で言って、再び窓へ向き直った後ろ姿はゆるやかにくっきりしてひどくなまめかしい。
自分はかぶりを振って、不意のたかぶりを抑えながらその誘いを断るとキッチンへ立った。
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