創造の神と魔王は仲良し
「戦いに戻ったら、伝えたいことがある」
「……王都に呼ばれたものね。魔王を倒しに」
村を出る前に幼馴染であるユリアスと約束をした。
彼女は目に涙を溜め、どうにか零れないように我慢している。ピンク色の髪に同じ色の瞳。
今日、珍しく元気がないのは勇者に選ばれたヘブリーが魔王を倒す為に王都に向かうからだ。
「……女神様なんて居なくなっちゃえばいい」
「そんな事を言うな」
「だって」
ユリアスはヘブリーが好き。だから、そんな彼を戦いへと向かわせる女神様が昔から嫌い。
ふくれっ面な彼女は女神よりも創造神トールの方が好きだと言った。
「だっておかしいじゃない? 女神様が信仰されるよりも前に、トール様が居るのに。……いつの間にか、周りの皆は忘れているし」
「まぁ……な」
この世界で信仰されている神は創造神と呼ばれるトール。
創造の力により、この世界には魔法と呼ばれる不思議な力が扱えた。全員ではなく一握りだが。
それでも、創造神を信仰していった。
そこに突然、割り込むようにして現れた女神。彼女は自分の力を扱える人間を選定し、この世を脅かす魔王を倒す為に送り込まれたのだと言った。
これまでに選ばれた者達は皆《勇者》と呼ばれ――帰って来た者は居ない。
「絶対……。絶対に戻って来てよ」
「あぁ。約束だ」
そう言って指切りをし抱きしめた。
姿を見えなくなるまで、2人を手を振り続けていて暗転した。
「ほぅ。勇者の村はのどかだな」
割り込んだ声に、ゾっとしヘブリーは起き上がる。
すぐに周囲を確認し、手持ちの荷物も含めて部屋中を探し回る。
(なんだ、今の……)
「悪いな。少しだけ記憶を見た」
「!!」
声がした方を振り返れば、美しい黒い羽が見えた。
次に整った顔立ち、黒髪に紫色の瞳を宿した男――魔王が椅子に座っている。
「な……。なん、で」
つい先ほどまで殺し合いをしていた筈なのに、今は足を組み直しニヤニヤと見ていた。
「必ず生きて帰る。そう言っていたら何か理由があるんだろうな、とは思っていた。帰る場所があるというのは良いものだな」
「……」
穏やか過ぎる。
それがヘブリーの持った印象だ。
魔王が居る城は、王都から遠く離れた場所であり死の国と呼ばれる所にある。
その国は、腐敗した匂いが充満していたがヘブリーは感じられない。女神に選ばれた事によるものだろう。
「女神が作った物なら壊したぞ? そうしなければ、戻れなくなるからな」
「戻れなくなる……? どういう――」
「リューク!!! お腹減ったぁ~」
バンッ。と派手に扉を開け入って来たのは小さな男の子。リュークと同じ黒い髪に紫色の瞳だ。
固まるヘブリーに対し、リュークは「もうか……」と懐中時計で確認をしている。
「トール。少し待て、今はヘブリーに」
「お腹減った!!」
「だから」
「やだぁ~~」
「……」
無言になったリュークは、トールと呼ばれた子の頭を撫でる。
彼を抱き上げてから、ヘブリーへと向き直る。
「悪いな。トールに作ったら今度はヘブリーのも作る。何がいい?」
「え」
「何か食べたい物はないのか?」
正直に言えばお腹は減っていた。
だが、ここで素直に応じる訳にはいかない。そう心に決めていたが、トールが悲し気に見つめて来る。
「一緒に……食べない?」
ウルウルとさせた瞳に抗えないヘブリーは、食事を共にすると言った。すぐにぱあっと明るく笑みを零すトールに、リュークはボソリと言った。
策士だな、と。
その後は驚きの連続だ。
見た事がない料理ばかりで、思わず目を輝かせた。そして、それ等を作ったのはリューク。
執事服にエプロン姿と言うとんでもない恰好をした時には、気絶をしようかと本気で思った。
だがそれは叶わない。
リュークがそんなことされても困ると言われ、全てを無効にしていったからだ。
「無駄な能力……。けど、美味い……」
「食事時にいきなり気絶しようと思う、ヘブリーもどうかと思うが?」
「リューク、おかわり!!!」
「次は何を食べる?」
「ホットサンドイッチ!!!」
「分かった。デザートは」
「スペシャルプリンパフェ、10個!!!」
とんでもない量を食べるトールに、ヘブリーは無言になった。
そんな食事をしながら、リュークは話を始めた。
ヘブリーは1度リュークによって殺され、眷族として生き返らせている。
それは女神に選ばれた勇者だからであり、彼女の支配を解く為のもの。もっと安全な方法はないのかと聞くと「リュークが死んだら、世界なくなるし」とトールに言われ、更に無言になった。
リュークがエプロン姿なのが気にかかり、話はあんまり入って来ないが続けられた。
「僕はこの世界を創った神、トール。勇者と魔王の物語の為にと作ったんだけど、響きが良い魔王の方に僕の力を全部渡したんだよね。そしたら、シナリオを書き直せとかいうし……。嫌がっていたら、女神から命を狙われたって訳」
「俺はそれを排除している。勇者は女神が良いように動く為の道具。歴代の勇者達には、ヘブリーと同じく1度死んでもらってる。あとは各々、違う世界で自分なりに楽しくやっているぞ」
「そ、そうですか……」
ふとした疑問。
じゃあ、自分もこことは違う世界に行くのかと思ったがリュークは違うと言った。
トールが言うには、数が多くなってきたからそろそろ2人だけだときついと言うのだ。
「……おい、待て」
嫌な予感を覚えた。
トールを見れば笑顔で頷き、リュークは頭を下げた。
「3食ご飯付きで、手伝ってくれ!!!」
「いやだ」
「よし、分かった。5食付きだ。なんならデザート付きにする」
「数を増やせばいいってもんじゃない!!!」
思わず頷きそうになるのを我慢する。
続けてトールが推してくる。
「リュークの料理、美味しいじゃん。さっき沢山食べてたでしょ?」
「うぐっ……」
トールに様々な事を教わったからか、リュークの腕前はプロ級だ。
しかも、知らない料理の数々は別世界のものだから。見て、聞いて、実践するを実行した結果――こちらの世界でも変換できるようにしたのだとか。
「……よく無事だったな、この世界」
「あの時の女神の力は全然弱いからねぇ。時間を止めれば出来る出来る」
「俺は出来る事が増えて嬉しいぞ? 楽しいしな♪」
そう言いながら食事の後片付けを始めたリューク。
それらについてツッコミをするのを止め、参謀になる様に言われるも頑なに拒否を続けた。
すると、トールがリュークに向けて耳打ちをする。
じっと観察していると、少しだけ嫌な顔をしたリューク。しかも小声で「いや、それは……」と微妙な反応をしていた。
その数秒後、意を決したようにコホンと咳をしヘブリーに言った。
「ほ、本当はこんな事は言いたくないが仕方ないっ……。幼馴染みのユリアスがどうなってもいいのか!?」
前の台詞がなければ、悪者の魔王として間違っていないのだろう。
しかし、リュークはその前からやりたくない様子だった。そして、ここまで来ればヘブリーでも分かった。
言わさられているだけだ、と。
「トール様、変な事を教えないでくれませんか!!!」
「幼馴染みを人質に取られたよ? 勇者として助けないとね。だから、こっちを手伝おう?」
「貴方の方が魔王じゃないですか!? 今から魔王って名乗ったらどうなんです」
「ヤダよ。魔王っていう響きがカッコいいから、リュークの事を創ったのに」
言い合いを始めた2人に対し、リュークは「5食じゃなくて、10食か?」と1日に用意する食事のメニューを考え始める。
「ヘブリーはそんなに食べないよ。多くても5食で平気」
「えっ、ユリアス!!!」
さらっとリュークに言った人物に驚きを隠せなかった。
ここに居ない筈のユリアスが何でここに、と驚くヘブリーと違いリュークと彼女は会話を楽しんでいる。
「あ、そうそう。君達の村、女神に消されそうだったら代わりにリュークが皆殺しにして眷族として生き返らせたよ。いい仕事するでしょ?」
「やっぱり、貴方の方が魔王に相応しいですよ!!!」
子供であるトールにそう突っかかるヘブリー。
リュークとユリアスの説得? により、ヘブリーは魔王の参謀として働く事になってしまった。
女神の支配権が大きくなる前に、潰せる所は潰すスタイルで行くらしく意外にもユリアスが乗り出した。
「女神を追い出すんでしょ? 私、トール様の後に出て来た女神が気に入らない。徹底的に叩き潰しましょう!!」
「ヘブリーの幼馴染はやる気があっていいな。ほら、俺が死んだら世界が壊れるんだ。生き残る為には女神を叩き潰す。これに限る」
こうして始まった女神との戦い。
歴史には残らないが、魔王と勇者が手を組み数多の敵を蹴散らしたという変化は、周りの神達を大いに満足させた。
気まぐれの神達の遊びに巻き込まれた側はとんでもない迷惑だったが、リュークはそれに気にした様子もなく自分のやりたいようにやった。
そして――。
「パパ~。お空とんで?」
「そんな事は出来ません」
「……魔王様はやってくれたよ?」
「リュークは別格だ。あれを基準にしたらいけない……」
「えぇ~」
ヘブリーとユリアスとの間に子供が生まれ、その子が6歳になった。
リュークに出来てヘブリーが出来ないとなると決まって、「弱いパパ」という不遇な称号を与えられる事となる。
「リュークを基準にするって事は、神と同じなんだよ。なのに、なのに……」
「まぁまぁ。私達は人間だもの。出来ない事の1つや2つや3つはあるわ」
(つまりは一生勝てないって事だな……。分かってたけど!!)
慰めて貰いつつも、2人の目の前ではリュークの翼に飛びついている娘がいる。
子供が好きなのかリュークは手慣れた様に娘の相手をしている内、強いパパと呼ぶようになった。
将来はリュークのお嫁さんになる!!! と言われるまで、あと少し――。