静かな夜に腹を空かせて
「それにしてもここに新居を構えてから、三ヶ月保たなかったなぁ」
オレらの家だった木片を拾い集めようと思ったんだが、こりゃ無駄だなと諦めて腰に両手を当てて嘆息する。
この国の色んな場所を転々と、建てては壊され、壊されては建て直す。時にはオレらの痕跡を残さない様にと自分たちの手で消滅させた事もあれば、帰ってきたら失くなってた事なんかもちらほら。
ざっと1年と9ヶ月ぐらいだろうか。そんな生活をしていれば変な話、家が粉々に吹き飛ぶ現場なんて見慣れてしまった。
「ん、遠隔千視の英雄技法。アレでボクらを見てるあの性悪がいろんなところでボクらの居場所を広めてるんだと思う」
ちょっと前までお嬢様とそのお供だった粘液状の生物をガラス瓶の中に詰めながら、ミツキは言葉尻に嫌なニュアンスを込めてぼやいた。
「ああ、そういやいたなそんなヤツ……」
結構前に出会った女の顔を思い浮かべる。
美人でスタイルも良かったが、どこか幸の薄そうな青白い顔がぼんやりと脳内に現れた。
「あの女は戦闘能力は全然無いくせに、嫌がらせと逃げの技術に関しては英雄の中でも頭ひとつ飛び抜けているから。泥棒猫の分勢で……」
ミツキは右手の親指の爪を噛んでギリギリと音を立てた。
「それ、やめろって言ったろ」
みっともない。せっかくオレが手入れしてやったのに、また爪の先がギザギザになっちゃうだろうが。
「……だってこの女、ボクの胸の悪口言った」
3人もの人間が濃縮されたにしては本当に小さな粘液生物が入った、片手で持てるぐらいのその小瓶をブンブンと振り回して、ミツキはわかりやすく頬を膨らませる。
「人の容姿を貶すヤツはみんな死ねばいいんだ。なんだよ、ちょっと胸部がぶくぶくと太ってるだけで偉そうに。ボクだって、ボクだって」
ああ、始まったよ。
オレはため息を一つ吐いてミツキに近寄ると、その小さな背中から抱きしめてふわふわの猫っ毛な頭に顎を乗せる。
「そんなに悔しいんなら、もうすこし『育った』年齢まで成長すりゃあいいじゃんか」
「タケトくんだって知ってるくせに、どれだけ『育って』もボクの胸は大きくなんないって」
「そうでもないぞ? 20代ぐらいの姿だったら手のひらから溢れるぐらい……いや、無かったな」
結構手を押し付けてなんとか出てくるって感じだったやそういや。
「ボクはこの年齢ぐらいのボクが一番良いんだ。精神的にも無垢で、落ち着いてて、変にスレてないから。それにこの姿の方がタケトくんが一番優しい気がする。だぁりん、子供に弱いし」
「別にオレ、ロリコンじゃねぇぞ」
「ロリコンだろうと熟女好きだろうと構わないよ。ボクが好きならそれで良いもん」
オレの腕の中で向きを変えて、まいはにぃはオレの胸にすりすりと頬を寄せる。
「それで、今夜はどうするんだ? 拠点を変えるか?」
「今からまたお家作るの、めんどくさい?」
「そりゃあ、とっても」
新しく家を建てるのも、奪った英雄技法の幾つかの組み合わせで建てれるとは言えそれでも小一時間はかかってしまう。
五時間弱ぶっ殺され続けた後の精神的疲弊もあるし、やる気はまったく起きない。
「じゃあ、ここでご飯を食べたら少し遠くの街にでも行ってみようか」
「…………ご飯は別に、ここで食べなくても良いだろ」
オレの口元が否定的感情によりヒクヒクと痙攣を始める。
心的外傷からくる胃の収縮が連続で起こり、腹部に鋭い痛みが走った。
「きょ、今日ぐらいはほら、どっかで外食ってのも悪くないんじゃないか?」
「えー、でももう食材も頑張って集めてきたし。調理器具ならボクの収納魔法に予備がいっぱい入っているし。ほら」
オレの腕をやんわり振り解いて、ミツキは自分の上着のポケットに仕込んでいた収納魔法から次々とフライパンやらおたまたら、果てには釜戸までもを取り出してせかせかとセッティングを始める。
「あ、朝から食材を集めるって出かけてたから、お前も疲れてるだろ?」
おちつけ、なんとか惨劇を回避するルートを模索するんだ。
オレがフラグさえちゃんと回収できれば、地獄の門はゆっくりと閉じてくれる筈。
「せっかく集めた材料は、新鮮なウチに調理してあげたいじゃん」
「お前の英雄技法が付いた収納魔法なら鮮度なんて落ちないじゃん」
「気持ちの問題じゃん」
「そんなの関係ないじゃん」
ああ、もう調理台まで設置が完了してしまった。
「んしょっ、と」
その台の上にどかっと置かれたのは、まだ血が大量にこびりついて拍動を刻んでいるなんらかの巨大生物の内臓器官だ。
どっくんどっくん、びくんびくんと不規則かつ不気味なその物体を見て、ミツキは無表情ながらも渾身のドヤ顔をしてこれでもかと胸を反らす。
「どう? 棘々邪毒蛙の生き肝。これだけ大きいのを見つけるのに苦労したんだから」
「あのさぁ、毒ってのは調味料って意味じゃないんだぞ?」
棘々で邪悪で毒持ちの蛙って言う悪意の奇跡みたいなネーミングの生物を食材に選定するなって、前から! ずっと! 言ってる!
「それにそのドス黒い血、どう考えても食べられるビジュアルじゃないだろ?」
「ほら、美味しいモノほど見た目も悪いって」
「見た目どころか身体に悪いんだよ」
「ボクが読んだ本だと、毒のある生き物でもちゃんと毒抜きしたら絶品の食材になるって」
「抜ける毒と抜けない毒があるのご存知?」
「タケトくんの世界でも毒のあるお魚が高級食材として好まれてるじゃん」
「あれを捌いて調理するにはちゃんと免許が必要なんだよ」
お前そういう勉強まったくしてないじゃん。
「ていうか河豚は肝こそ毒なんですが」
どっかの地方だと毒のない河豚が食えるとかネットで見た気がするけど、アレは養殖段階で毒を持たないように生育していた筈。
「大丈夫、ボクは解毒と浄化の英雄技法も持っているから」
「過去にお前が大丈夫と言って大丈夫だった料理が存在しますか? いいえ、存在しません」
オレがこの身体でしかと刻んでいるお前の調理歴に、そんな輝かしい栄光なんて一回も無い。
「大丈夫、今回は時間をかけてレシピを作ったから。ほら」
収納魔法から取り出した、麻紐で括られた数十枚の紙束を自慢げに披露するミツキ。
「その紙の束の量を見せられてもなにも安心できねぇんだよ。暗殺の計画書って言われた方がまだ納得できる」
しかも綿密に、必ず殺せるよう練りに練られた完璧な計画。
「んもう、だぁりんは相変わらず心配性。そこで大人しく出来上がるのを待ってて。一時間ぐらい必要だから」
なるほど、つまりオレはあと一時間で覚悟を決めなければならないんだな?
よし、火を起こそう。
焚き火は見ていてとっても心休まるからな。
揺らめく炎の猛々しさと静かさというアンバランスさが、必ず来る死への恐怖を少しでも和らいでくれるはず。
火を、火を起こさねば。
とびきり綺麗な、大きな火を。
「ん、待ちきれなくて走り出しちゃうなんて、だぁりんもまだまだ子供だね」
火を!
火は全てを救ってくれるはず!
はやく火を起こさねば!
火ぃ!