報いると言うには余りにも酷すぎて
淀みの無い澄んだ金色の瞳を一瞬キラリとまるで業火の様に輝かせて、オレの『まいはにぃ』こと────ミツキ・コール・トゥアイヤはゆっくりと下降してくる。
「────あれ? え? なんで?」
頭のおかしい美少女お嬢が、素っ頓狂な声で首を捻り、何度も何度も魔宝玉を持つ右腕を振りかぶる。
ついさっきまでこの場を満たしていた破壊的な魔力の奔流は霞の如く断ち消え、深く暗い夕暮れの森に静寂が戻っていた。
「せ、セイムソン? これなんか動かなくなっちゃたんだけど、私ってば魔宝玉の使い方間違えたかしら? 美少女だけど使うの初めてで」
「お、お嬢様」
「セイムソン?」
お嬢様の疑問の声に応える事すらできず、あの気持ち悪い語尾(☆)を付ける事すら忘れてビキニパンツのハゲたおっさん、セイムソンはミツキが地上に降りてくる様を震えながら見ている。
「エリカちゃん、どうしたの? なんで私の背中で隠れて震えているの?」
「リセお嬢、だめ。これはだめ。私たち、終わったわ。最悪よ」
「終わる? 私の美しさの臨界点的な話?」
いつの間にかお嬢様の背中にしがみつき、そのマッシブな身体を目一杯丸めてガタガタと震えている、筋肉獣人のエリカちゃん。
あー、アイツら。なまじ実力がちゃんとある分『察する』事ができたんだな。
可哀想に、知らないまま恐怖で震える事もなかっただろうに。
「だぁりん、ねぇだぁりん。ボクの大好きなタケトくん」
ふわり、と軽やかに。
ミツキはオレの側に音も立てずに着地した。
その小さな背丈をピンと伸ばし、再生したばかりのオレの上着をくんくんと引っ張る。
「おう、おかえりはにぃ。早かったな」
「ただいまだぁりん。逢いたくて逢いたくて我慢できなくなったから、急いで帰ってきたよ」
万年変わらずの無表情に、本当に動いているのかも妖しい小さな唇で返事をして、ミツキは周囲を見渡す。
「さて、お留守番のタケトくん。ここにね、ボクがタケトくんとの甘ぁい蜜月を送るために頑張って建てたお家があったはずなんだ」
頑張ったのはほぼオレなんですけどね?
「ボクの好みの家具や、調度品なんかで綺麗に整頓したボクのお家。どこに行ったか、タケトくん知ってる?」
整頓していたのはオレなんですがね?
「おかしいなぁ。朝、タケトくんと行ってきますのちゅうをした時には、確かに有ったんだよ。ボクらの可愛い可愛い小さなお家。ねぇだぁりん?」
ピンピンに跳ねまくった猫っ毛の白髪を振り回しながら、ミツキはわざとらしく抑揚の無い声で疑問を投げかけてくる。
そして急にピタっと静止し、首を傾けながらギギギと金切り音でも鳴ってんじゃないかと錯覚するぐらいのぎこちなさで────。
「ボクの、お家、壊したの、ダレ?」
お嬢様たちへと顔を向けた。
「ええそうよ! あのみすぼらしくて小汚い豚小屋を、配下の者に壊す様に命じたのはこの美少女で間違いありません! なにか文句でもあるのかしら!?」
お嬢様はその大胆に開かれた大きな胸を見せびらかすように逸らし、堂々と罪状を告白する。
ああ、馬鹿はある意味無敵だなぁ。
「あら、貴女がもしかして『辺境の魔女』? 聞いてた話と全然違うわね。私はリセ・アイニス・ヴェル・グラート。見ての通りの超絶美少女にして、この国の要職に就く高貴なる貴族家の者です!」
「そう」
一歩、ミツキが間合いを詰める。
遠距離からひと思いに────ではなく、近距離からできるだけ惨たらしく────を選択したようだ。
「高名な『辺境の魔女』に敬意を持って、この美少女が直々に貴女を我がグラート家のお抱え魔術士として召抱えに来ました。光栄に思いなさい?」
「そう」
また一歩、ミツキが間合いを詰める。
コキコキと鳴らすその小さな右手に、大量の殺意を込めて。
「それにしても、ほんと衆愚の噂話とはアテにならないものですわね。『魔女』なんて言うものだから、もっと妙齢の────ごほん、お年を召した方だとばかり思っておりましたが、まさかこんなちんちくりん────ごほん、子供だとは思いませんでしたわ。なぁにその服、身体のラインがくっきり浮き出てるじゃないですか。そういうのはもっと大人になって、お胸がこう、こんもりしたら似合うようになるのよ?」
「そう」
今度は大股で一歩、大きく間合いを詰める。
オレには分かる。ミツキは今予定を変更して、あのお嬢様を『殺してあげない』事にしたのだ。
なぜならあの馬鹿は一番言ってはいけない言葉を二つ言った。同率1位で同着だ。
なんでああも的確に、人の神経を逆撫でできるのか不思議で堪らない。
才能か。
「まぁ、多少愛嬌が足りない気もしますが、その白くて長い髪はちゃんとブローをしたらまっすぐになって見栄えも良くなりますし、お顔は私には及ばないながらも充分美少女。武と美を司るグラート伯爵家に仕えるには申し分ないですわね。その反抗的な目つきに関しては育ちの問題かしら。お屋敷に戻ったら毎日みっちり淑女としての教育を施してあげますから、ご安心なさい。どこに出しても恥ずかしくないよう、この美少女が監督・監修してさしあげますわ?」
「そう。でも────」
そして最後の一歩。
もはやミツキとお嬢様の距離は腕を伸ばせば届く距離。
長い付き合いの中で培ったオレの『まいはにぃのご機嫌察知能力』が全力であのお嬢様とそのお供の二人を哀れんでいる。悲しんでいる。
ああ、またオレは。見たくも無いモノをこの目で見る事になるのだなぁ。
「な、なにかしら? 契約書とか必要? それならセイムソンが────」
見た目は同じように幼いが、育ちに育ちまくっているお嬢様の方が身長が高い。
ミツキの頭は頑張ってお嬢様の首────最悪な事に、その豊満な胸の位置に顔がある。
「────貴女はしばらく、お家には帰れない」
ガッと伸ばしたミツキの腕が、お嬢様の開かれたドレスの胸元にねじ込まれた。
胸の谷間の中心、心臓により近い肉の壁目掛けて。
「えっ!? いや私、確かに美しいモノは大好きだけれど、流石に女性とそういうこと────うべぁあ」
どろり、と溶ける。
着ている服から身につけたアクセサリー、ピンクの派手な髪の毛一本一本が粘性のある液体へと、一瞬で変容する。
「お嬢様っ!」
「お嬢っ!」
両隣でガタガタと震えていたセイムソンとエリカちゃんがそれに気づいた時には、もう遅い。
「アナタたちも」
「ひぃっ」
「やっ、やめっ」
掴まれたのは、両腕。
瞬く間に腕を取られ引き寄せられて、マッチョとハゲが『さっきまでお嬢様だったモノ』の上に倒れこんだ。
「あっ、あやまるかっ────あびゃあ」
「やめてやめっ────んにぃえ」
またも一瞬で、二人の男が無色透明な液体となって人の形を維持できずに崩れた。
それは『お嬢様だったモノ』と完全に混ざり合い、ぐちゃぐちゃに溶けて、この森の土に染み込み広がっていく。
微かに残ったどろりとした粘着質な部分が、ウゴウゴとミツキから逃れる様に動く。
でもその歩みは鈍く、ミツキはそんな3人が溶けた液体を見下ろして微動だにしない。
「うん、まぁ。何かに使えるかな。殺すのは簡単だけど、だぁりんがまた怯えて夜にうなされちゃうから。とりあえず何ヶ月かはこの人たちもこの姿で反省してもらう事にしたよ。ねぇ、ボク偉いでしょ?」
相変わらずの無表情で振り返り、ミツキはオレに向かって少しだけ口角を持ち上げ笑う。
「殺してやった方が、コイツらも救われたと思うんだけどなぁ…………」
他人と意識が混ざり合うあの苦痛は、下手な大怪我よりも辛いんだよねぇ。
経験あるから分かるんだけどさぁ。
それに『何かに使える』って事は、コイツらこれからいろんな実験に付き合わされるんでしょう?
オレなら『殺してくれ』って泣き叫ぶね。うん。




