いつだって愚か者は間違える
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「セイムソン! エリカちゃん! 一体何を遊んでいるの!?」
「違うのよお嬢様っ☆」
「なんどぶっ殺しても蘇ってくるのよぉ♡」
とっぷりと日の暮れた森の中。
武技や魔法ので燃やされた木々の明かりだけがオレたちを煌々と照らしている。
あー、えっと。もうどんぐらい殺され続けたんだっけか。
どうせ意味が無いから回数は最初から数えていなかったけど、時間ぐらいは知っておきたい。
夜になったらアイツが帰ってくると思うんだが、この森は基本暗いのがデフォだから時間の経過が分かりづらいんだよなぁ。
「なっ、なんなのコイツっ☆ 全然死なないっ☆」
「不死系の魔物には見えないし、聖水ぶっかけても効かないから怨霊系でもないわっ♡」
ビキニパンツのおっさんとマッスル犬亜人がそれぞれの得物を構えながら、大きく肩で息をしてオレを睨み付ける。
「なっ、なぁ。良い加減諦めてくれないかな。いくらやっても不毛だって、もう充分理解できただろ? えっと、そこの、なんて言ったっけ。お前」
ずっと森の木に身を隠して遠くからオレたちを見ているだけのお嬢様に声をかける。
その癖ずっとキーキーとうるさく指図し続けていたんだから、アイツの喉も相当な強度だ。
普通だったらとっくに枯れているだろ。
「なっ、なによ汚らわしい化け物! アンタみたいな意味不明で気持ち悪い生き物が美少女に気安く声をかけるんじゃないわよ! 不敬よ不敬!」
おっと、残念だったな。その程度の雑な罵倒程度じゃオレのメンタルは倒せないんですぅー!
もっと表現豊かに、リズミカルで的確で時々韻を踏んでくるぐらいの舐め腐った言葉じゃないとな!
慣れてんですよこちとら。慣れたくもなかったけど!
「なぁ、アンタらが『辺境の魔女』に何の用事があるか知らねぇけど。アイツが誰かの頼みを聞いてくれるなんて夢見がちな展開はどこにも用意されてないぞ。悪い事は言わねぇから、帰った方が良いぞ」
「ふふんっ! この美少女たる私、リセ・アイニス・ヴェル・グラートが一度決めた事を覆す事などありえないわ! 美少女の言葉は世界の意思、決定事項なのよ! それは何を差し置いても優先される至上の言葉! あなたみたいな《5ブ男》程度に言われて揺るがされるなど、美少女としてあってはならない事よ!」
怖いなぁ。もうイタいとかそういうんじゃなくて思想が怖い。
カルト宗教も真っ青なマインドしてんじゃんちょっと見直したわ。
「だから! この私が処分すると決めた貴方が今生きているというそれが! もう既に取り返しのつかない罪なのよ! 理解したのなら自害なさい! とびきりダイナミックで惨たらしく! 臓物を振り撒きながら! 愉快に!」
死ねるんなら喜んで死ぬんだけど、まぁこっちにもいろいろと都合と言うモノがあってだな。
あと死に方に注文つけすぎ。そんなスキル持ち合わせてねぇよ。
「セイムソン、エリカちゃん! いつまでやっているの!? この美少女をまさかこんな埃っぽい森で野宿させる気!? はやくその醜い存在をこの世から抹消して差し上げて!」
「そうは言ってもお嬢様っ☆」
「この五時間、全力で殺そうと何度も試みてはいるのよぉ♡ もう私たちの魔力も体力も限界って感じぃ♡」
お、五時間も経ってたのか。
ならアイツ、もうじき帰ってくるな。
うーむ、それはオレがこの意味のが全く無い苦行から解放される事を意味するんだが、それはつまり目の前のコイツらの命が終わる事を意味している。
いくら性格最悪で思想が歪んでいてアブナイ奴だからって、見た目は紛れもなく美少女だ。
そんな奴が悲惨な死に方をするのはあんまり見たくない。オレのメンタルに刻まれる傷は少しでも小さい方が好ましいからな。生活の知恵である。
あ、おっさんとマッスル犬亜人は死んでよし。むしろ酒とツマミを用意してソファに座って鑑賞したいまである。
────んー、あの美少女お嬢様に負けず劣らず、オレもすっかり歪んでしまったなぁ。
悲しい。
「もっ、もういいわ! 不甲斐ない貴女達を頼ったこの美少女が少し────ちょっぴり────いえ、可愛げのあるお茶目な馬鹿でした! ここはお父様から頂いたこの『極大炎熱浄化魔法』が込められた魔宝玉でこの汚い森ごと消し去ってあげる!」
大胆に開いたドレスの、その年齢の割には豊満な胸元をごそごそと探って、お嬢様は掌に納まりきらない大きさの青いガラス玉を取り出した。
あそこに収容魔法仕込むの、流行ってるんだろうか。不便じゃない?
胸に恵まれなかったウチのヤツが見たらキレるかも知れん。気をつけよ。
「いけないお嬢様っ☆」
「それは我が国の最終兵器っ♡ グラート家が代々王家より賜っている国防の切り札よん♡」
「いいえ愚かな子猫ちゃん達! 我が国の武と美を司るグラート家の長、そんなお父様が私にこれを授けたのは、私がこの国においてもっとも重要な存在だからっ! 美少女だもの!」
「それが城の宝物庫から失くなっている事が知れたら、グラート家はお取り潰しになっちゃうわっ☆」
「だって親バカなグラート伯爵が勝手にお嬢様に持たせているだけだもの♡ 最悪一族郎党みな斬首ねぇ♡」
うわぁ、子が子なら親も親だなぁ。
あの王様も大変だよな。この間あった時めちゃくちゃげっそりしてたのも頷ける。
無能な部下しかいないって泣きそうだったもんなぁ。
「あー、一応言っとくけど。その魔宝玉に込められた魔法がどんなに凄ぇ威力だろうが、マジで意味ないぞ」
「おほほほほっ! 怖気付いたみたいね《5ブ男》さんっ! この魔宝玉を一度解き放てば、ここら辺一帯────いえ、もしかしたらこの領全体が吹き飛ぶかもしれないと察したのかしら!? でももう遅いわっ! 先ほども言ったけど、私は一度やると決めた事はたとえ全人類が止めてもかならずやり遂げるのっ! だって────美少女だもの!!!」
うーむ、馬鹿に余計なモノ持たせたらこんなに悲しい事になっちゃうんだな。
争いが無くならない理由が少し分かった気がする。
「お嬢様待ってっ☆ それを使ったらそもそも私たちもタダじゃ────」
「御託はもうたくさんよっ! 喰らいなさいっ、美少女の裁きをっ!」
「あらぁ♡ 死んだわこれぇ♡」
最後までコミカルなやりとりを続けて、お騒がせ3人組は愉快な自殺行為に踏み切った。
魔宝玉の起動キーである魔力が、お嬢様の腕から流れ出す。
うーん、ここいらの森。アイツのお気に入りなんだけどなぁ。
オレも何匹か仲良くなった動物とかいるから、ちょっと悲しい。
極光に似た魔力光が魔宝玉から勢い良く放たれて、森を覆う巨大な力場が一瞬で形成される。
細胞の一個一個までもをしらみ潰しに蹂躙する、力の奔流。
人の身では到底耐え切れるはずのないソレに、全身の毛が逆立って本能が逃げろと警告を発した。
経験から知る、破壊の前兆。
なるほどこれは確かに、物凄い威力の魔法だろう。
おそらくここに居る4人は一瞬で跡形もなく蒸発し世界から消え去るだろうし、周辺の土地に何百年と癒えない傷を刻み付けるだろう。
軽率にも程があるなぁ、と内心で嘆息し、オレは木の隙間から見える空を見上げた。
「────ん?」
可視光で白んだ空の中天に、一人の『魔女』が浮いている。
全てを凍てつかせるような────まるでゴミを見るような目で────オレの『まいはにぃ』がオレたちを見下ろしている。




