運命を絡み取られた男
更新はすべて未定!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「物凄い簡潔に言いますね! 貴方には違う世界に行ってもらいます!」
「はぁあああああああっ!?」
謎の空間に吹き荒れる竜巻に似た嵐に体を翻弄されながら、突如として響き渡った気の弱そうな女の声にオレは大いに反応した。
この身がちぎれんばかりにしっちゃかめっちゃかにかき回されて、視界はグラグラだし上下左右も判断できないしでオレには何一つ状況が理解できない。
バイトに行こうと家の扉を開けたまでは覚えてる。
どうしてこうなったのか、それが分からない。
「だっ、誰だお前! なんだここ!」
叫ぶ。
こうまで身体が雑に斬り揉みされているにもかかわらず、風の音など一切しない。
ただただオレだけが、紺色とも藍色とも判然としない謎の空間で高速スピンされているのだ。
「わっ、私は貴方が今から向かう世界の神です!」
「何言ってんだお前!!」
怪しい宗教の勧誘にしては物々しすぎませんか!?
一体どういう技術でこうなったの!?
なんの脈絡も無さすぎるんだけど!
オレは一体いつ、どうやってこんな謎空間に連れてこられたんだ!?
催眠!? 催眠なの!?
エロ漫画でよく見るやつ!?
「しっ、信じてもらうしかありませぇん! ごめんなさいごめんなさいっ!」
姿は見えず、でもその声色から必死に頭を何度も下げているだろう事は想像できた。
身体の節々が痛んでどうしようもないのに、なぜかオレの思考は冷静であった。
「とっ、とにかくっ! 貴方の世界の神にバレないウチに私の世界に連れて行きます! 少々我慢してください! こう見えて大分余裕が無いんです私!」
「いや姿が見えないからどうにも見えねぇし!」
冷静な部分のオレがビシッとツッコンで、そしてまた高速スピン。
オレの内臓が急速に混ぜっ返されて、このままじゃバターになっちまうよ!
「死ぬ! これは死ぬ! ていうか普通に死ぬ!」
「大丈夫です! 貴方の身体は今世界の壁を越えるために全ての要素が情報化してますからこの程度じゃ死にませんし死なせません! 神を舐めないで頂きたい!」
「何キレてんだお前ぇえええっ!」
「いちばんキツイとこ通りますよ!! ほら身構えて!」
「話を聞けぇええええええええおおおおおおうううぇえええええええええ!!??」
逆なのか順なのかも分からないキレ方をされながら、オレはより一層激しい嵐の中でトルネードスピンする。
普通だったら身体中の色んな穴から色んな汚い液体を撒き散らしているだろう。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「つっ、連れてきました!」
「遅い、待ちくたびれた」
地面に突っ伏して荒すぎる息で体を痙攣させているオレの頭上で、二つの女の声が会話を始めた。
「ぜぇっ、ぜはぁっ、おえっ、うっぷ」
突然襲いかかってきた吐き気や目眩や頭痛や耳鳴りがあんまりにも酷くて、それだけで死にそうだ。
なんだ一体、なんでオレがこんな目に。
まとまらない思考では今の状況に追いつく事もできない。
グルグルとした視界の端っこ、瑞々しい緑の芝生の上で、複雑な紐で足首を固定されたサンダルみたいな履き物がヌッと出てくる。
「この人?」
「はっ、はい! ああっ貴女のリクエストに可能な限り応えましたよっ! どどどっ、どうですか?」
さっきまでオレと会話をしていた方の女の声が、わかりやすく泣きそうなぐらい震えている。
呂律もほとんど回ってなくて、甘噛みしかけているその声は最初に聞いた時よりも若く幼く聞こえる気がした。
「うるさい。黙ってて」
真っ白な生足素肌に黒い紐のコントラストが眩しいそのサンダルの主が、未だ悶えて荒い息を吐いているオレの前で膝を曲げて屈んだ。
「顔、見せて」
頭の両側に手を添えられて、ゆっくりと首を上に曲げられる。
日光を背にしているのだろう。
逆光があまりにも眩しすぎて、そしてまだ目を回しているせいで目をちゃんと開けられず、その女のシルエットが判然としない。
ふわふわと広がる細くて長い髪が、太陽の光に透けてキラキラと輝いている。
白髪……?
でも、声を聞く限りだと若そうな感じなんだけど。
「うん、良い。アホ神にしてはいいチョイス」
「えっ、えへへへ。あざーすっ!!」
神を自称していた方の声が、へらへらとした声で嬉しそうに笑った。
「調子に乗るな」
「はっ、はいっ! すすすっ、すでに『恩恵』を授ける準備は整っておりますです! はいっ!」
どこかドスの効いた声に一転、神はビクンと声を張り上げる。
「ん。それでいい。最初に比べて大分有能になってきたね。褒めてあげても良い」
「こっ、光栄ですさーせん!」
そのやりとりを息も絶え絶えに聞きながら、オレは事態を把握する事だけに集中する。
いまだオレへの説明は一言も無い。
頭の片隅でそこに苛立ちを感じつつも、最初から覚えていた命が脅かされている感覚が消えない。
やばい。なんか知らんが、これはオレ……とてもヤバい事に巻き込まれている。
何かをどうにかしないと、近いウチに間違いなく死ぬ。
冷や汗や脂汗、そして感覚的におよそ良く無い色んなモノを直感で感じ取りながら、オレは『彼女』の顔をなんとか直視しようと意識を集中させる。
たぶんこれが、生を渇望する本能なのだと思う。
「ようこそ」
滲んだ視界が徐々に晴れ始めた時、『彼女』が薄らと笑いながらオレへと語りかけた。
その瞳は……妖しいまでに光り輝く燃えるような金色。
目鼻立ちはしっかりと、輪郭はシャープで、美しさと可憐さが調和した幼さの残る顔立ち。
釣り上がり気味の目元や、長い睫毛は白金の様で。
100人中99人が『絶世の美少女』と形容するだろうその女は、オレの右頬を撫でながら薄桃色の小さな唇をゆっくり開く。
「逢えて嬉しい。ボクのだぁりん」
「だ、ダーリン?」
なんとか声を出す事に成功したオレがそう返事をすると、女はまた薄く嗤う。
「ええ、これからずっと。永遠に」
背筋に走るのは、嫌悪から来る怖気か。
それともその人間離れした美しさに気圧されて感じた、畏怖なのか。
ただ一つだけ、オレに理解できたのは。
「アナタを愛してあげる」
やべぇ女に、捕まってしまったという事だけだった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆