二章:再び(2)
あの五分の間に何があったんだ。席は完全に埋まっている。師匠のネームバリューか?
最速でホールに向った筈なのだが、立ち見となってしまった。
訳あって代表の座を降りた師匠だけれど、国民からの信頼は随分手厚かったし当然と言えば当然なのか。
にしても何で随分経った今?というか…
「良く知ってたな?」
元世界代表が俺の師匠だと認知するのは学内ではいないと思っていたんだが。
「ま、まあ、何度か面識がありまして」
……接点あるのかよ。
「そっか」と、それ以上の追求は辞めておく。
少し時間が経つと照明の光は徐々に消えて行き、ステージだけにスポットライトが当てられた。
バタンッ!とドアの開閉音が静寂のホールに響き渡る。
……後ろ!!
「ら、雷斗様どうしたんです。そんな身構えて」
「殺されそう」
「何か大罪でも犯したんですか?」
「ああ、大罪だ」
途中で試練投げ出したり……戦挙から逃亡したりだとか。
ホールは暖かい筈なのに凄い鳥肌が立つ。
「そう、でしたか」
扉は俺の直ぐ隣、視線が……視線が!!
きちっとした黒スーツ。後ろで括った長い黒髪にギラっと鋭い切れ長の紅い目、百七十センチ程あるすらっと大きな女性。
変わりなくカッコ良い。怖い。
ん?
後ろから…………は?
師匠の後を歩く一人の女の姿。そんな女に俺は師匠の事どころか周囲全てが一瞬で目に入らなくなる。
俺はそいつを知っている。忘れられる筈がない。
どれだけ抑え込もうとしても怒りという感情が沸々と沸き立ってくる。
赤茶色の癖ッ毛のショートカット、目つきの悪さ、滲み出る出る人相の悪い顔面、一生忘れる事はないだろう姿。
何で……あいつが……ここにいる?何で師匠、と……!!
気付いた時には拳を構え、女の腹部を撃ちぬこうとしていた。
「雷斗……落ち着け」
師匠の顔は鬼の形相だが声は優しく諭すようで、そんな姿に俺は平静を取り戻す。
……危ねぇ。マジで殺すところだった。
拳と殺気を即座にしまうが、何人かにはバレただろうな。
「雷斗様、良く思い留まりましたね」
「お前がパートナーをしてくれてるおかげでな」
「ですよね!!」
自分大好きか。
「にしても予想外の来客ですね」
「あいつのことまで知ってんのか?」
「そりゃもう隅々までピカピカに!!」
掃除かよ。
しかし思い出すだけでも怒りは沸いてくる。
くそ、存在が気に食わない。
『えー、では本日は……』
…………………………。
……………………。
話なんて一つも耳に入る訳もなく講演会は幕を下ろした。
……師匠の所に。
「雷斗様」
「ん?」
千鶴はちょんちょんと自分の胸ポケットを触った。
……俺のポケット?
ゆっくり顔を下ろすと胸元のポケットから小さな紙切れが外を覗いていた。
いつの間に……。
『講演会が終わった後、裏口で待つ』
師匠の字だ。
『来なかったら、分かるよな?来ても殺すがな』
結局運命は決まってるんだね神様。
『千鶴ちゃんと一緒に来い』
千鶴も一緒に?
「?」
「今から……」
「お供します」
言わずもがな、か。
直ってまーす