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スーパーの怪  作者: まきの・えり
9/11

スーパーの怪9

 私は、ムカッとした。

「スーパーの仕事は素人でも、客としては、三十年以上(?)の実績があります」

「そんな実績で、店やっていけたら、誰も苦労せえへん。

 そこらへんの人が、全部、店のオーナーが勤まるか?

 そんな実績やったら、世界中に掃いて捨てるほどある」

 さすが、海千山千のオーナー二十年以上の実績。

 口では勝てない。

「おじちゃん」とそれまで黙っていた男の子が言うと、「おお、ボク、長い間、来えへんかったなあ」とオーナーが答えた。

 え?

 この二人は、顔見知り?

「何言うてんねん、おじちゃん。

 毎日来てるよ」

「そうか。

 おじちゃんが知らんかっただけか」

 あれー?

 案外に、子供好き?

「ボクがパンや牛乳買って、お母さんがおかず買って来るの」

「そうか。

 毎日、偉いなあ」

 このおっさん、もしかして、全部知ってて言ってる?

 または、知らずに調子を合わせてるだけ?

 ああ、私には、読めない。

「まあ、そういうことで、一件落着やな」とオーナー。

 な、何が、一件落着した?

 霊のカップルは、何やら二人でヒソヒソと話している。

 男の子は、何となく影が薄くなっている。

 オーナーは、一人でニコニコしている。

 私は、どうしたらいいのかわからずに、ボウッとしている。

 ま、疲れているのもある、と思う。

「坂口さん、あんたは、シッカリレジと掃除をやる。

 大塚君と花井さんは、奥の仕事。

 それから、ボクは家に帰り」とシッカリ全員に指図している。

 私は言われるままに、レジに戻りかけたが、男の子は、まだそこに立っていた。

「おじちゃん、ここに幽霊がいる?」とまた例の質問だ。

「いっぱい、いてるで」と子供に言う返事ではない。

「ボクのお母さんも、もうじき来る」とオーナー。

 そうか。

 やっぱり全部知っていて、言ってたのか……

 この狸オヤジ!

「ほんと?」と男の子の目は真剣だ。

「ほんまや。

 あんまりお母さんに心配かけたら、アカンで」

「ボク、お母さんに心配なんかかけてない」

「そうや、ボク」と私が、割って入った。

「おばちゃんと一緒に、お家に帰ろう」

「ボク、お母さんに会いたい。

 お母さんが、ボクに会いたいから、ボクもお母さんに会いたい」

「そんなこと言うたって……」と私は、困惑の極致。

「もう一つ、言うといたげるけど、あんたの先生も、もうじき来る」

 私の先生やないんやけど、隆さんは。

 フッ、とオーナーは、鼻で笑った。

「この辺りでは、大した有名人やけど、私にしたら、まだまだ、ひよこみたいなもんや」

 別に、隆さんの肩を持つわけやないけど、隆さんは、おっさんなんかに比べたら、よっぽどいい人やわ。

 ま……程度の問題やけど……

 フッ、とまた、オーナーは、鼻で笑った。

「弟子みたら、師匠がわかる言うてな。

 甘い、とろい、力がない。

 大家のくせに、この店には、一度も足を踏み入れたことがない。

 どうせ、この霊域が怖いんやろう。

 ここは、昔、戦場やったとこで、私にとっては、故郷みたいなもんや」

 わあ。

 古戦場が故郷やなんて、このおっさん、それまで、どういう人生を送ってきたんや、と『甘い、とろい、力がない』私は、思った。

「教えて欲しいか。

 私は、元突攻隊員や。

 生きて帰るつもりもなかったけど、生きて帰った人間や。

 そやから、古戦場で戦った人間は、皆、私の仲間や」

 ちょっと待って。

 元突攻隊って、亡くなった私の父がそうやったけど、今生きていたら、八十才に近い。

「驚いたか。

 私は、七十七。

 喜寿の男や。

 最後の突攻隊員や」

 ガーン。

 化け物同士か……

 オーナー、どう見ても、五十にしか見えない。

 下手したら、四十代に見える。

 片や、隆さん、五十七になったはずなのに、どう見ても、三十代にしか見えない。

 下手したら、何かのはずみに、二十代に見えたりする。

 もう、私には、手の届かない世界。

 二人で勝手にやってください。

「そら来た」

 オーナーの目線を追うと、南さんと隆さんが、店に入って来るところだった。

「あ、お母さんだ」と男の子は、すぐに、南さんのそばに走って行った。

 もう見るまでもなく、隆さんは、息子同様、消耗し切っている様子だ。

 相変わらず態度は偉そうだけれど、顔面蒼白、身体が小刻みに震えている。

 オーナーにとったら、『ひよこ』か、とつい思ってしまった。

 別に、あんたが来ることはないやろうに、と思ったけれど、『隆さん、応答願います』と言った私の念(?)に答えて、やって来たのかもしれない。

 わ、私の責任?

「ああ、これは、大家さん、お宅以外で、お目にかかるのは、初めてですな。

 いつも、お世話になっております」と狸オーナー、物腰は丁寧だが、目が勝ち誇っている。

 ここでは、わしの勝ちや、と思っているのは、明白。

 ああ、何となく、身辺がザワザワする。

 気温は、更に低くなっている。

 もう寒いぐらいだ。

 この古戦場で戦っていた霊達が集まってきている。

 のだろうか。

 ガクッと、隆さんの膝が折れた。

 オーナーの目が、ピカッと光る。

「今日は、体調が悪いみたいですな。

 また、出直したら、いかがです」と勝ち誇ったオーナー。

「今日は、言うことがあって、わざわざ出向いた」と片膝を折っているくせに、隆さんの態度は相変わらず、でかい。

「ここ二十数年」としかし、声が震えている。

「棚上げにしていた家賃の値上げに来た」

「ほう。

 いくらに上げはる気ですか」

「会計士に世間の相場を計算してもらったら、月額二十三万になる」

「ほう。それは、無茶苦茶な値段ですな」

「今までの分はいい。

 来月から、賃料は、この値段だ」

 何となく、周囲が緊迫した瞬間、「ねえ、ねえ、このおじちゃんも幽霊?」という男の子の無邪気な声がした。

「このおじちゃんは、違うの」と私は、つい答えてしまった。

 イライラして、思わず、幽霊はあんたよ、と大人気なく言ってしまうところだった。

「ただし(匡)」と南さんが叫んだ。

 生き霊なのか、実在の人物なのか、私には判断がつかない。

 何で、私が漢字を知っているかと言えば、表札で見たからだ。

 ちなみに、南さんの夫の名前は、勉だ。

「お母さん?

 何か、お婆ちゃんになっちゃった」と男の子は、女性に対して、言ってはいけないことを言った。

「だって、あんた、あれから、もう五年も経つんだもん」と南さんは、キッチリと答えている。

 生き霊?

 実在の人物?

 まだ、わからない。

「何から?」と無邪気な男の子の声。

 わあ、もうやめて、ソッとしといて。

 ソッとしとこう、と私は思う。

「春子、現実を知らせないと、霊は成仏できない」と自分が成仏する寸前みたいに見える、隆さんが言った。

 けど、この場に私は立ち会いたくない。

 ああ、もうイヤ。

「……あ、あんたが死んでから」と南さんは、ついに言った。

「私が悪かった。

 お母さんが悪かった。

 いやがるあんたに、無理に、ここの惣菜を、おかずを食べさせた。

 あんたは、吐いて、下痢して、次の日には、グッタリして、救急車で病院に運ばれた」

「ほんと?

 ボク、何も覚えていない」

「私は、ずっと、大丈夫、大丈夫、何も心配することない、とあんたに言った」

「うん。ボク、何も心配しなかった」

「私だって、本気で大丈夫だと思った」

「うん。覚えてないけど、ボクは、大丈夫」

「私は、悪いお母さんだった。

 せっかく受かった付属小学校を、あんまり休ませたくなくて、多分、まだ体調のよくないあんたを退院させて……

 勉強をさせたかった」

「大丈夫だよ。

 だって、ボク、勉強好きだもん。

 それに、お母さんは、いいお母さんだよ。

 だって、ボク、お母さんのことが、大好きだもん」

 辺りは、シーンと静まり返っていた。

 私は、その辺りにあったティッシュを取って、涙を拭いた。

 その辺りにいるらしい霊からも、グスグスというすすり泣きの声が聞こえている。

「まあ、南さん」と言う、オーナーの声が聞こえてきた。

「子供さんを亡くした、あんたの気持ちも、痛いほどわかる。

 この店に復讐したいという気持ちも理解できる。

 けどな、あんた、何で、あんたが、生き霊となってまで、復讐の念に燃えるか言うたら、それは、あんたの罪悪感や。

 あんたが、この子を殺した、という罪悪感や」

 ウワーー、と南さんは、泣き崩れた。

 どっか違う、と思いながら、私もオーナーの意見に、説得されかけていた。

「お母さんのせいにするな」と男の子が言った。

 そして、私の目を、真っ直ぐに見た。

 こ、こんな時に、わ、私の目を見ないで。

「ボクは、もう死んでいるの?

 ボクは、幽霊なの?」

 私は、思わず、目をそらしてしまった。

「ほんまに、あんたの先生同様、甘い、とろい、力がない」とオーナーが言った。

「ちゃんと、正直に事実を知らせてやったらどうや」

 隆さんは、私の先生やないんやけど。

 まあ、私も、甘い、とろい、力がない。

 うん、と私は、うなずいた。

 仕方無く。

「あんたのせいでも、お母さんのせいでもないけど、あんたは、もう死んでいる子なんよ」と、私は、男の子の目を見て、答えた。

「嘘」と男の子が言った。

 わあ、絶対に見たくはなかった。

 この年齢の子の唇が震えるところなんて。

「あんたは……」と私が、言いかけたとたん、南さんが、男の子を抱いた。

「そのおじさんが言う通りや。

 お母さんのせいなの。

 全部、お母さんのせいなの」

「ボクは、何で死んだの?」

「ボクのお母さんが、無理に病院から連れ帰ったせいや。

 さっき、お母さんが言うてたやろ」とオーナーが言った。

「何で、ボクは病院にいたの?」

 また、辺りが、シーンと、静まり返った。

「私が悪いんです」と惣菜係さんが言った。

 大塚店長も一緒だ。

「ボクが悪いんです」

「私が作った料理が原因で、皆さんが……

 ボクが、食中毒にかかって、病院に入院することになってしまったんです」

「いいえ、ボクが、もっときちんと管理していたら、こんなことにはならなかった」

「私は、死んで、お詫びしないと……」

「ボクも、自分のせいで、こんなことになって、もう生きていけない」

 ああ、こんな展開になるんじゃないか、とどこかで思っていた自分が怖い。

「あんた達のせいと違う。悪いのは、このおっさんや!」ととうとう、私は叫んだ。

「そうです」と南さんが言った。

「私は、自分が悪いと思って、何年間も、自分を責め続けてきました。

 今思い出しましたが、私、自殺したんです」

「お母さん!」と男の子が叫んだ。

「ダメ、ダメ、そんなことしちゃ」

「そう、去年の暮れ。

 もう生きていても仕方がない、と思って、病院でもらって、飲まずにためていた睡眠薬を飲んだ……」

 ワアアア、という男の子の泣き声が、周囲を圧倒した。




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