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スーパーの怪  作者: まきの・えり
7/11

スーパーの怪7

 賞味期限をシッカリ確かめて、売れ残りの弁当の一つを買った。

 奥のまないたの上で、モソモソと一番安い弁当を食べていると、

「それ、おいしくないでしょう」という声がした。

 この声は、惣菜係さん。

「いくら言っても聞かないんですよ、あのオーナーは」と言っているのは、大塚店長だ。

 隆さんの話を思い返して、二人を見ると、本当にお似合いのカップル。

「恋人同士?」と私は、たずねた。

「ええ、この夏に、結婚するんです」と大塚店長の顔が輝いた。

「ほんま? おめでとう」

「仕事の関係で、休みが取れないので、入籍だけになりそうなんですけど」

 可哀相に。

 あのオーナーの下、休みなしで働いてたわけね。

「何か、お祝いさせて」と私は、少し物悲しい気分で言った。

 本当やったら、今頃は、幸福な結婚生活を……

「そんなお祝いやなんて」と大塚店長は、照れている。

「私達、施設育ちで、家族も親戚もいてないから、これから、二人で、自分たちの家族を作るんです」と惣菜係さん。

 トホホホホ、と私の目の端に涙が滲んだ。

「オーナーのこと、悪く思わないでくださいね。

 早く仕事を覚えて欲しい一心なんですから」

「ああ見えて、気前のいいとこもあるんですよ。

 残った惣菜やパンをくれたり」

「私ももらったけど……」

「ああ……」と女の人の顔が曇った。

「言うてるんですけど、やめてくれないんです」

「何をですか?」

「総菜の賞味期限を1週間も先にするのは、やめて欲しい、と頼んでるんですけど。

 特に、今の季節は、食べ物が傷みやすいんで……」

 ちょっと待て。

 賞味期限が1週間先?

 この梅雨時に?

「そうなんです。

 もし、誰かが食中毒にでもなったら、と心配で」

 心配で……

 それで、店に出てきているのか……

「ボクの責任ですから」

「いいえ、作った私の責任です」

 自分達が、霊になっているんだと、気がついていない?

「ああ、この店ね。

 前から、そういう噂があるんです」

「そうなんです。

 私、怖くって。

 物が勝手に動いたり、棚からコロコロと缶詰が落ちてきたり。

 一番怖かったのが、オーナーに何度も叱られたんですけど、ガラスケースに手形がついてて、いくら拭いても、その時は綺麗になっても、また、次の日には、手の形が出てくるんです。

 ほら、あのレジの横のガラスケース」

 私が一生懸命に掃除したケース。

 ゾゾッ。

 前から、そういう店やったわけか。

「だから、私達が、シッカリがんばらないと」

「ボクが、もうちょっと強く言えたらいいんですけど、経験も何もないボクを、ここまでに育てていただいた恩もあるし」

 いい人達なのよね、最初に思った通り。

「あなたも、がんばってくださいね」

「は、はい。

 できるだけ、がんばります」と答えるしかない。

「ちょっと、もう30分経ってるで」とキッチリ25分で、オーナーが声をかけに来た。

 私は、タイムカードを押して、レジに戻った。

 あの二人は、自分達が死んでいることに、気がついていない。

 また、死んだ原因も、多分ショックのせいもあって、忘れている。

 思い出したら、どうなるんだろう、と思うと、ちょっとゾッとした。

「これちょうだい」と食後の一番の客は、幼稚園ぐらいの男の子だった。

 お金とメモを手に握っている。

 マヨネーズ、食パン、牛乳。

 他に客がいなかったので、一緒に店を回った。

 お釣りと商品を渡して、「ありがとう」と言うと、ジッと、私の目を見た。

「ここ、幽霊がいる?」

「さあ、どうかな?」

 幼稚園の子供相手に、どう答えたらいいんや!

「綺麗なお姉ちゃんがいるよね」

「う、うん」

 子供には見えるのかなあ……

「おばちゃんじゃなくって」

 おばちゃんで、悪かったな。

「そしたら、お母さんが、きっと、それは幽霊やでえ、って言うの。本当?」

 うーん。

 答えにくい質問だ。

「あ、あのお姉ちゃん」と少年の指差す方向には、惣菜係さんがいて、ニコニコして、手を振っている。

 アチャー。

 シッカリ見えているわけね。

「幽霊と違うよね?」

「う、うん」と答えるしかない。

「バイバーイ、お姉ちゃん。

 おばちゃんもバイバーイ」

「バイバーイ」と手を振るおばちゃんの私。

 それを皮きりに、また店が客で立て込んできた。

 店の中では、レジの一帯だけが、気温が高いような気がする。

 風が一番通らないところのせいか、または、台所の熱気が通風口を通って来る場所だからか。

 多分、両方だろうけど。

 クーラーを入れないんだったら、扇風機ぐらい欲しいよな、と思ったら、どこからか扇風機の風が入ってきたような気が……

 店長さんの仕業ですか?

 あの軍手や段ボールの紐も……

 いい人なのよね、実は、霊だけど……

 しかし、この季節に、惣菜の賞味期限を1週間も先にしていたら、そりゃあ、遅かれ早かれ、食中毒は起こる。

 5時前に、「ちょっと打ち合わせ」と言って、オーナーが出て行った。

 その瞬間、誰かが横に立ったような気配がして、ギョッとした。

 新たな霊の出現か、と思って見たら、今日は、5時からの南さんだった。

「今、オーナーが出て行ったから言うんですけど」と何やらヒソヒソ声だ。

「この店、早く辞めた方がいいですよ。

 私も、もう辞めようと思ってるんです」

「え? 何でですか?」

 やっぱり、霊のせい?

「知ってます?

 オーナーが、奥の部屋から、監視カメラでズッとレジや店の中を覗いてるん」

「へえ」

 何や、そんなことか。

 あり得る話で、驚かない。

「何か、気持ち悪いやないですか」

「そりゃ、まあ」

 気持ちよくはない。

「それから、この季節でも、クーラーも入れないし。

 まあ、店は、何となくヒンヤリしてるからいいけど、このレジの場所は暑いでしょ?」

「確かに、暑いですね」

「それから、目茶苦茶ケチやと思いません?

 店の中、蚊がいてるんですけど、蚊取り線香、一回4センチにして、て言うんですよ」

「まあ、オーナーですからね」とあの二人の霊の手前、何となく庇ってしまった。

「それから、これは、お客さんに聞いたんですけど、知ってはります?」

「何ですか?」とちょっとイヤな予感。

「ここ、幽霊が出るって」

「え、ほんまですか?」

 と答えるしかない。

「ここだけの話なんですけど、五年ぐらい前に食中毒事件があったらしいんですよ」

「え!」と演技賞もの。

「やっぱり知らなかったでしょう。

 そのお蔭で、お年寄りや子供たちが大勢入院する騒ぎになったんです。

 そのうちで一番体力の無かったお年寄りが一人と、小学生の男の子が一人、退院した後で、亡くなってるんですよ」

「え!

 嘘でしょう」

 店の人以外から犠牲者が出たとは、隆さんからも、聞いていない。

「それから、これは知ってはるかもしれないんですけど、その当時の店長さんと、惣菜係だった女の人が亡くなっています。

 自殺です」

 話を聞いているうちに、微かな疑問が生じてきた。

 私と同じ時期に店に入ってきて、急に休んだりして、私よりも店にいる時間が少ない南さんが、どうして、こんなに詳しい事情を知っているのだろうか。

「不思議に思われるのも無理はありません。

 私は、復讐のために、この店に来たんです」

 ゲエ。

「亡くなった一人は、私の息子です」

 アチャー。

 霊の上に、復讐者まで出現。

「年いってから出来た子やったんで、ほんまに可愛がって育てました。

 けど、私も悪かったんです。

 英語の勉強がしたかったんで、毎日みたいに英語教室に通って、家でも勉強してたんです。

 こういう親の姿を見せておけば、子供も勉強の好きな子になるかと、浅はかなことを考えました。

 それで、ついつい手抜きして、家の近くで惣菜を買って帰ってたんです。

 風邪をひいた後で体力が弱ってたんで、栄養をつけさせようと思って、いつもより余分に買って、あんまり欲しくない、という子を励まして食べさせたんです」

「それは、それは……」と言うしかない。

 もう、どう言うたらいいのか。

「子供が死んでから三年間は、自分を呪って過ごしました。

 勉強になんか何の意味もなくなってしまったし、夫は他に女を作るし……

 霊が出るという噂も流したし、惣菜は腐ってるという噂も流しました。

 けど、それでは、ラチがあかないので、直接、店に就職したというわけです。

 よその店で、レジの勉強やら、販売の実習をやりながら、復讐の機会を狙っていたんです」

 またも、目の端に、ジワッと涙が浮かんだ。

「お気の毒に……」

 しかし、どこかで、あーあ、来るな、という気配は感じていた。

 ガタガタガタ、と周囲が揺れ出していた。

「な、何ですか?」と南さんは、うろたえている模様。

「多分、地震でしょう」と私は、言った。

 ただの地震じゃないけれど。

 夢の中のように、キャベツやキュウリや大根が、棚から転げ落ちてきた。

 缶詰類も転がっている。

 まあ、私に向かって、飛んで来ないだけマシだ。

「後片づけが、大変ですよ」と私は、言った。

「怖くないんですか?」と南さん。

「まあ、慣れてると言えば、慣れてますし」と言うしかない。

 変な話だが、土曜日の午後だというのに、客が全然来ない。

 まあ、だから、こうやって話を聞けたわけだけど。

「そりゃあ、土曜日曜は、皆、都心のデパートかもっと大きいスーパーに行ってますよ。

 誰も、こんな店になんか、来るもんですか」と南さんが言った。

 はて。

 この人も、私の考えていることが読めるのだろうか?

 霊なのだろうか。

 けれど、レジを操作しているのを、私は見ている。

 隆さんや、息子みたいな存在なのだろうか。

「誰にも言えなかった話をしたら、何かスッとしました。

 あ、もう帰らないと」と言うと、南さんの姿が、スッと消えた。

 アチャー。

 やっぱり霊か。

 ということは、後片づけは、私の仕事というわけだ。

 また、ボチボチと来始めた客の相手をしながら、

「すみませんね、散らかってしまって」

 と言いながら、合間合間に、転がった野菜や缶詰を元の棚に戻した。

 7時になると、学生風のバイトがやって来た。

 結局、7時まで働いたわけだ。

 私は、失礼だとは思いながら、つい、ジロジロと見てしまった。

 また、霊?

「しばらく体調が悪くて休んでたんですけど、復帰しました」ということだ。

 でも、まだ、油断はできないぞ。

 けれど、タイムカードを押して、ヨロヨロと家路についた。

 もう、買い物をする気力なんか残っていません。

 霊でも何でもどうでもいい気分。

 ようやく家に帰ると、宴会の真っ最中だった……

「明子さん、疲れてると思って、差し入れ」と隆さんの妹の範子さん。

 この人だけは、私の本名を呼んでくれる数少ない人。

「オレもおいしい地酒が、また手に入ったから持ってきた」と隆さん。

「お母さん、お疲れさま」と息子。

 ええ、ほんまに、もうお疲れさま。

「私、もう寝ます」とヨロヨロと自分の部屋に向かった。

「まあ、そう言うな。

 明日は、休みだろう」と隆さん。

「ええ! 何でですか?」

「日曜日は、オレの弟子が、ここ三年働いている。

 このところでは、一番続いてるんじゃないか」

 では……

 明日の日曜日は、お休み?

 あ、凄く嬉しい。

 もう、今日のことなんか忘れて、宴会、宴会。

 そのとたんに、周囲の気温が、クーラーもつけていないのに、ズズッ、ズズッ、と下がり始めた。

「何があった」と隆さんが、言った。

 もう、思い出させないでちょうだい。

 あの霊カップルの二人に、もしかしなくても、事件の真相を知られてしまったかもしれないんだから。

「そうか」と勝手に、人の考えを読まないでちょうだい。

「春行、手伝ってくれ」と隆さんが言った。

「ええ、また、お兄さんの趣味に付き合うの?」とケラケラ笑う、霊とは一切無縁の幸せな範子さん。

 ははーん。

 家の周辺に結界を張る気か。

 ま、あの地に地縛されている霊なら、それも有効かもね、と隆さんと息子との付き合いで、何となくわかる私だった。

 本当は、知りたくも、わかりたくもない!

「さ、春子も飲め。

 明日は休みだ」としばらくの黙想の後で隆さんが言った。

 どこかでカッコイイと思って見惚れてしまっていた私。

 ハッと我に返る。

 けど、隆さん、復讐者の霊まで出たんですよ、と心の中で訴えている。

「ま、仕事のことは忘れて、飲め、飲め」と首謀者のくせに無責任だ。

 そりゃあ、私だって、嫌いじゃないから、飲めと言われれば飲みますけど。

 グビー。ああ、おいしい。

「これ、何ていうお酒ですか?

 すっごいおいしい」

「さあな。

 蔵元が自分のために作ってる酒だからな」

「ホエー。蔵元がねえ」

 ワハハハ、と疲れているせいか、一杯で酔っている。

「もう、明子さんたら、一杯で酔ってるんだから」アハハハ、という範子さんは、すでにかなり酔っている気配。

 ま、もう、どうでもいいわ、と思っている。

 あんな店のことなんて。

 けど、隆さん、あの女の人って、霊なんですか?

「聞いた限りでは、生き霊だろう」

 聞いた限りって、あんた、いつ聞いたん。

 もう、わからん。どうでもいい。

 グビー。

 グビー。

「春行、明日、店に行け」と息子に命令している声が聞こえて、私は、ハッとシラフに戻った。

「ちょっと待ってくださいよ。

 何で、息子があんな所に行かないといけないんですか」

「大藪一人では、1時間ももたないだろう」

 酔っている勢いもあって、私は、つい隆さんの首を締めていた。

「だから、何で、息子が行かないといけないんですか。

 行くんだったら、私が行きます」

 そうよ。

 隆さんが、祓うことのできないような霊域に、何で息子を行かせることができるのよ。

「お前は、もう限界だ。

 後は、春行にまかせろ」と知らない間に、私の首締めを抜けた隆さんが言った。

 クソ。

 一体、いつの間に抜けた。

「後のことは、春行にまかすとして……」と隆さんは言っていたが、もうこの時点で、私は、翌日も行くことに決めていた。

 経験上、明日が一番危ない。

「勝手にしろ。

 後で倒れても知らんからな。

 春行には、オレがついている」

 そして、笑いながら付け足した。

「お前には、霊がついているか」

「気色悪いこと、言わんとってください」この家の霊だけで、もう充分以上。

 範子さんだけが、何も知らずに、ケタケタと笑っていた。

 この兄の妹でありながら、今まで、霊に接触したこともないなんて、羨ましい限りだ。

「もう、明子さんまで、お兄さんに影響されて」

 ケタケタケタ。

 誰も、影響なんかされたくないわ。

 勝手に、影響してくるんやないの!

「ああ、そう言うたら、私の同級生やった、南さん、意識を取り戻さはったんやて、お兄

さん。

 子供さんが亡くなってから、ずっとノイローゼ気味で、去年の暮れやったか、自殺未遂して意識不明やったんやけど、一週間ぐらい前から、何か意識が戻り始めて、今日、ハッキリ意識が戻ったんやて」

 ウワア。

 その人や。

 スーパーに同じ時期にバイトに来てたんは!

「やはり生き霊か」と隆さんが言った。

「何言うてんの、お兄さん、ずっと入院してはったんやて。

 同級生いうても、クラスは違ったし、顔もあんまり覚えてないけど。

 今日、偶然会った佐々木さんに、聞いただけやって」




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