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スーパーの怪  作者: まきの・えり
5/11

スーパーの怪5

「お母さん、お帰り」と今日は、息子が待っていた。

 手にしているのは、人形の足袋。

 慌てて、後ろに隠したようだが、私は、シッカリ見てしまった。

「仕事、断ってきたから」と私は、言った。

「あ、ほんま」と何か慌てている。

「春樹、あんた、何か私に隠してない?」

「え? 別に」

 こういう時に悔しいのは、息子や隆さんには、私の考えていることが読めるのに、私には、全然わからない、ということだ。

「最低のオーナーやわ。

 病気で入院してる人をクビにするし」

「あ、そうなん」と別に驚いた様子は見られない。

「あんた、もしかしたら、そのこと、知ってたん?」

「え?

 え?

 何のこと?」とますます挙動がおかしい。

『人形は、働く』と言いながら、足袋を脱いだせいで、見た目に少々締まりのなくなった日本人形が、空中浮遊をしている。

 空中浮遊というより、空中を旋回している。

 コイツも何か隠しているな。

「人形」と私は、日本人形を呼んだ。

「あんた、今日、店に来た?」

 あのレジの横に見えたのは、もしかすると、幻ではなかったのかもしれない。

『人形は、知らない』

 フフーン。

 こいつがこういう台詞を言う時は、絶対に何かを隠している。

「お母さん、ごめん」と息子がついに言った。

「オレ、どうしても心配やったから、この子に、時々行ってもらってたんや」

 ああ、これで、謎は、全て解けた。

 初日の人形の汚れた顔や着物や足袋。

 今日息子が隠し持っていた人形の足袋。

 レジの横に見えた人形の幻。

「何が、そんなに心配やったん」

「そやかて、お母さん、最初から、何かイヤそうやったから」

 まあ、そう言うたら、そうやった。

「それに、この子がどうしても行きたい、て言うし」

 フン。

 どうせ、その子の希望の方が、大きい理由やろ。

「そ、そんなことないよ」と勝手に人の考えを読んで、うろたえるな。

「隆さんが、お母さんなら絶対大丈夫て言うてたけど、何か心配で」

 まあ、そういう言い方をされると、悪い気はしない。

 冷たいように見えて、息子は息子で心配してくれてたんや、と少し嬉しいかも。

「今日は、ボクが料理を作っておいたから」と言われて見ると、卵と空豆の湯掻いたものに、肉ジャガ。

 どこかで聞いたような料理だ。

「ビールのアテにと思って」とどことなく、息子は殊勝。

 まあ、これが、いつもの息子で、ここ何日かは変だった。

 おっさんのくれた紙袋を開けると、確かに賞味期限が前日までの菓子パンが、七つばかり転がり出てきた。

「ああ、パンや」と息子が喜んでいる。

「え?」と私は不審顔。

「春樹、あんた、パン好きやったん?」

「うん。知らんかった?」

 し、知らんかった……

 今の今まで。

「ごはんも好きやけど、パンの方が好き。

 おいしそうなパンやなあ」

「けど、賞味期限切れてるよ」

「一日ぐらい大丈夫やて。

 ごはんの後で食べよう」

 ゲッ。

 食事の後に菓子パン……

 何という恐ろしい組み合わせ。

 何となく雰囲気的には、まだ私は、明日も出掛けるような気配になっている。

 けど、行かない。

 絶対に行かない。

 息子が菓子パンを食べている横で、チビチビとビールを飲みながら、立ち仕事のせいで痛む足をさすっていると、ジリリリーン、と電話のベルが鳴った。

「お母さん、隆さん」と息子。

 あれ?

 隆さんの家には、電話はなかったはずなんでは。

「はい」と出ると、やはりの隆さんだった。

「念でかけているから、手短に言う」とどこか息が切れている感じだ。

「『まるとくや』から範子に電話があったらしい。

 お前のことを褒めていたらしい。

 特別に時給750円払うと言っている」

「今までの分、タダ働きですよ」

「それは聞いていない。

 きちんと働いた分をメモしておけ。

 給料は取ってやる。

 当分5時から7時に来て欲しいそうだ」

「けど、私、もう……」と言った時には、電話はツーツーと切れていた。

「途中で切れた」と息子に言うと、

 「お母さんにはテレパシーが通じへんから、隆さんも大変やな」という、誰の味方かわからない返事だった。

「電話ぐらいつけたらいいやないの、金持ちなんやから」と私は言った。

「オレかって、電話なんかない方がいいよ」という返事。

 隆さんといい、息子といい、電話も携帯もテレビもいらないという、もう変な人種。

「時給750円か……」と言いながら、電卓を出してきて、毎日2時間で20日働いた場合の計算をしてみた。

 3万円……か。

 正にビール代。

 試しに、一日フルタイム8時間で、20日だと……

 月給12万円。

「やってられるかあ!」と思わず叫んだ。

 ここまで計算してみないと、どれほどのものか、よくわかっていなかった。

「確かに、今時、市内で時給750円は安いなあ。

 オレなんか、代稽古で2時間教えて、隆さんに5000円はもらってる。

 助手の時も、2000円」

「わあ、私も助手をやる」と思わず言ってしまった。

「へえ、隆さんの弟子になる気なんや」と息子にクールに言われて、

「やらへん!」と前言撤回。

 誰が、隆さんの弟子になんかなるか。

 けど、高い時給は魅力だ。わあ。

「お母さん、スーパーの仕事かって、慣れてきたら、時給が上がるって」と息子に慰められる始末。

「どれぐらい?」

「うーん、800円か850円ぐらい?」

「いややあ。春樹と同じ最低1000円がいい」

「じゃあ、隆さんの弟子になれば?」

「もっと、いややあ」

「じゃ、オレ、隆さんのところに行ってくる」と私の相手をしていても仕方がないと思ったものか、息子はスッと立ち上がった。

「またあ?」

「うん」

「何で?」

「オレは、隆さんの弟子やから。今、呼ばれた」

「あ、そう」簡単な理由なのね。

 息子が出て行ってから、いくら時給1000円でも、こういう時間外の呼び出しも込みか、と変なことを考えた。

 しかも、テレパシーとくれば、逃げようがない。

 それやったら、スーパーで、いずれ850円もらう方が割はいいかも。

 今までの分も、隆さんが貰ってくれると言ってることだし。

 そや。忘れないように、家計簿につけておこう。

 収支決算とか一切なしの、つけているだけの家計簿だけど。

 月曜日から行ったんだよね。

 月曜日2時間、

 火曜日(掃除も入れて)3時間、

 水曜日、ええと、昨日は、12時に行って7時に帰ったから、7時間(ゲッ、7時間も働いたんや……)。

 木曜日、今日は、1時から7時の6時間。

 合計18時間。

 電卓でパチパチやると、1万3500円。

 何となく嬉しいかも。

 レジは店長に教えてもらったのと慣れたので、もうOK。

 料理もあの女の人がいてくれるから大丈夫。

 掃除は元々プロ。

 うん。悪くないかも、と少し思い直した。

 息子は中々帰って来ず、また、どうせ、念で車を動かすとか、念で電話をかけるみたいな実験をしているんだろう。

 または、元人形オタクの隆さんと、人形の可愛さについて、熱く語り合っているのかもしれへん。

 ま、早く寝よう。

 とにかく、年のせいか、暑さ寒さの気温の差の激しい毎日と、慣れない仕事のせいで、疲れ切っている。

 風呂に入って、寝る前になって、あれ、オーナーは1時に来てくれと言ってたけど、隆さんは、5時と言っていた。

 どっちが正解? と考えながら、眠った。

 仕事以来初めて、夢も見ずに熟睡。


 翌日は、気功のある日だったので、朝から息子と家の掃除を丁寧にした。

「お母さん、掃除だけは、マメやなあ」

 掃除だけの『だけ』は余計やろ。

「今日、どうするの?」とたずねられ、グッと返事に詰まった。

 完全に行くつもりになっている。

 しかし、息子に「やめる」と言い切った手前、何となく恰好が悪くて言えない。

「うん。続けた方がいいよ」とシッカリ考えてることを読まれていた。

 しかし、問題は、1時から行くか、5時から行くかだ。

 ええい、1時に行ってしまえ、と着々と準備をして、出掛けて行った。

 何となく、仕事仕事と、気分がウキウキするから、不思議なものだ。

 1時10分前にタイムカードを押して、エプロンをつける。

「あ、こんにちは」と挨拶する。

 今回は珍しく、レジに人がいた。

 もしかすると、これが、私と同じ時期に応募して働いているという南さん?

 あの料理の得意そうな女の人は、ずっと慣れた感じだったし。

 しかし、レジに人がいるということは、やはり今日は5時からだった?

「南さんですか?」

「はい。そうですけど」と年の頃なら私と同じか少し若いぐらい。

 いいとこの奥様といったおしゃれな感じだ。

「坂口です。同じぐらいの時に入ってきた。よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」と言いながら、目が不審そうに、私を見ている。

「ああ、今日は、1時からか5時からか分からなかったもんですから、1時に来てしまいました」

 アハハ、とつい笑う。

「オーナーにきいた方がいいと思いますけど」と相手の声は冷たい。

 ガクッ。隆さんの言う通り、というのは悔しいが、5時に来るのが正解だったか。

 オーナー、オーナー、と探し回ると、奥の部屋で居眠りをしていた。

 その時、私は見た。

 レジや店内四ヵ所が写っている監視カメラを。

 ふーん、これで、従業員の監視やら、万引きの監視をしているわけね。

 こんなカメラで見なくても、狭い店なんやから、直接見たらわかるやろに。

「オーナー」と呼ぶと、ギョッとしたように目を開けて、辺りをキョロキョロ眺めている。

 寝惚けているのか。

「今日、1時て言うてはりましたけど、5時からやったんですか?」

「いや、することは、ようけあるよ」と1時で正解のようだ。

「あんたを頼りにしてるからね」と言われると、悪い気はしない。

「気功の先生の紹介なんやったらそうと、早、言うてくれな。あんたも人が悪い」

 そうか……隆さんの名前の方が正解だったのか。

「早速やけど」とおじさんは、店の中に所狭しと並んでいる段ボールを指差した。

「今日中に、あれを全部、品出しして欲しいんやわ」

 ちょっと待て。

 大体で数えてみても、三十箱はある。

「そうそう。それよりも、牛乳とか乳製品の方が先やな。

 わかってるやろけど、今入ってるのを出して、奥から入れてや。

 その後で、今入ってるのを入れる。

 入れる前に掃除。

 値段を調べて、値札をつける。

 私は、奥の用事があるから、頼んだで」

 頼んだで、と言われても、一体、どこから手をつけたらいいのか。

 取り合えず、牛乳の値段をレジで調べて、値札を貼ることにした。

「あ、これ」と言って、南さんが、機械を出してきてくれた。

「こうやってつけたらいい」と親切に教えてくれる。

「ありがとうございます。

 私、こういう仕事初めてなもので」とお礼を言っている間に、冷たくレジに戻ってしまった。

 あれ? 今日は、いつものように、客がいない。

 南さんは、暇そうに、レジの周辺の拭き掃除をしている。

 牛乳に値札をつけて、ケースへ。

 はいはい、掃除もね。

 ヨーグルトやプリン類も同様にして。

 さて、この箱だ。

 どうやって開けるか。

 レジにあったハサミを持って来て、ガムテープに切れ目を入れて、ガバッと開ける。

 値段を調べて、値札をつけて、場所を探して、収納。

 値段を調べて、値札をつけて、場所を探して、収納。



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