第一章7、王女様は偵察する⑦
王女様の運は相当強いです。
これからの王女様の手足になる仲間が次々に出てきます。
が、裏切り者ももちろんいます。そしてこの一件の黒幕も・・・
私達は、崖の上に腹ばいになって、下をのぞき込んでいた。
「・・・予想もしてなかったわ」
私が感心してつぶやいた。
「実際のところ私もですよ、殿下」
エリルの父親のマッテオが私と同じように腹ばいになって下を見ながら言葉を返してきた。
マッテオは騎士家の当主で、なおかつ私の幼馴染の桁違いの美女エリルの父親なので、すさまじい美形だ。笑顔で貴婦人を殺すことができると半ば本気で言われていた。だがマッテオはそもそも妻である、エリルの母親オーロラ以外には関心がない。彼は妻にぞっこんで、エリル曰く、マッテオは家ではいつも妻のオーロラの側にいて妻の邪魔をしているそうだった。実のところ他人に言わせれば、確かにオーロラは美女ではあるが、娘のエリルほどではないと言われている。それがマッテオにかかると、オーロラの地位が変わる。彼に言わせれば、オーロラは地上に降りた女神なのだそうだ。そう言われても、マッテオには悪いが、エリルの美しさを見ている私から見れば、申し訳ないが、オーロラはエリルには敵わないと思えてしまう。しかしマッテオの言うようにオーロラにはエリルの容姿ではない何かがあって、それがオーロラの美しさを引き立てているのだろうと思う。マッテオはそういうオーロラを好きなのだろう。
エリルの家は騎士位という厳密にいえば貴族ではない家である。貴族扱いとなるとは言え、貴族とは言い難いしがらみがほぼない地位にいて、いつも割り当てられた役割を果たすことを考えていればよいと言っていたマッテオをエリルを通じて口説き、私付きの騎士家の一つとして家ごとまるかかえしたのだ。そのうちに程度な領地を割り当てて、騎士ではなく貴族に叙爵させようと私はひそかにもくろんでいる。これはエリルにも話しておらず、私一人の心の中にある決定事項だ。ただ、貴族に叙爵しようとするとエリルは嫌がるだろうなとは思っている。確かに家が貴族に叙爵されれば、令嬢となるエリルは私の側にいられなくなる可能性が出てくる。それが嫌だとはっきりと口にするエリルには、私の考える次の地位を用意しているのだが、今はまだそれをエリルたちに明かすわけにはいかないのだ。
「未開の地側に、港を作るとは大胆ですね」
そう言いながら、マッテオは首をかしげている。
「しかし、食料や飲料などはどうやって運んでいるのでしょうか?小型の船で輸送しているとかでしょうか」
私にされた質問ではなかったかもしれないが、私は頬に指を当てながら考え込んだ。
「・・・わからないな・・・。小型船だと荷を積めないから、港から回数をこなさなければ、規定量に達しないと思うけど・・・。小型船だと目立たないとはいえ、それなりに港で動き回れば、目立つと思うけど・・・」
ぼそぼそ言うと、マッテオが同意してくる。
「観察しないと無理そうですね」
「時間がかかるのは、却下だわ。あの隠し港を抑えて、お隣の国の力を削がなければ、いつ何時、隣の艦船が進行してくるかわからない」
私は異を唱えた。
「じゃあ、抑えてから、関係者に尋問して割り出すとしましょう」
「そうしましょう。と、港を抑える算段をしなければならなかったわね」
私は腹ばいになったまま、後退した。マッテオも同じようにして後ずさってくる。十二分に崖から離れると、私は腹側の泥を落としながら立ち上がった。泥は完全には落ちないが、もともと奇麗なままの騎士服は、騎士仲間からダメな騎士との烙印を押されるらしい。汚すのが軍の中での軍隊の人気を決めるという。なんだかばかばかしい慣習だが、汚れは勲章という意味は分かった。目に見える汚れが人気を決めると言うなら、私の側にいつもいてくれる幼馴染五人と護衛騎士隊の十八人、そしてエリルの騎士家、ティアナの騎士家、フィリアの騎士家、ジュリオの男爵家、そしてフラヴィオの男爵家に目に見える汚れをつけなければならないなと、私は何とも頓珍漢なことを考えていた時期もあった。私を王女だと、国王が認知してから私を見る貴族たちの視線に対抗しようとしていた私は、私を支えてくれる皆のことを素晴らしい存在と認めさせようとして、少しの間ばかげた考えを持っていた。今はそんなことはどうでもよく、私を見る貴族の視線など気にならなくなったが、当時の私は王女という重責に息苦しさを覚えていて、周囲の評価を気にして空回りをしていたのだった。王女と言う前に、私は私だと気づいていなかったのだが、意外にも私の息苦しさを失くしてくれたのは国王で、国王は私と私の上の第一王女様と第二王女様に会わせてくれた。私は姉に当たる二人の王女様に、王女といえど完ぺきではないのだからと大いに慰められた。そして息抜きの方法をこっそりと教えてくれた。それを知ってからの私は王女という仕事を肩ひじ張らずに行うことができるようになってきたのだった。
私が近づいていくと、もの言いたげだが何も話さないアイリがミリーナの綱を渡してくる。礼を言って私はミリーナに跨った。もの言いたげなアイリを見やるが、自分から私に発言をすることはない。彼女は私に対して口が重い。しかし私以外には案外気楽に話している。どうやら護衛騎士は発言を許されていない場合は、王女に言葉をかけるのは不敬と思っているようだった。私が問いかけて、発言を許さないとアイリは言葉を発しない。だが、時折の物言いたげな表情や、瞳で質問や意見があると言いたげなときはよくある。
「拠点に戻ります」
私がアイリに声をかけると、アイリが軽く一礼した。
マッテオ達キオーネ騎士家の者たちもワリフに跨っている。
私はアイリがワリフにまたがるのを待つ間に、ミリーナの向きを変え、跨ったところでミリーナを駆け出させた。
私は拠点に戻ると、敷物が敷かれた岩の上に座り込み、指を頬にあてて考え始めた。次の手をどうしようかと考え始めたところで、周りが騒がしくなった。多くのワリフが近づいてくる音がしている。考えるのを中止して、立ち上がる。岩と岩が奇妙に積み重なった隙間は案外広く、ワリフが通り抜けることができる丁度の高さがあり、今の私たちは捜索の拠点として使っている。そこにティアナとフィリアが自分の家の者を引き連れて合流してきたのだった。
握手したり抱き合っている様子を見た私は、新しく浮かんできた考えを纏め、皆に自分の考えを伝えた。丁度私に追い付いてきたばかりのティアナの家であるカルディ家を使い、半島の西側に細長く伸びるウェール大陸北側の湾を南下してもらい、どこかに存在しているはずの集積場を探してもらうことにした。同時に追い付いてたフィリアの家であるグレコ家は、私の周りの守りとなってもらった。
だがカルディ家が出発する準備をしているところに、一騎の伝令がやってきて局面が変わった。
「申し上げます」
早速拠点の警護を担うようになったグレコ家の当主であるピエトロ・グレコが伝令を案内して言上してきた。
「殿下に伝令でございます」
フィリアの父であるピエトロ・グレコは真面目な騎士で、趣味は一切ない。いや、あるのかもしれないが、仕事中ではそのような話をしたことなどない堅物だと、フィリアがそう言っていた。頼むと言われたらその頼みごとを死ぬ気で守り通すという男なのだそうだ。
「殿下、サンティ男爵閣下がお目通りを願っているそうです」
「・・・」
私はピエトロのその言葉に目をむいた。
今回ジュリオの父であるフィリッポ・サンティ男爵が来るとは聞いていない。ジュリオが言っていたのは男爵の嫡男が手助けをするとしか言われていなかった。私が固まっていると、傍らに控えるエリルが私だけに聞こえる音量でささやいてきた。
「お嬢様、ジュリオが手配したのだと思われます。顔には出しませんが、ジュリオは今回お嬢様の側には居られないことを相当悔しがっておりました。だから、領地におられる御父上であるサンティ男爵に助力を頼んだのでしょう。あと、ついてこられないようにしたお嬢様への意趣返しもあるのではないでしょうか。ジュリオの御父上は戦に慣れておられますから、相当お役に立つと思われます」
「そう・・・、そんなに悔しかったのなら、ジュリオに悪いことをしたわね。でも意趣返しとは、ジュリオ、許さないから」
エリルに笑顔でそうささやき返し、私は膝をついて頭を垂れている伝令におもむろに歩み寄ると、言葉をかけた。
「サンティ男爵様の伝令と言いましたか?口上があるのであれば直に聞きましょう」
私の言葉に伝令の男性が顔を上げた。その顔を見て、私は見たことのある顔だと思った。なんだかジュリオによく似ている。
「・・・男爵の身内の方ですか?ジュリオによく似ておられますけど」
男性がにこりと笑った。
「申し遅れました。私はフィリッポ・サンティの嫡子にてルカ・サンティと申します。ジュリオ・サンティの二人の兄の上の兄になります」
「ル、ルカ様でしたか・・・。お名前はお聞きいたしております。その・・・、やはりジュリオによく似ておられるのですね」
「殿下にはお初にお目にかかります。以後お見知りおきください。
殿下が言われたことですが、私がジュリオに似ているとおっしゃいましたが、どうでしょうか。似ていると殿下が思われたのであれば、似ているのでしょう。そう言われたことはあまりないのですが」
一礼し、笑みを浮かべながらジュリオの上の兄が膝付いたまま答える。私はそのうれしそうな笑顔に気後れし、うまく話せなかった。
「は、はい・・・。そ、それでサンティ男爵様は何と言っておられるのですか?」
「父が申しますには、『殿下の初仕事に花を添えるよう、まかり越しましてございます。何なりとお申し付けください』とのことです」
「あ、ありがとうございます・・・」
「わが弟ジュリオからも殿下の役に立つよう言い遣っております。わがサンティ家は殿下の手足となり働く所存でございます」
ルカ・サンティ様はキラキラした笑顔を見せて、どんな役目かと期待した表情で私を見返している。
私は事態の急変にしばしそのまま黙ったまま考え込んだが、考えを纏めると改まった口調で頼む。
「ルカ・サンティ様、実のところ、先ほど隠し港を見つけたのですよ。なのでシャレナの守備隊の動きを抑えて欲しいのです」
「シャレナの守備隊ですか。臨戦態勢で守備隊とにらみ合えということでしょうか?戦闘をしろとおっしゃったわけではありませんでしょう?」
ルカ様の表情が曇った。戦いになれば、相手も味方も死傷者が出る。男爵家としては仕方ない出血と考えられるが、守備隊の戦力が下がってしまうのはよいのだろうかと考えているのだろう。
「にらみ合えと言うわけではなく、守備兵と合流して、シャレナの街を封鎖してほしいのです」
私がそう答えると、一度頷いたが、すぐにまた難しい顔になる。
「守備隊と事を構えに来たのではないと、相手が分かりますでしょうか?」
「・・・書状をしたためます。まず守備隊の隊長と面識はありませんが、私がダグナ半島を領することになった折に、シャレナの街の守備の引き渡しについて書面でやり取りをしたことがあります。それに守備隊の隊長はサンティ男爵のことを知っているはずです。守備兵を抑えて、封鎖をしてくれると思っています。・・・あ、そうそう、書状は王女として署名いたしますから、王女の名代としてお振舞下さい」
「・・・かしこまりました」
ルカ様が頭を下げる。
「海上も封鎖の対象になりますので、波止場を巡回するようにお願いします。出向しようとするものは昼夜を問わず、拘束してください。
それに執政官はどうしても逃がしたくないのです。ですので、守備隊と合流前でも後でも構いませんので、執政官を捉えて欲しいのです。不正をしていた記録を掴んで、お隣の領地の領主の反逆の芽を摘みたいのです」
「・・・わが男爵家の名に懸けて、殿下のご期待に添うようにいたします所存です」
深く深く頭を下げた後、ルカ様は私の前から下がった。
多分守備隊にはサンティ男爵が来たことは知られているのではないだろうか。私はそう考えて、サンティ男爵をシャレナを封じて、隠し港への情報を遮断しようと思ったのだった。
不安はあるが、少ない人数で対処しなくてはならないと思っていたのだが、思わぬところから助力が現れて、案外厚く布陣を敷けそうだった。だが、と、私は楽観視はしてはならないと自らを戒める。慢心で失敗することはある。私はここで失敗するわけにはいかないのだった。素早く隠し港への補給路を探さなくてはならないことは誰からも指摘される前に理解していなくてはならないのだった。
この次ぐらいに戦闘が書けたらいいなと思っています。
第一章の終わりが見えてきました。
第二章は学園での王女様の忙しいさまを描けたらと思っています。
そしてブックマークをしていただいた方に感謝いたします。ありがとうございます。