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第一章2.王女様は偵察する②

王女様は下賜された領地の不正を暴こうとして、隠れてやってきています。

側近たちの説明回で長くなってしまいました。すみません。

 起伏の多い草原は海に近くなるにつれ、高くなっていく。私は草原を走り、その先の岬の突端へと向かった。

 岬の突端に立つと目の前には海と空だけになる。私のいる岬は崖となって、海中から鋭くそそり立っている。風が背後から吹き付け、草を巻き上げて空のかなたへと吹きすぎていく。私は風の中でぼんやりと空を見ていた。

 私が『ミリーナ』と名付けた四本の足を持つ幻獣のワリフが、首を動かし私を見た。ミリーナはおとなしく従順で、そして賢い。私の心あらずといった風情が心配なのだろう、非難めいた視線で私を見てくる。私もそれに気づきながらも、答えることもなく飽きもせず、空を眺めていた。ミリーナが足を踏みかえると、ミリーナにまたがっている私の体がゆらゆらと揺れた。落ち着かせようとして、思わず私はミリーナの首を軽く叩いていた。

 振り返ると、私の護衛を務める護衛騎士のグレダ・マリアー二が自分のまたがるワリフの向きを変えていた。後ろから歩いて近づいてくる侍女のエリルが、私が振り返ったところで一度足を止め、優雅な礼を私に向けてした後、また近くに来ようとして歩き出した。私に報告をするのだろう。エリルが近づいてくるのを見てから名残惜しそうに、私はもう一度肩口から岬の先に広がる光景に目を向けたあと、ミリーナを軽く促す。ミリーナはエリルの方にゆっくりと足を進めた。

 エリルが立ち止まったのは、ミリーナが足を止めたのと同時だった。

 「報告をお願いね、エリル」

 足を止めたエリルに私は笑いかけ、言葉をかけた。

 「はい、お嬢様」

 エリルが再度礼をして、口を開いた。護衛騎士のグレダはワリフを上手に操って、私の斜め後ろに移動していた。

 「我が父が何か見つけたようです。お嬢様にご報告して対策を立てたいと申しております」

 「そう・・・」私はしばし考えてから、エリルが私の後ろに乗りやすいようにとミリーナを進ませる。「エリル、私が載せて行きます。一緒にマッテオのところに行きましょう、あなたの御父上のところに、ね」

 「わたくしは歩いて参ります。お嬢様の一緒など恐れ多い」

 しかし、私はエリルの言うことなど無視して、エリルに手を差し出していた。

 「早くなさい」

 「しかし・・・」

 「たまにはいいでしょ?久しぶりに二人乗りで行きましょ」

 私は差し出した手を引っ込めなかった。エリルがあきらめたように頷き、私の手を握った。

 「わかりました。お願いいたします、お嬢様」

 ふうわりとエリルが身の軽さを発揮して私の前に横向きで座った。スカートの裾を整えると私を見る。

 「ミリーナ、いいわ」

 私が声をかけると、ミリーナが歩きだす。だんだん足並みが早くなり、駆け足になった。エリルは私の前で器用に重心をとり、左右を警戒して見ている。私は幼い昔に戻ったように思い、ちょっとだけ楽しくなって笑った。


 私がミリーナにまたがったままで空を見ていた岬は、私の立っていた先で絶壁となって海にそそり立ってるのだが、岬の先の海中は急に深くなっている。岬の先の海中には尖った岩が何本もそそり立っており、近づこうとする船はほとんどいない。近づいた船は隠れていた岩に船底を削られてしまって沈んだ船は数えきれないほどだと言われている。さらには海底に岩が多くなっており、このあたりの潮の流れは複雑になっていて、地元の者でも、潮を完全には読み切れないとも言われていた。船底をぶつけた船舶が浸水し、遭難したり、沈没するなどは後を絶たなかった。

 この海は近くの火山の影響があり、海底の岩が多いところを苦手とする外洋船は沖のはるか遠くを航行していく。船舶を多数持つ国が岸に近づかなければ潮の流れに翻弄されることもないことが分かっているのか、マデレーナの富を求めて艦船を仕立てて沖から侵略してきたことがあったが、このあたりの岩と複雑な潮の流れに遭難して艦隊の三分の一が海底に沈んだと、土地の古老たちが言い伝えている。艦隊は上陸することなく撤退したらしい。

 また岬の西側は内陸まで続く湾があるが、岬から高い崖が湾に沿って内陸へと切れ込むように続き、上陸を阻んでいる。湾の先端はけわしい岩山が海へと落ち込んで、入り込むことは難しい。湾自体の水深は深いそうだが、やはり岩が海底からそそり立ち湾の奥へは外洋航行用の船舶では入れない。

 そのために岬の東側に港があるのだが、この港が安全に外洋に出るための補給基地となって、西回り航路を形成し、この立ち寄りをする船舶の、港を使用するために払う入港税が主な収入となっている。船舶の乗組員が陸地で羽目を外したりする娼館や飲み屋もあり、警備隊として王国の常備軍が配置されていた。


 今私がいるこの岬をダグナ岬と呼び、岬から内陸までをダグナ半島と民は呼んでいる。

 ダグナ岬から東に海沿いに下ったところに港町シャレナがあり、半島に住む人口はこのシャレナに集中している。

 シャレナは西回りの航路の中継点として、重要な地点だった。ダグナ岬の西には今も噴煙を上げる火山があり、溶岩流が海中に達すると蒸気が発生する。溶岩流だけではなく、噴火による溶岩が飛来して近くを通る船舶に被害が出るため、火山の脅威から船舶を守るため西回り航路は火山を北側に大回りをする。

 火山を通り過ぎた後、見えてくる陸地には、港が存在していなかった。一応国として統治機構は存在しているのだが、それは内陸地のみを統治しているだけであり、海岸沿いは未開人が閉鎖的な社会を作っている。そのため、火山を過ぎて最初に陸に上陸した船は、手荒い洗礼を受けた。木の先端を刃物で尖らせただけの粗末な槍や、石を矢尻にした弓矢で襲撃を受け、乗組員を失い急いで陸から離れるしかなかった。

 交易をする船舶は港町シャレナに寄港し、飲料と食料を積み、外洋へと出ていく。西に島国が存在しており、それらの島国は交易が盛んなため、船舶はそこまで航行をする。または北の地にウェール大陸とは別の大陸がある。その大陸の国々と交易をしようとする気鋭の商人もおり、シャレナの町を北の大陸に行くための基地港として性格も併せ持たせようとしていた。

 当然のようにシャレナに寄港しない船舶も昔はあったが、その場合、西回り航路の終点へは、海の状態の悪化で、食料と飲料が足りずに乗組員が飢えてしまうという事態に陥ったらしい。生き残った船員は乗船を拒否して船を降りてしまい、その船の持ち主は破産してしまったと言い伝えられている。この話が広まってからは、船舶はシャレナに寄港し、入港税を支払い飲料及び食料を積んで出港して行っているはずだった。


 「・・・おかしいのよね」

 私は渡してもらった報告書を見ていた。

 ついこの間国王に昔のように私の側に置いてほしいと願った幼馴染の五人が顔を揃えているのは、王宮内にある私の執務室だった。武骨な装飾の一切ない机に、木を伐り出して、背もたれをつけただけの椅子に座って私が言う。

 「何がでしょう?」

 侍従になってくれと私が懇願して、ようやく頷いてもらったジュリオが私の傍らに立ち、私の言葉に返事を返した。

 「この報告よ」

 私は手の中の報告書を片手で持ち、もう片方でパンパン叩いた。

 「何か問題でも?」

 「読んで」

 私はジュリオに報告書を差し出した。

 「かしこまりました」

 ジュリオが受け取り、内容に目を走らせ始める。


 幼馴染のジュリオは私と三歳年が離れていて、幼いころは剣術を学ぶ私の傍らで、一緒に剣を振って修業した兄弟子に当たる人物だった。ハーレナ地方に領地を持つ地方貴族のサンティ男爵家の三男で、剣の腕もたち、計算も早い、物事に精通し、人格も穏やかだったので、私は自分の予定を把握してくれる人物になってほしいと思っていた。私が伯爵位を賜ったときに侍従になってくれた人物だ。もちろん、国王にジュリオが侍従になる旨を伝えて了承してもらっている。だが、ジュリオが後で私に語ったところによると、国王は私の侍従に国王の意を汲んで動く人物を送り込もうとしていたらしく、後で国王に睨まれたらしい。

 『・・・危なかったのね・・・』

 私がそういうと、ジュリオが苦笑いした。

 『?何よ?不服?』

 『いや、ただ侍従になってくれる人がいたのなら、俺じゃなくてもいいんじゃないかと思っただけ。別にやりたいわけでもなかったし』

 『侍従はジュリオじゃなきゃ嫌だ』

 私の言葉にジュリオはもう一度苦笑いした。

 『・・・やると決めたからには、満足してもらえるようにするから安心してくれ』


 「なにか変な数字ですね、確かに」

 ジュリオの言葉に他の幼馴染も集まってくる。

 非公式の場所では友人として接してくれる幼馴染達に安心して、私は声をかけた。

 「なんだか、詳しくは言えないんだけど違和感があるのよね」

 「・・・お嬢の言うことなら正しいんだろうが、俺には数字は弱くて、違和感が何なのか突き詰められないな」

 私の護衛のフラヴィオ・ソラーリは首をひねっている。フラヴィオもジュリオと同じ男爵位の出身なのだが、フラヴィオはあまり計算は得意ではない。しかし剣の腕は他の者が認める天才というやつで、武勇を誇る近衛騎士と試合をして勝つほどらしい。ほぼ無敵に近いフラヴィオは私と五つ違っており、そのまま近衛騎士にもなれるほどの貴族の長男なのだが、剣をさらに極めたいと言って騎士に誘われても断ったと聞いている。

 さらには私が床に臥した時には私の護衛は自分一人で努めたいと、他の者を寄せ付けないでずっと付き添ってくれていた。もっともいつも一人ではいられないため、ジュリオをはじめとする幼馴染たちに頼んで休みはしていたようだ。

 私は最近の剣の稽古は、護衛のグレダとしているのだが、少し前はジュリオとしていた。その時にはフラヴィオもそばで剣を振っているのだが、フラヴィオと私は打ち合うことは少なかった。フラヴィオと剣を交えると、勝てる気がしないからでもある。時折フラヴィオがジュリオと打ち合っている私のそばで稽古を見ているときがあるが、フラヴィオが何を思うのか、時折ジュリオと交替して稽古をしてくれるときがある。フラヴィオは真剣な表情をして私に打ちかかってきて、そして力量の違いなのか、私は剣を巻き取られるか、剣を取り落とすか、剣を飛ばされるかで終わってしまうのが常だった。

 『ちょっと、今稽古をしているのだから!』

 私が怒ると、フラヴィオは涼しい顔をして答える。

 『こういう戦法もあるという見本だ』

 『フラヴィオ、いくら容赦しないと言っても、やりすぎだ。これは力量の差を見せる稽古じゃなくて、剣でどうやって防ぐか、そしてどう打ち込むかを工夫する稽古なんだ。一方的にやっつけるのを披露する稽古じゃない』

 ジュリオの言葉に、フラヴィオは肩をすくめる。

 『俺はやるかやられるかが、大事だと思うんだがな』

 『・・・』

 私が黙っていると、フラヴィオは胸に手を当て、一礼して出て行ってしまった。

 後で聞いたところによると、真剣になるのは私に対するときだけで、私以外ではジュリオと稽古するときと元近衛騎士で今は護衛隊隊長である護衛騎士のグレダ、それに護衛隊の副長とに真剣に打ち合うということだった。

 『お嬢様、案外フラヴィオはお嬢様の剣の腕を高く評価しているのですよ。腕を高く評価するからこそ、遊びがなくなって真剣に対峙してしまうのです。ただ、力量の差はいかんともしがたいのですけどね』

 納得する反面、うれしくない。


 「違和感が何になるのかですよねえ」

 ティアナが考え込む。ティアナは実は私の影だ。髪色が違うのでいつもは侍女と分かる服を着て侍女として振舞っているが、服を脱いで私の服を着れば、即私の代わりができるほど、一見私によく似ている。しかし、じっくり見れば雰囲気が違うので、私ではないと分かる。それにティアナは私よりも可愛い面立ちをしている。瞳の色は私の金色に比べると赤味が濃い茶色だが、ぱっと見は同じに見える。私は不健康的で白色からさらに進んだ青白い肌をしているが、ティアナの肌は健康的な白で、私よりも男性受けをするはずだ。体型も私はがりがりに痩せているが、ティアナは出るところは出ていて、非常にうらやましい体型をしていた。

 ティアナの役割は私をもう一人作り出し、混乱させて敵を欺くこと。混乱しているうちに逃げるなり、フラヴィオやジュリオ達に倒してもらうなりの方策を考える。私と最初に出会ったときのティアナは親に何か言われてきたのだろう、私の影としていざという時は代わりに死ぬのが役目だと言っていた。私がそのティアナの言葉を受け入れられるはずはなく、反対にそういう気持ちなら帰って欲しい、私と生きるために戦ってくれる人なら受け入れようと、そしてもし万が一私が死ぬことになっても、私の代わりとして伯爵家の次女として生きてほしいと話すと、ティアナはその通りにしましょう、とつぶやいた。そのあと、微かな声で、でも死ぬのは私、お嬢様は天寿を全うして欲しいと言うのを私の耳は捉えていたが、聞こえなかった風でいた。


 「うーん・・・」

 侍女の服を着たフィリアが腕組みをしたまま唸っている。フィリアは侍女としての能力は普通だが、戦闘に関しては相当腕が立つ。白い指は華奢だが、重い剣を振り回し、いざという時は私の前に立ち戦闘をすることが役目だとしている。ただ、護衛騎士のグリダが居るため、いざという時も私の後ろを守るほうがいいのかしらと、よくつぶやいている。切れ長の目が怒りで細められると委縮してしまい、言葉が出なくなるほどの迫力がある。髪色が赤味がかった金色で、昔一度だけ見たことがあるのだが、激怒したときにフィリアの髪は逆立っていた。まるで神が怒ってしまわれたのかと錯覚するぐらいの迫力があった。


 「お嬢様、私わかりましたよ」

 エリルが最後に言う。エリルは美人だ。そして賢い。エリルの外見は妖艶な大人の美人だが、私と同じ歳で美しいのは、神は不公平だと思わせる。それだけならばよいが、エリルは今までにも不埒な男共に誘惑されそうになったり、廊下を歩くだけでいたずら目的の男に部屋に連れ込まれそうになったりとしてきた。そのため、私はエリルを一人で歩かせることはなく、必ずジュリオかフラヴィオについてもらうかしていた。だが、よく考えてみると、エリルは誘惑されそうになったり、連れ込まれそうになるだけで、実施的な被害にあってはいなかった。


 『ねえ、エリル』

 『何でしょうか、お嬢様』

 『エリルは怖くないの?』

 『怖いとはどういうことでしょうか?』

 『ほら、誘惑されかかったり、連れ込まれそうになったりしたでしょう?そういうの怖いと思ったことあるでしょう?』

 『いえ、まったく』

 『まったく?慣れてるとかなの?』

 私の言葉にエリルがあきれたように笑う。

 『お嬢様、私はハーレナの騎士家のものです』

 『そうね』

 『私とて、騎士としての訓練を受けております。そして私の家であるキオーネ家は特殊な家なのです』

 エリルの言葉に私は訳が分からなかった。特殊?特殊って何?

 『私の家は隠れて調査や捜査を行う家です。情報収集と暗殺が得意です』

 『・・・暗殺』

 『キオーネでは生まれた子は男女を問わず、家長自らが訓練し、立てるようになるまえに暗器を使えるようにします』

 『エリルも?』

 『はい、私も暗器を扱えますし、もう何度も使っております』

 『・・・エリル、笑顔でそういうこと言わないで・・・』

 エリルの笑顔が怖かった。美人の無邪気な笑顔でも会話の内容からすると途方もなく怖い。


 「エリル、どういうこと?」

 「これ、船舶の数がほぼ一定なんです。季節に関係なく入港数が変わらないですし、あと、年数が経っているのに入港数も変わっていない。こんなことありえませんよね」


来週は忙しくなりそうで、投稿の間が開いてしまうかもしれません。なるべく早く投稿出来たらと思います。

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