第一章1、王女様は偵察する①
エミュリア様はどういうわけか、国王に気に入れられています。破格の条件を出されて、思わず受けてしまいます。
私の名はエミュリア・オルシーニ、このウェール大陸の強国のマデレーナ王国の第四王女だ。
私は自分ではあまり自分の容姿を快く思っていない。長い間、病のおかげで骨と皮のようになった私の体は、陶器のような白い肌が、青く透明のような肌になってしまい、不健康そのものだ。ふわふわとまとまりがない赤茶色の髪が、私を幼く見せる。大きな金色の目が可愛いといえるのだろうが、私は切れ長の目が好きだったので、自分を王宮内の姿見に写すことはほとんどしなかった。劣等感に苛まされるからだった。だが今更自分の容姿について文句を言ったところで、どうにもならない。私はようやく、自分をなんとか嫌々ながらも後ろ向きではあるが、受け入れることができるようになってきたのだった。
私は1年ほど前にようやく病が癒え、公務ができるほどに回復してきた。
公務をおろそかにする王女はいないため、私が元気になると同時に公務をすることを求められるようになった。不本意ながら、私は公務をすることに対して了承をし、その見返りに、もともとから考えていた提案を国王に行ったのだった。本来ならば、私の行った提案など、許されるものではないのだろうが、私が王女として公務をするのは嫌々ながらであり、さらに言えば、私は一年ほど前に王女になったばかりだったので、私を懐柔するために、国王は私の提案を受け入れることにしたのだった。そればかりではなく私の提案に頷くと同時に、私は父である国王からいろいろな提案を受けた。その提案に私は一部に不服を言いながらも、すべてを受け入れることにした。私にとって非常に利益のある提案だったからである。
私のした提案は、私の幼馴染である五人の男女を私の側近にしてほしいという要望だった。私は、私の幼馴染のジュリオ・サンティとフラヴィオ・ソラーリを護衛に、そしてフィリア・グレコとエリル・キオーネとティアナ・カルディを私付きの侍女にしてほしいと願った。
国王はその提案をすべてのんだ。それも嬉しそうに。
いいよといった後に、国王は私に言った。
「では、エミュリアの要望はすべて受け入れるとしようか。だが、受け入れるのには条件がある。その条件を受け入れるのなら、エミュリアの提案を今後も受け入れようと思う」
国王ロレンツォ・オルシーニは私をにこにこと形容できそうな表情で見てきた。
「陛下の出す条件によります」
私は警戒してそう言った。
「条件が理不尽なものでしたら、私の提案は破棄してもらって結構です」
「つれないことを言うなあ」
国王は威厳もない調子で私を見てくる。
「・・・陛下の条件とはどんなものでしょうか?」
私は国王の言葉に反応することもなく淡々と尋ねた。
「反応もないのか・・・」
「・・・」
無言で私は国王を見上げる。
「・・・国王を威圧するな。恐れ多いぞ」
「・・・条件の提示をお早くお願いします」
私たちはしばしにらみ合った。が、折れたのは国王のほうだった。
「・・・わかった、言う。言うから私をにらみつけるな」
いつの間にか相当きつく睨んでいたらしい。国王が先に目を外した。
「・・・誰に似たんだ、あの目・・・私は国王だぞ・・・私を威圧する王女など聞いたことないわ」
「・・・早く・・・」
「・・・わかった、わかった」
鷹揚に手を振り、私に国王が視線を戻す。
「条件は三つある」
「・・・三つですか?」
「ああ、そうだ。まず一つ目は、これからエミュリア王女は副都にある学園に入ってもらう。その学園で、王女としての教養を身に着けてほしい。エミュリア王女は王女になって日が浅い。王女としての立ち振る舞いが心もとないと報告を受けている。私としても、少々心配でな、王女になりたくないなどと言っていたことに関しては、私の血を引く以上あきらめるしかないぞ」
「・・・あきらめたくはないのですが、受け入れるしかないのでしょう?」
「わかっているではないか」
調子に乗って!私は目の前の男をにらみつける。わたしは王家の血などひいてはいないと言えたらいいなと、睨む目に力を込めたが、所詮国王以外の者は国王には逆らえない。心地良さそうな表情の国王は私の悔しそうな表情を無表情に見ていた。
「そうにらむな、エミュリア王女の顔と瞳は私と同じだ。髪は王女の母にそっくりだがな。どこから見ても、王女は私の血を引く娘と皆が納得する」
「・・・条件の二つ目を」
結局受け入れるしかなく、わたしは目をそらし、一度大きく息を吐いて心を静めて、国王に続きを促した。
「二つ目は王女に婚約者を用意した。国内の侯爵家の跡取りだ」
私は貴族令嬢として暮らしていたので、政略結婚に抵抗はないが、国王がこの時期に私に婚約者を用意するとは思っていなかったので、素直に少々驚いた。
「・・・まだ早いのでは?私は陛下の言葉を借りれば、残念王女です」
「そこまで言ってないぞ。振る舞いが心もとないと言っただけだ。残念王女とは言っていない」
「・・・振る舞いが心もとない王女が婚約するのはまだ早いのではありませんか?」
「・・・言い直すな・・・、まあよい、国内の貴族家に降嫁してもらい、国内の結びつきを強化したいと思っている。この婚約に関しては提案という形をとっているが、ほぼ強制だ。断ることはできない」
「・・・」
私は無言で先を促す。無言なのは否定したいが、できないので、せめてもの抵抗で何も言わなかったのだが、国王はそんな私の思いを正確に読み取ったようで、一度にやりと笑うと、話をつづけた。
「最後の条件だが、これは悪くないものだ。エミュリア王女に婚約の祝いとして爵位と領地を下賜することにした。北にあるわが王家の直轄地を王女に下賜するつもりだ。それと同時に伯爵に叙爵する。その地で領地経営を学んで欲しい。北海に面した直轄地だが、王家が直接経営しているのではなく、大臣の一人が執政官を送り、経営させている。領地に暮らしても構わんが、滞在は年に数か月だ。あとは王都で王宮で暮らせ。よいな」
「・・・三つの条件のうち一つでも拒否はできるのですか?」
「してもよいぞ。ただ願いのあった王女の側近は私が決めることになるだろうがな」
国王と書いて最高権者というのだと分かった王との会話だった。
マデレーナという国は、ウェール大陸の3分の2を領土にしている大国で、絶対的な力を持つ国王の号令一つで、国民全部が兵士になる軍事国家である。
この国民皆兵士制のおかげで、侵略したり、侵略されても反撃することにより、領土を拡大し続けることができた。しかしながらこの国民皆兵士制は、生産性を著しく落とし、国民を飢餓に追い込むことがあったため、制度を替えることを国王が考え始め、まず手始めに常備軍制度を設け、侵略に対抗することにした。この制度は予想以上の効果を上げた。農業に従事し続けることができるようになり、生産は向上した。こうして常備軍制度は王国の生産力を向上させることができるようになった。だが、周辺国の軍事行動が激化してくるにつれ、常備軍だけでは対処できなくなり、農作業中の者もまた徴兵せざるを得なくなった。そこで王はまた考えた。
「武功のあったものに土地を与えて、その土地を守ってもらおう。もちろん兵は出さない、ただ徴兵権は限定的にだが渡せば、侵略されても反撃ができるだろう」
こうして位を持つ貴族が現れた。
マデレーナの貴族は軍事権を持ち、私兵で領地を守ることができる。王は貴族の上に君臨する君主で、貴族に軍事に関しての命令を与えられる。王は貴族を手足のように使い、王国を拡大させていった。農業に従事する者は農業に専念することができ、商いをするものは商いに専念する。今日では当たり前のことだが、貴族ができる前はそれが当たり前ではなかった。貴族が現れたマデレーナはさらに発展していくことができた。
マデレーナは今日では徴兵制を残しながら、志願者制で、常備軍を形成している。これに領地を持つ貴族が私兵にて領地軍を形成して、王国を守っている。常備軍は機動力を優先し、貴族軍は防御に長けた軍の攻勢を持つ。
そのマデレーナの頂点に立つのが、血の繋がった私の父である国王だった。
ただこのロレンツォ・オルシーニという国王は、お世辞にも軍事に長けた国王ではない。私の血の繋がった母と不倫をし、私という不義の娘を生ませるということならできるが、剣を持ち、軍の先頭に立つことなどは到底できないだろう。煌びやかな宝石をごてごてと飾ったなまくらの剣を腰につけさも得意げに立つことはできるが、それ以上は無理だろうと思う。
そのなまくらを私に見せてきたときは、私は切れそうもない刃を見て、溜息をつかざるを得なかった。こう見えて私は、辺境伯の次女として暮らしてきており、剣の良い悪いが少しはわかっていた。王は私に剣を見せて、いくらいくらでこの宝剣を買い求めたと言ってきたので、私は宝の持ち腐れですねと返答した。
「王女、そなたなら使いこなせるというのか?」
「いえ、私では無理です。木の枝一本も切ることはできないと思います」
周りに国王の臣も居たため、私はあまり辛辣なことを言うことができなかった。しかし、国王はそれをどう解釈したのか、私が剣を使いこなせないといったのだと思ったらしい。腰から剣を外し、私に剣を握らせた。
「そなたにこの剣を授けよう。立派にこの剣を使いこなせるようになって見せよ」
「・・・ありがたく」
私は剣を捧げて、一礼した。それを見て国王が歩き去っていく。
「・・・馬鹿じゃないの・・・」
「お嬢様、もう少し離れてから口に出してください。まだ聞こえる距離です」
私と一緒にいた幼馴染のフィリアがささやく。
「・・・わかりました。これからは十分に確認してから悪態をつくから」
国王は戦に疎いという私の認識はあながち間違ってはいないと思う。国王から賜ったなまくら宝剣は、私の部屋でぼろきれに包まれて転がっている。そのうちに宝石だけ取り除いて宝飾店で換金したのち、剣は鋳溶かす方針だ。
次回は14日とか言っていましたが、案外次話の構想ができたので、投稿しました。なるべく早くに構想を文章にしますので、お待ちください。できれば7日後ぐらいに・・・